四章5
「心配する必要はないぞ、ハシェド。どうせ、こいつのことだ。一撃でナイフをたたきおとしたあと、あの珍妙な悲鳴でおれたちを呼んだんだ」
ハシェドが苦笑する。
「隊長。そこまで言いますか」
「だが、そうなると、あの男から襲ってきたのは、ほんとか。おれはてっきり、ロンドに抱きつかれて、あいつが怒り狂ったんだと思ったが」
ロンドは土ぼこりにまみれた制服をはたきながら、恨めしげにワレスを見あげる。
「ううっ、くどいですよ。わたくし、嘘はついておりませんからね。それより、これ、どうしてくれるんですかぁ? 洗濯したばっかりだったのに」
「洗濯好きなんだろ? よかったな。またできて」
「くぅ……ワレスさまでなければ、ものすごい報復してやるのに」
ブツブツ言っていたが、急に機嫌をなおした。
「でも、ときには、ああいうかたも倒錯的でいい感じ。そそりますぅ。もっといろいろしておけばよかった」
おほほほほと口に手をあてて笑いだしたので、ワレスはほっとくことにした。
「まあ、その件はあとで本人から理由を聞いてみよう。ヘンルーダ。おれたちは第二区画に帰って、近衛隊と合流する。そのあと、庭師を全員集めてくれないか。事件について聞いておきたい」
「では、一刻後に第二区画に集めます。第一区画と第二区画のあいだのゲート前でどうでしょう。ユーグがつかまるかどうかは保証できませんが」
「そうなのか」
「彼は私たちとも寝食を別にしておりますのでね。人に会うのがイヤなのですよ」
「とにかく頼む。いちおう温室も見せてくれ。事件には関係ないと思うが、念のため」
すると、ヘンルーダの顔が少年のように輝いた。
「もちろんです! 私の自慢の温室ですからね。ユイラ国内にだって、ここほど素晴らしい花のコレクションはありません。ここだけの話、皇帝陛下の温室ですらも……」
ヘンルーダが自ら自慢するだけあって、温室は見事のひとことにつきた。第四区画の全域が温室のためのスペースだ。区画内で建物はさらに四つにわかれている。その一つ一つを見せられたが、皇都でさんざん貴族の園遊会に出たワレスでも、初めて見る植物がほとんどだった。めずらしいだけでなく、葉のつや、花の形、どの鉢も美しい。
「ここは魔の森に近いので、国内では手に入りにくい希少な花がふんだんにあります。私はまだ発見されてまもない花を、国内でも育てやすくしたり、外観をさらに華やかにしたり、改良をほどこしているのです。特殊な肥料をあたえ、違う花とかけあわせてみたりなどしましてね」
ヘンルーダの自慢は止まらない。温室に入ってから、ますます
「見つけてまもないということは、人体に害をおよぼすものもあるんじゃないか? 何しろ、魔の森から持ちこまれたんだ」
ワレスが不安になってたずねると、それにはスノウンが答えた。
「事前に地下の魔術師が調べ、無害のものだけが栽培許可されるのです」
「それなら問題ないな」
ワレスが納得すると、ふたたび、ヘンルーダが話しだす。植物の話をできるのが嬉しくてしかたないらしい。日ごろ、聞いてくれる相手がいないのだろう。
「今はこの虹色スワンをもっと小型にできないか試行錯誤ちゅうです。このままでは株分けするにも困難ですし、種子で増やすには、魔の森の一部の土地にだけしか発芽しないのでね。そこで小型化し、株分けしやすくするのです」
ヘンルーダが言うのは、温室の天井まで届きそうな背の高い植物のことだ。ワレスの身長の三倍はある。ヤシ科だろうか。高さだけで見れば樹木のようだ。すらりとした茎に扇状の形の葉。最頂部に翼をひろげた鳥のような、七色に輝く巨大な花が咲いている。花だけでも人間の頭部の倍以上になる。
「たしかにキレイだが、これだけ大きいと怖いくらいだな。この五分の一サイズのスワン草って花があるだろう? あれに形は似ているな」
「よくご存じですね。スワン草の変種ですよ。今、スワン草とかけあわせています。スワン草の白い花が、この魅力的な虹色になってくれたら、大成功なんだが」
温室のなかには、ほかにも目をひく花がたくさんあった。だが、事件の手がかりになるとな思えない。
「しかし、ここも広いな。ヘンルーダ、あんたが一人でやってるわけじゃないよな?」
「いくらなんでも、それはムリです。ただ、温室にはとてもデリケートな花が多いので、私とリチェルでおもに管理しています。忙しいときには、別の庭師の力も借りますがね。毒草は司書のかたたちが見てくれますし、果樹園はユリシスに任せておけば、まちがいない。私とリチェルはここと、となりの二棟に全力をそそいでいます」
「ユリシス……?」
思わず、口をついて出てしまった。知っている名だったのだ。
「どうしました? 隊長」
ハシェドに問われて首をふる。
「いや、別に」
ユリシスなんて、ユイラではよくある名だ。きっと人違いだろう。
ワレスはヘンルーダと別れて、第二区画へひきかえした。
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