文書28 挟み撃ち
《自身》
「ぐっ!」
本能に従い、腰に佩いた刀を抜刀術の要領で抜き放つ。
次の瞬間、ジィンとした甘い痺れが腕に走る。
今、楓は目の前のおけさ笠の怪人が振るうロングソードと鍔迫り合いを演じていた。
ガウンッ!と力任せにロングソードが降りぬかれる。
楓は敢えて力を抜いて吹き飛ばされるように後ろに距離をとった。
斬撃よりも打撃に重きを置いたロングソードとこれ以上力比べをしていてはこちらの刀が駄目になってしまう。
《自身》
離れたところに長大な柄の薙刀が振るわれる。
慌てて倒れ込むように後ずさる。
しまった、想定より随分と間合いを開けてしまった。
楓は臍を噛む思いで目の前の薙刀を中段に構えた目の前のおけさ笠の怪人を睨んだ。
長物相手に戦うにはこの間合いはあまりにも不利だ。
暫くの間、二人は睨み合ったまま立ち止まった。
◆◆◆
曲刀が唸る。
まるでサーカスの曲芸師のように木々の間を飛んだり跳ねたりして、息もつかせぬ不規則な斬撃の嵐をグレイスに浴びせかけてくる。
グレイスは視界の端で、楓もまたおけさ笠の怪人に襲われているのをちらりと見た。
「っ!」
手首のスナップでクンッといきなり刃の軌道が変化する。
曲刀がよそ見をしていたグレイスの金髪を掠めた。
そうかと思えばいきなり湾曲した刃が先ほどまでグレイスの膝があった辺りを風を切って通り過ぎていく。
グレイスにはもはや異能を使う暇すら残されてはいなかった。
目の前の曲刀の暴風をよけるのに全神経を費やさなければならない。
目の前の奇妙な装束の人間は攻撃も奇妙であった。
まるで猿みたいだ、グレイスは印象をそう表現する。
四つん這いかというほど体を低く沈めたり、いきなり自身の身長ほど飛び上がったり。
凄まじい身体能力を遺憾なく発揮しながら、妙な装束の人間はグレイスを斜面のほうへと追い詰めていった。
グレイスはじりじりと後ずさっていくほかない。
そして、ついに背後が斜面になり、もはや逃げ場はなくなったかと思われた、その時。
グレイスが絶体絶命の淵でニヤリと口の端を歪めた。
🪨🪨🪨
「っ!」
頭上から無数の岩石が降り注ぐ。
妙な装束の人影は慌てて後ろに飛び退いた。
「ふぅ、ようやく隙を見せてくれたね。」
🔫
ガチャリ、と鈍い金属の摩擦する音が響く。
ドン、ドン、ドン。
次々と拳銃から至近距離で放たれる銃弾の数々。
それは色鮮やかな装束に吸い込まれるように撃ち込まれ………。
《銃弾》
突如として割り込んできた異能に阻まれた。
「まぁ、そんなにうまくはいかないか。」
グレイスが残念そうに呟く。
銃弾と入れ替わりでグレイスの前に立ちはだかるおけさ笠の怪人は無言を貫いている。
先程までおけさ笠の怪人とやりあっていたのであろう楓がいきなり目の前から相手が消えたことに動揺しているのを視界の端で捉える。
交代ってことね。
心の中でグレイスが舌打ちした。
🚃🚃🚃
瞬間、おけさ笠の怪人と奇妙な衣装の人影の真横にライトを不気味に光らせ、警笛の轟音を響かす電車が現れた。
二人の不審者をミンチにせんと猛然と鋼鉄の車体が迫りくる。
しかし、二人に慌てた気配は全くなかった。
《グレイスの手元の銃》
《グレイスの放った銃弾》
◆◆◆
奇妙な衣装をまとった曲刀の不審者は丁度楓の横の倒木に命中していた銃弾と入れ替わり、猛然と楓に襲い掛かった。
予想もつかない方向から放たれる曲刀の一撃一撃に翻弄されていく。
なまじ同じく武術の心得があるからか、楓にはこの目の前の不審者の技量が嫌というほどよくわかった。
我流なのだろうか、見たこともない奇妙な挙動に惑わされながらも、垣間見える術理はただ一つ。
ただ只管に目の前の敵を斬り殺す。
その為に婉曲的、直接的手段を問わず、冷徹なまでの理性に基づいて精巧に一連の戦略が定められている。
認めるほかなかった。
精神鍛錬を主とする武道ならいざ知らず、人殺しの道具としての武術に関しては、楓はこの不審者に対して格段に劣っていた。
◆◆◆
グレイスの手元から拳銃のグリップの冷たい感触が消え、生温かい人肌の感触がする。
気がつくとグレイスは目の前に立つおけさ笠の怪人と握手をしていた。
慌ててその手を振り払おうとしたとき。
天地が逆転した。
自分が投げられたのだとグレイスが気がついた時には、体は流れるように異能を行使した。
敵との距離を異能で無理やり作る。
そのまま距離を離して仕切り直しをしよう。
そう考える。
相手の異能はかなり凶悪だ。
楓の異能の援護なしにこの目の前の相手に主導権を握らせることだけはあってはならない。
🔫
ろくすっぽ狙いも定めずに、ただ牽制として銃弾の嵐を目の前に降り注がせる。
これで少しは相手も怯んだろう、そう一息つくグレイス。
しかし、そんなグレイスの思惑はすぐさま裏切られた。
《銃弾》
「っ!」
放たれた銃弾はおけさ笠の怪人に命中した途端、すべて面白いように潰れていく。
目と鼻の先。
そこにおけさ笠の怪人が迫った。
実に厄介な異能だ、汎用性が高すぎるっ………!
グレイスは後退して距離を稼ぎながら苦々しく唇を噛む。
もうすでにおけさ笠の怪人の手の届く範囲にまでいた。
怪人は恐ろしく低くまで腰を下ろし、大きく身を弓なりにしならせた。
怪人の掌がグレイスの鳩尾に近づく。
🛡️
大きな西洋式の盾が怪人との間に現れたのと、怪人の掌底打が腹部に放たれたのとは全くの同時だった。
ボコリと何か金属製の物が大きく凹む嫌な音と共に、グレイスは吹き飛ばされる。
「ガッ!」
背を木の幹に強打し、グレイスは思わず手を地面につく。
「ゴホッ、ゴホッ!」
嫌な冷や汗が止まらない。
グレイスは痙攣しながら悶絶した。
涙で滲んだ視界に、ふと楓が写る。
◆◆◆
楓もまた、目の前の相手に翻弄され、窮地に追い込まれていた。
「っ!」
息もつかせぬ曲刀の斬撃の連続をかわすため、楓の集中は全てが剣に向いている。
それに加え、楓はグレイスほど異能を使い慣れているわけではない。
グレイスですら異能を使うのに苦労したのだから楓はほぼ異能を封じられたも同然だった。
そして、肝心の剣技に関しては、これもまた相手に上回られている。
相手の曲刀が、頬を太ももを二の腕をわき腹を掠め、決して浅くない切り傷を無数に残していった。
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