08:生き餌でゴミを釣る。

《すいませんすいませんすいません!! 無理に足止めしなくても大丈夫です隙見て撤退してくださいー!!》

「無茶言うなーー!! こんなのに背中向けるほうが無理だよ!!」

「何秒ぐらいで合流できますか?」

《あと20秒ぐらいで──[ENGAGE.]あっだめです1分ください!! こっちの顎は必ず仕留めますので!!》

「「うそだろ!?」」


 どうやらカゴヒキも応戦しながらこちらに向かっているらしく、無線の先でガキンガキンすさまじい戦闘音が響く。1分、1分かぁ……! と思考に更ける余裕もなく”顎”がカッターとコイルに襲い掛かる。すんでのところで回避し距離を取るがこの濁った視界の中ではろくに行動もとれたものではない。マップデータである程度お互いの距離は気配としても認識できるが、目視できないことほど恐怖はないものだ。

 接近された瞬間にスキャンした”顎”の形状を頭蓋に叩きこむ。ぱっとみるに魚のアンコウ種のような形をしているが、タークルの特性上その身体は黒く小さな正方形……セルが組み合わさってそう見えるだけだ。その大きなあごは口を広げると身体よりも大きく、至近距離でこられるとスラスターを全開にしなければ逃げ切れそうにない。

 逃げ回りながらカッターは貸し出された装備の中にあるアサルトの引き金を振り絞る、まだスキャンが完全ではない以上相手がどれほどの容量体力を持つかが分からない。少なくとも情報を抜くにはあと数度接近しなければならなかった。

 数跳び後ろの方角にコイルが信号を送ってくる、どのみち囮は必要だとカッターは腹を括りをショットガンのカートリッジに装填する。こちらから向かう必要はない、なにせ向こうはずっとこちらを睨んでいる。


「こっちに来い!!」


 へどろの海に紫電の花火が舞う。大口を開けた”顎”の喉ど真ん中、後方にスラスターを吹かせながら泡に照り返して情報フロー弾がばちばちと輝いた。じろりと圧し掛かるような殺気に似た錯覚、タークルに感情があるのかは分からないが少なくとも目の前のこれはカッターを殺すべき敵だと認識した。

 タークルとの戦いは基本的に情報と情報の上書き合戦だ。細かい理屈はさておいてタークルには物理的破壊による停止はほぼ存在しない、核となるコアが現状破壊できないのだ。だからこそコアそのものに停止を促す必要がある。すべての記号は情報として蓄積され、すべての情報は受け皿となる容量が存在する。簡単に言ってしまえば相手が容量が破裂するほどの情報を叩きこめば、自然と停止していくものなのだ。

 敵を認識する、優先順位が変更される、攻撃が当たる、回避する、予測する、行動が複雑なればなるほどログは容量を蝕んでいく。そしてそのログを生み出す情報をデータウィルス化して相手に叩きこむには専用の機体とそれを乗りこなすパイロットが必要……だとされていたのだがここでは事情が違うのだ。


「カッター!」

 

 コイルの通信を片耳にカッターはバリケードと骸の出迎え原を駆け抜ける、そして背後には紐付きの銛が突き刺さったかのようにその軌道をぴったりと”顎”が追走する。

 流れの淀んだ海下、谷間のように真っ直ぐ開けた潮道を舞う。絶対にこっちを睨めと時々後方へ向けてヘイトの花火を撒きながら。そうして距離を万全に稼いだ先、目的地を目視したカッターは底を滑るようにゴールテープを

 鈍い音が背後に響く、向き直ればそこにはあれほどまでにカッターを喰おうとしていた”顎”がその場でぐるぐるともがき苦しんでいる。ぼわぼわとセルが剥がれ落ちて、潰れたそれらからはまた黒い血がもやのように浮かび上がった。


「ナイスチェイス、相変わらずカッターは速いね」

「速度はたいして変わらないだろ、向こう見ずなだけだ」


 もがく”顎”を見下ろしながらコイルと合流する。さきほどから”顎”が絡まっているのはコイルが仕掛けた漁業用の網だ、しかも漁本体に使うものではなく漁中周囲のエリアからやってくる闖入者を捕縛し停止させるためのもの。本来鰭や鱗を対象としたものだが、重ねて配置すれば顎も捕まえることはできるらしい。……網を固定するために使われたSENTウキたちがワイヤーと瓦礫に雁字搦めになっているのがすさまじく可哀そうだが、緊急事態だったし仕方がないことなのだ。ゆるしてほしい。と後々のことを考えてかコイルはどこか遠くを見ている。

 とりあえず合流まであと秒読みとも呼べる状態にはなったが、やれることはやっておこうとカッターとコイルは”顎”に近づきスキャンを行う。こうした情報収集はやっておかねばこれのどこにコアがあるのか、どれぐらい情報を叩きこめば停止するのかも分かったものではない。それに、万が一これを取り逃がしたとしても敵情報を持ち帰れば相応にボーナスがつくのだ。


「スキャンおーわりっ、うわこいつ2コアだ。一個潰れてこれって顎クラスやっぱ怖いわ」

防諜壁スカーラは……三本……割れてるのは一本と半分か」


 最初見た情報を考えるとこの足止めで与えられたダメージは三分の一程度のようだ、他はカゴヒキが追っていた時に与えられたものだろう。貸し出された装備は前線仕様と変わらないためさほど火力差はないが、チェイスしかしていないのであればこの程度だろう。

 マップに機影が現れる、そちらを向けばどうやら時間きっかりでやってきてくれたらしい。


「やっと追い付きましたー! 二機とも無事ですかー!!」

 

