第14話 治療

「おい、リン! 大丈夫か!」


 俺は奴が倒れた姿を見た後すぐにリンの方へと駆け込む。

 倒れたままで体が動いていない。

 両手両足で4つの穴があいていた。

 あの弓矢に貫かれたのだろう。

 

「起きろ。返事をしろ、リン!」


 身体を揺らしてみる者の返事はない。

 とりあえず血が出ている部分を止血しようとするが、手にはなにも持っていない。

 ここに来る前に荷物をすべて捨てて来たのを思い出す。

 

「あの店に置いてきたんだ……あれを持ってきてさえいれば……」


 回復薬も買っておいたのに。

 でも、いまあそこまで走って行ったら…………リンが死ぬかもしれない。

 それくらいヤバい状況だ。

 一刻を争う事態だ。


「誰か……誰か……回復薬を持っている奴はいないのか!」


 俺は助けを求めて周りに叫んでみるが、いま起こったことで騒ぎになっていてもみ消される。 


「頼む、頼むよ、誰でもいいんだ!」


 奴が倒されたことがそこまで衝撃だったのか、誰一人としてリンのことを心配していない。 

 みている奴もちらほらと出てき始めているが、怯えているように見えた。

 つまるところ、リンのことを助けてくれそうな人はいなかった。


 

「俺が…………治すしかない。この傷を。俺にしかできないことだ」


 覚悟を決める。

 俺の力なら治せるかもしれない。


「…………待ってろ。俺が必ず助けて見せる」


 この世のすべては小さな粒、量子で出来ている。だから、俺の能力なら治せる可能性がある。

 だが、それは可能性なだけで実際は難しい。

 人間には肌だけじゃない。血管とか血液とか他にも色々ある。

 すべて治すのは不可能だろう。


「でも……やるしかないんだ。時間がない」


 リンの右足の傷口付近に手を置く。

 ダラダラと血が流れて来ていて、痛々しい。

 俺は力を使おうとする。


 正直にいえば、怖い。逃げ出したい。

 俺が失敗をしてしまえば、リンが死ぬ。

 でも、他の人には頼れない。


「まったく……いつもこうだ。俺の人生は絶望に満ちている。覚めることない悪夢のようで、最悪なんだ」


 俺の人生において、成功の一文字もない。失敗しかしていない。

 リンがこの状況におかれたのもそうだ。俺の失態だ。

 だが。


「だけど……今日こそ、その悪夢から覚めてやる。一歩ずつ進んでいくんだ。俺が俺であるために、絶対に失敗してなんかいられない。必ずやってのけて見せる」


 腕に力を入れる。

 力を行使し始める。


「ぐ…………」


 思っていた以上に困難だった。

 難しすぎる。

 

「…………頑張れ、俺。やり遂げるんだろ!」


 だらに力を入れる。 体の全神経をそこにそそぐ。

 血管から肌まですべて創り出す。


「俺の量子パーティクルならできる。諦め、るな」


 そして、血のはみだしがないように創り出したものを全部つなぎ合わせる。

 最初からそこにあったように。


「はぁはぁ……まず右足」


 ようやく、右足の治療が完了する。 

 能力をここまで細かく使ったのは初めてだった。

 集中力と体力を異常に使う。体が悲鳴を上げているのを感じた。


「あと残りの穴は3つ。これ……行けるのか……」


 リンよりも俺の体が先にダウンするかもしれない。

 ここまで辛いとなると、本当に無理なのではないかと思ってしまう。

 そこで、考えた。


「また……やめるのか、俺は。成功を目の前にして……諦めるのか」


 リンの顔を見る。

 未だに起きそうになく、どことなく辛そうで悲しそうな表情に見えた。


「どうするんだよ、俺…………」


 きっとここで諦めれば後悔する。

 せっかくここまでやってきた。

 守るべきものはここにあるのに、手を伸ばせば届くというのに、俺はいったいどうしようというのだ。

 治すこと以外なにをしようとしているのだ。


「やっぱそうだよな。やるしかない。やるしかないんだ」


 俺はまた持ち直す。

 続いて左足の方に行く。


「ぎ…………」


 治療を始める。

 右足と同じ要領だったため、さっきよりも時間はかからなさそうだ。


「ふう…………なんとか…………足は全部終わったか」


 体力をごっそり持っていかれた。

 今すぐに寝たいぐらい眠気がおそってくる。

 俺はそれに耐えながら、右手の方に行く。


「残すところはあと2つ。このペースなら多分、間に合うはずだ」


 右手に触れる。

 どくどくと血が流れ続けている。

 物凄く熱い。

 

「俺が元々の原因だ。こんなの……早く治してやらないといけないよな」


 そういいながら治療を始める。 

 足とくらべて致命傷に近く、治すのが大変そうだった。

 力を使っていくが、なかなかに治らない。

 苦しみながらもなんとか持ちこたえる。

 

「はぁはぁ…………あと…………一つ」


 治せた時には吐きそうなくらい疲れていた。

 時間は足の2倍ぐらいはかかっているはずだ。

 やる気も最初の最初の方よりも失せてしまっている。


 そんなときだった。


「頑張れ! 少年!」


 近くから男の声が聞こえてきた。

 そっちの方を向く。


「あの人は…………」


「荷物もここにあるから、早くリンちゃんを治してこっちに来いよ!」


 俺にリンが戦っていることを知らせてくれた店の店主さんだった。

 

「少年よ、頑張りたまえ」


「武器屋の店主さん!?」


「レン君頑張って!」


「クレタさんも!?」


 どんどんと歓声が広がっていた。

 広がっていたといってもほんの少しだけなのだが。

 他の人はなにを言っているんだという目で俺たちを見ている。


「…………」

 

 俺は人一倍交流も少なく、周りからは蔑まれていた。

 そんなことは最初からわかっている。

 でも、数が少なくても、たしかに俺を知ってくれている奴らがいた。応援してくれる奴らがいた。


 そんなのを目にしてここでやめるなんて馬鹿がどこにいる。

 俺は体にある全体力をそこに添える。


「はああああああああああああああああああ! 治れええええええええええ!」


 すべてをそこにありったけを突っ込む。

 守り切って見せる。

 暴走なんか二度とさせてやらない。

 俺が俺であるために。


 そして、ついに。

 

「…………やったのか、俺は。よかった」


 見てみるとリンの体が元通りになっていた。

 血が吹き出ている場所も一つもない。

 なんとかったのだ。


 とてつもない安堵が襲ってくる。

 やってのけたのだ。


「おい、リン……起きろ」


 ゆっくりとリンを揺らす。

 さっきとは違い、ぴくりと反応をした。


「あれ…………レンさん。どうしてここに…………あれ、私は死んだはずじゃ」


「……生きてるんだからいいだろ」


「まあ、そうなんですけど……ってどうしたんですか、疲れてそうな顔して」


「疲れたんだ。すごく眠い」


「なんか、レンさんらしくないですね」


「ふ、そう……かもな」


 そういって目を閉じる。

 俺はリンを助けた。

 その事実を噛み締めながら眠った。

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