18年の終わり
@belly
第1話
「よう、
白い歯が朝の光に映える。憎たらしいほど朗らかに笑いながら、俺の前の席にどかっと座る。肘を俺の机に載せ、馴れ馴れしく顔を近づけてくる。
「おはよう、
9月1日の憂鬱な朝。一条明──名前に反して明るい性格ではない──俺の暗い気持ちは幼馴染の歌川流星の声によって少し薄れた。
「久しぶり……、じゃないな。」
「昨日も会っただろ。散々お前の課題に付き合わされたんだけど?」
夏休み明けの教室は、1か月ぶりの生徒たちでざわめいている。教卓のそばで誰かが笑い、窓際では夏の旅行話が飛び交う。俺たちはその喧騒に紛れ、いつもの席でだらだら喋っている。夏休み中も何度も顔を合わせていたから、再会の感動なんてありゃしない。
「そうだった。いや、助かったわ。サンキュ! 明くんって、ホントに頼りになるわ~ん♡」
「キショい声出すな。感謝するなら、もっと計画的になれ。」
流星のわざとらしい猫なで声に、全身がぞわっとする。思わず腕をさすった。
「いやだって、オレが勉強苦手なの知ってるっしょ? それに少し前まで、野球ばっかりやってたからさ。大目に見てよ。」
そうにこやかに言う流星の顔に、反省は見られない。日々勉強漬けの俺とは違い、こいつは毎日日光の下で部活に明け暮れてきた。
色白で痩身の俺とは対照的な、長身で筋肉質な恵まれた体格。健康的な小麦色の肌、短く刈り込まれた黒髪。クラスの女子達が爽やかだとか、かっこいいだとか騒いでいるのを何度か見たが、一生相容れることはなさそうだ。
見た目も性格も何もかも違うのに、ずっと一緒にいる。
「で、全部終わった?」
昨日はマックで日が暮れるまで粘っていたが、流星の課題が2,3割ほど残っていたところで解散した。
「徹夜して頑張った。」
「じゃあ、終わったんだな?」
流星の笑顔が消える。彼の無言が惨憺たる結果を雄弁に語っている。
「……」
「おい。」
「努力は認めてほしい。……英語が無理だった。」
勉強が苦手な事はよく知っていたが、想像以上だった。
「えっ、大した量でもないし、内容もそこまで難しくなかったろ。」
「お前とオレの難しいは違うの。」
ふんぞり返る流星に、ため息しか出ない。
「……全く。まだ多少時間があるし、少しはやれよ。教えてやるから。」
「頼りになりますな〜。」
(最初からそのつもりだったのでは?)
カバンからテキストを引っ張り出す流星。結局、始業のチャイムが鳴る直前まで付き合う羽目になった。
「おかげでもうそろそろ終わりそう。さすが、明!!」
ニコニコと無害そうな顔で、流星は俺の膝に触れた。机の下でひっそりと。
「おい。」
無言で睨みつける。いくらこっそりとはいえ、周りに見られたらと思うと緊張が走る。キョロキョロと辺りを見渡すが、気づかれた様子はない。ほっと胸を撫でおろしていると、流星は俺の耳元でこそっと耳打ちする。
「恋人だから、いいじゃん。」
「良いわけないだろうが。」
声に出さず、唇だけで返す。恋人関係であることは誰にも言っていない。外野からごちゃごちゃ言われるのが嫌だから、交際は秘密にしている。でも、このバカはお構いなしにスキンシップをかましてくる。
睨みが効いたのか、流星はそれ以上ふざけず、テキストに目を落とした。課題に一応の目処がついたところで、チャイムが響く。流星は「じゃな!」と軽く手を振って、カバンをひっつかんで消えていく。廊下の喧騒に背中が溶けていくのを見送り、席に座り直す。
少し遅れて、担任が教室に入ってくる。中年男性のやる気のない声が教室に響く中、ふと今までの人生を振り返った。
(ずっとあいつと一緒だったな。)
幼馴染で、家は近所。幼小中と同じ学校に通い、学科は違えど高校も一緒だ。この18年間、ずっと流星は隣にいた。
最初は幼馴染。そして親友になり、今では恋人になってしまった。あいつと過ごす時間が一番楽しい。でも、そんな日常も来年には終わってしまう。
クーラーの効いた教室。窓越しに響く蝉の声。受験に向けて檄を飛ばす担任。
どこかその光景が遠く感じられる。流星本人には聞いたことは無いけれど、あいつは大学には進学しないはず。
俺は(浪人さえしなければ)、東京の大学に進学する。地元を出ていく。
(そのことが、……少し、少しだけ、寂しい。)
ホームルームが終わり、1時間目の授業が始まっても、俺はそんな漠然とした寂寥感に襲われていた。この後何が起こるかも知らないで。
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