 飛行機のような形だと思ったら、こちらについた途端ヒトガタに変形した黒と白の大楯を抱えたアセン:カゴヒキが合流する。おーいと手と信号を送れば「本当にすいませんでしたー!!」と謝罪の叫びが返ってきた。

 とりあえずトドメはカゴヒキに任せればいい、そう安堵するカッターの隣でコイルが「げっ」と何とも言えない声を出した。なんだなんだ、今度は何があるんだとコイルを見る。その原因はすぐそばにあった。


「やばい、網ちぎれたかも」

「え゛っ」「あっ」

「やっべ逃げたーーーー!!」

「わ゛ーーーーーー!?」


 ぶちぶちと盛大に音を立てて網が引きちぎられ、”顎”が脱走を図るどころかカッターに襲い掛かる。やばい至近距離すぎて逃げ切れない、膜のように大きく広がった顎に飲み込まれそうになる。さすがにアレに噛まれたらこちらの防諜壁が抉れるどころかめちゃくちゃ痛いだろうなと意識が遠ざかり、瞼のない視覚がただじっと喉奥に見えたコアを見つめていた。

 

「──流石にさせませんからぁ!!!!」


 ばちばちと真白の雷が目の前をかすめていく、”顎”がふっとばされ瓦礫に叩きつけられるのが見えた。あわあわ目の前に焦点を合わし直せば、そこには鉈のような形をした剣を全力で突き出したカゴヒキの姿があった。

 ぴりぴりと雷撃を纏ったその刃は、濁った海の中でも星のように輝いている。こうして水の中でも雷装を纏う光景はやはり不思議だなと気絶しかけの意識が爪を立てた。


「あ、ありがとうございますっ」

「いえいえいえホント今回わたくしのミスなのでっ! はいっ! ──なのであれはここで殺します」


 雷に打たれたような衝撃と思考熱、リング状に吹き上がった泡がスラスター全開でカゴヒキを撃ち出したのを知らせる。凄まじい勢いで濁りの海流を突き抜けカゴヒキが”顎”に取りついた。

 口出す暇も援護を出す暇もなく、その一瞬で水の質量を押しのけて”顎”を抱えたままカゴヒキが水面を突き破る。海下まで響き渡る雷撃の轟音、鮮烈な光が濁った出迎え原に突き刺さる。そのあまりの速さにカッターとコイルが水面に顔を出した頃には”顎”は完全に形を失い、光を失ったコアが瓦礫の鉄塔に叩きこまれたところだった。


「よし、」


 空中で静止したカゴヒキがしゅううとクールダウンの煙を吐く。右腕に握られていたのはやはりあの雷装の鉈……タークル特攻武装「サマネアの稲妻」だった。

 あの一瞬ですべてのセルを焼き剥がし、海中でも物理威力減衰はするものの情報攻撃フローはどの通常兵装よりも高い火力を持つまさしくタークルを狩るためだけに生まれた武装。殺意を込めるのは身体や血ではなく、凶器そのもの。比喩表現抜きにその最大火力は使用者の意志の強さが決める。

 外海の常識をひっくり返す、倒せない敵を殺す精神兵装。それがこの海では常設装備。


「前線組こえぇ……」


 顔だけ海面に出したコイルがひえーと畏怖を声に出す。……一応、型は違うものの同じ雷装をカッターとコイルも備えていたがああして殺し切るほどの度胸まではなかったのだ。


 ◆


「ほんと……ほんとゴメンね……ゴメンね……タイミングが悪かったとはいえお手伝いだったのに足止めとかいう無茶振りしちゃってゴメンね……」

「い、いえ、結果オーライでしたし。合流が時間通りのおかげで命拾いもしましたし……」

「そうだよ~! 正直死んだと思ったけど助かったしカゴヒキさんは悪くないよーっ」

「コイルそれトドメさしてる、トドメさしてる音してる」

「えっ! あっ、あっカゴヒキさん泣かないで~っ!」


 防衛線を抜けたタークルを追いかけて潰す任務中だったらしいカゴヒキさんだが、どうやら補給ついでということにして警邏に同行することにしたらしい。”鰭”と”顎”の認識を間違えた件に関して相当申し訳なく思っているようで、後々ちゃんと労災申請出すんだよっていうかもう私から出しとくねごめんねとざめざめ萎れていた。

 聞くに、前線はもう顎も鰭も鰓もかわんねーわ全部やっとけという状態のようで、最前線の熾烈さは想像以上に恐ろしいことになっていることが伺える。真逆にそこまでの状態になっても島は比較的日常の体裁を保っていられるのは、最前線組がそれだけ頑張ってくれているということなのかもしれない。

 

「でも、あまりこの状態は長く続かないと思います」

 

 警邏の進行ルート、ゆらめきの浜を眺めながらカゴヒキさんは云う。防衛線をいくつか複数敷いて段階的に処理しているけれど、徐々にタークルの軍勢は数を増している。”大口”はさらに遠くなり、固くなる。物理的に大口が閉まる冬季さえ訪れれば多少ましになると思われるが、今は春だ。

 白い砂と浅瀬で皆の演習場として使われていたこのゆらめきの浜にさえ、タークルの血がへどろのようになって入り込んでいる。その光景は、まるで脅威と不安に侵蝕される心象のようで。


「お二人は大社とは……」

「あたしは本契約はこれから、今回のどたばたで儀式? できてないんだよね」

「……保留中です」

「そうでしたか、お二人はある意味ラッキーかもしれませんね」


 どういう意味だろうか? 即座にそれが分からずカッターは首を傾げる。隣のコイルも意味が分からない様子で疑問符を浮かべていた。


「決断の猶予があるというのは、とても稀有なことですから」


 浜を見届けるように水平線に影を落とすカゴヒキの背は、どこかこの世からも切り離された写真のようだった。

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