文書15 忠告と幼馴染

地球の重力に負けそうになる瞼を必死に持ち上げながら、楓は世界史の授業を受ける。


「いいか~。合衆国初代大統領グラニモはフィラデルフィアで連邦会議を招集し………。」


黒板に地図を書き込む年配の先生のぼわぼわとした声が楓の睡魔を励ます。

昨日、今日と十分に睡眠をとれていないのが災いして、人生で初めての居眠りをしてしまいそうだ。

先生がしきりに西海岸の上の方を手で叩くのを横目に必死に目をかっぴらく。

ふと、楓と対照的にピシリときれいに背を伸ばして資料集にメモを書き込むグレイスの後姿が目に入った。


クチナシの祠の一件以来、二人の間にはギクシャクとした空気が流れている。

どことなく互いに互いを避けているような、そんな時間。

しかし、いつまでもこのままではいけない。

特に、今楓の探し求めていることの手掛かりを何か知っていそうなグレイスの助けが絶対に必要だ。


キーン、コーンと授業の終わりを告げるチャイムが呑気に通り過ぎていく。

昼休みだ。

暫くの間自分の机でうじうじと躊躇った後、楓は意を決して座席をたつ。

向かった先はクラスメイトに囲まれたグレイスだ。


グレイスは座ったまま机の周りに集まった友人達と話をしているようだった。

楓に背中を向けるグレイスと会話を弾ませるクラスメイト達から時折賑やかな笑い声が漏れ伝わってくる。

楓が近づくと、そのうちの一人の女子と目があった。

目をまん丸にした後周囲の友達と目くばせをしあって慌てた様子でグレイスの肩をトントンとしきりに叩く。

なにが何だか分かっていなさそうなグレイスが指を刺されるままに楓に顔だけ振り向かせた。

途端、グレイスの顔がすこし強張る。

その様子に気がついていない風な周囲の級友たちはキャーキャー騒ぎながら椅子ごとグレイスをこちらに向かせた。

何故だか向き合う形になったグレイスと楓の間に気まずさが横たわった。

不思議そうに二人を眺める周囲の視線が痛い。

こらえきれず、楓から切り出す。


「あのさ、すこし話したいことがあるんだけど。」


非常に陳腐で月並みな表現が教室を滑った。


         ◆◆◆


何かを期待するような目のグレイスの友人達に見送られて教室を出る。


「あはは、なんかごめんね。」


グレイスが苦笑してその煌びやかな金の髪を揺らす。

それは屋上の天井いっぱいに広がる青空と見事にコントラストをなしていた。


「あぁ、いや。………………日陰いこっか。」


貯水塔が描く日陰に二人並んで座り込む。

背中にあたるコンクリートの涼しさが身に染みわたった。


「それで、話ってなにかな?」


ぎこちなそうに浮かべられた笑み。

それに自分は大きく息を吸いこんだ。


「あのさ、あのクチナシの祠のことなんだけど、」


いざ本題を切り出そうとした楓の口に白い指がピトリとあてられる。

驚いて横を見ると、グレイスの真剣な瞳がこちらを見返していた。


「その話は本当にダメ。」


言い聞かせるようにゆっくりと口にされる。


「言ったでしょ、アレに関わっても絶対に君のためにならないって。

君を思って言ってるんだよ、私は。」


少し怒った様子でそう言い切った後、グレイスはさっと立ち上がった。

眩しい太陽が遮られ、楓に影が差す。


「それで、話がそれだけなら私戻るよ。」


らしくもなく腹を立てたようにずんずんと屋内に続く扉にグレイスが向かっていく。

予想以上の拒絶に面食らって楓は数秒ぼうっとその後ろ姿を見送っていた。

が、我に返って急いで追いかける。


「ま、待って!」


その細い手首を掴む。

■■■■しかし、■■■■■グレイスに■■■■無理やり■■■■■■■■腕を振り払われた

しまった!

楓が思わず異能を使ってしまった自身の不注意さに臍を噛んだとき、


「なっ!」


驚きが口から転がりでる。

楓の手はいつの間にか宙を掴んでいて、グレイスは遠く離れた屋上の出口のそばに立っていた。

グレイスの冷たい視線がこちらに刺さっていた。


「私が知らないとでも思っていた?

言っとくけど私はその力について君よりもはるかに詳しく知っているんだよ。

勿論、君の異能程度でどうにかなるほど柔じゃない。」


まさか、まさかグレイスも同じような異能を保持している………!?

今までは疑いもしていなかった。

衝撃に襲われる楓に慚愧の響きを含んだ声が聞こえる。


「細見さんの件は残念だったよ。私も防ぐには力が足りなかった。」


ハッとする。

グレイスは俯き、その内心をうかがい知ることは出来なかった。

ばっとグレイスが顔をあげる。

吊り上がっていた目尻が下がっていていつも通りの優し気な表情に戻っていた。


「この村を異常が襲っているのは私も気がついてる。

でもね、これは君が考えているよりも遥かに深刻なものなんだ。

君には対処なんてできないほどにね。

だから、私がこの事件を必ず収束させてみせる。」


聞き分けのない子供を説得するように、ゆっくりと言い含められる。

気がつけば、固い決心の光がグレイスの瞳の中にあった。

まるで、楓の干渉を拒むような、強い意志が秘められた目だった。


         ◆◆◆


バタリと金属製の重い扉が閉じていく。

グレイスが階下に消えていったことを確認して、背中から屋上の打ちっぱなしのコンクリートに寝転がる。

今までじりじりと太陽に苛め抜かれてきたのだろう、じんわりとした熱が体に伝わってくる。

楓もまたぎらぎらとした日光に焼かれながら、ぼうっと思索を巡らせた。


楓の行いは完全なるお節介だったのかもしれない。

手首を掴んでしまった時、楓はいつ異能が使われたのかも分からなかった。

あの晩のおけさ笠の不審者といい、自分が気がついていなかっただけでこの世には自分よりもはるかに優れた能力者がゴロゴロと転がっているらしい。

そんな中にいて楓はいったい何の役に立つというのだろうか?

足手まといになって終わりだというのなら、初めから首を突っ込まないほうが良いのかもしれない。


楓は、今までのことをすっぱりと忘れるため、胸の内の鬱屈とした気持ちを消し飛ばそうと試みた。

が、それには随分と時間がかかりそうだった。

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