SIDE:透子

 電車が揺れる。規則正しく。

 その心地よい揺れを感じつつ手すりに掴まり、私は自分の姿が映っている窓を見つめている。


 どうして彼を抱きしめたのかしら。

 彼、すごく驚いてたし、困ってた。当然よね。

 あんなは不用意で、したない真似をしてしまうなんて――。


「……っ」


 あの時のことを思い出すと、自分でしておきながら鼓動が速まってしまう。

 私は思わず、電車内の他の乗客を盗み見た。

 音楽を聴いたり、スマホをいじったり、気怠げな夕暮れの空気を閉じ込めた車内で誰もが思い思いのことをして過ごしている。

 私は自分の高鳴った鼓動が、周りに聞こえてしまうのではないかと馬鹿げた妄想に囚われてしまう。

 そもそも、意図して彼の頭を抱きかかえたわけじゃない。

 無意識の行動。

 したいからしたんじゃなく、気付けばしていた。

 だからこそ、こんなにも思い悩み、恥ずかしくなってしまっているのだ。

 でもそれはそれとして、彼の驚いた顔、あれはいつか撮影した寝顔の時に負けず劣らず、傑作だったわ。

 と、私は窓にうっすらと映る自分の姿を前にして、はっとしてしまう。

 私、今、笑って――? 吉井君のことを考えて?

 最近おかしいわ。彼の寝顔を撮影して、それを見て頬を緩めてしまったり。

 手の甲で頬に触れると、びっくりするくらい火照っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る