図書室で王子様ひろいました。

くるみ

第1話 はじまりの日 

に、呼ばれたよう気がして振り返る。


その人は、私にとって大切な人。

顔が見たい。

話がしたい。


遠くに立っているあの人は、私に話かけている。

でも、どうしても足が動かない。


そうして、どんどん霧に包まれる。

もう何もわからない。

だけどすごく懐かしい。

涙が目の端からこぼれ落ちる。


いつも、ここで目が覚める。


____________________________________


(また、あの夢か。)


最近、毎晩のように同じ夢を見る。

私を呼ぶは、一体誰なんだろう…。


もう咲き終わってしまった桜の花びらが、目の前をかすめる。春香はるかは無意識に手を前に出し、花びらを受け止めようとした。高く結われたポニーテールが風に揺れる。その時、


「おはようございます。」


ちょっとうつむき加減に春香に声をかけたのは、鳥越とりごえまるみ。同じクラスの友達で、黒ぶちの眼鏡がトレードマークだ。


「おはよ!」


山村春香やまむらはるかはまるみの隣に立ち、歩調を合わせる。

この春から二人は中学二年生。気持ちのいいまぁるい空気の中、清音せいおん学園に向かっておしゃべりを始めたその時、給食着の入った白い巾着袋が、春香の背中めがけて飛んできた。すぐに気が付いたまるみが、素早く巾着袋をひっつかむ。


「わりぃ、わりぃ」


左手を拝むように顔の前に出しながら、クラスメイトの畑中ゆたかがあやまりながら近寄ってきた。


「あっぶない。登校中にふざけないでよ。ぶつかったらどうするの。」


春香は口をとがらせて畑中の肩を小さくどつく。


「そんなにつんけんすんなよ!わざとじゃないんだって。ごめんごめん。」


まるみが、無言で巾着袋を畑中の前に差し出す。


「鳥越、ありがと。わりぃな!」


畑中は袋を受け取ると、ニヤニヤしながら吉田と田中のいる所に戻っていった。畑中は、いつも吉田と田中と3人でつるみ、悪ふざけが度を過ぎる事があるのだ。


「相変わらず、粗雑そざつな人ですね。畑中さんは、春香さんにかまって欲しくて、わざと投げたんです。きっと。」


まるみが、眼鏡のずれを直しながらいやそうな顔をした。


「そんな事ないよ。そこまで悪い奴じゃないと思うけどな。」


「春香さんは、いつでも優しすぎます。」


まるみは、眉間みけんにしわをよせながら畑中の方をにらんでいた。


・・・§§§・・・


「それでは、これで帰りの会を終わります。きりーっつ、礼。」


日直のかけ声と共に、やっと一日の授業が終わった。

春香は手で口元を抑えながら、あくびをこっそりかみ殺した。生徒達がざわざわと

一斉に帰り支度を始める。名前を呼ばれた気がして振り返ると、


「山村さんいますか?」


教室のドアの辺りで、見たことのない男子が春香を呼んでいる。


「これ、八木先生が山村さんに渡してって。」


そう言って、彼は小さなメモを差し出した。

そのメモには、

“書庫にある『植物図鑑大全第24巻』を職員室にもってきて欲しい。八木”

と書かれてあった。


(元図書委員だからかな?今はちがうのに…)


春香はまるみに声をかけた。


「まるみちゃん、先に帰ってて。先生に頼まれごとされちゃった。」


「わかりました。気をつけて帰って下さいね!」


まるみが手を振るのを見送って、春香は図書室へと向かった。この学校の図書室は、蔵書が少ないせいかあまり人気にんきがなく、試験前でなければ足を運ぶ生徒は少ない。図書室のドアを開けると、やっぱりだれもいなかった。


「司書さんもいないんだ…。」


春香はひとり言をいいながら、机にリュックサックをドサッと降ろすと、書庫に向かった。


「勝手に入らせてもらいますよ~」


なんとなく断りを入れて、図書室のカウンターの裏手にある、書庫のドアを開けて中に入る。ぎっしりと並べられた本の背表紙を指で順になぞりながら、植物図鑑を探していると…


ガシャン!


ドアのあたりで大きな音がした。嫌な予感がして、春香は書庫のドアに手をかけた。


(開かない。)


ガン、ガンッ


力を入れて開けようとするけど、びくともしない!?


「うそでしょ…」


一方図書室の中では、吉田と田中が無言でガッツポーズをしていた。

春香を呼び出した犯人はこの二人。書庫のドアに鍵をかけたのだ!


「畑中に電話して、図書室に来るように言おうぜぃ!」


「山村と二人になりたがってたから喜ぶぞ~」


と小声で話している。


「ちょっと誰かいるの?ここ開けて!!」


人の気配を感じて、春香は書庫の中から叫んだ。


「山村、ちょっと待ってて~。」


「山村と話したいやつが来るからさ。」


吉田と田中声がする。


「吉田?田中?ちゃんと待ってるから、ここ開けてよ!」


ドン ドンッ!!


春香の声を最後まで聞かずに、吉田と田中はのんきに図書室を出て行ったのだった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る