鬼ヶ島スピリッツ

「殺りましょう♪ 殺りましょう♪ これから鬼の征伐に♪」


 不思議なメロディーが鬼ヶ島に響き渡る!


「全員早く逃げるオニーーー!!」


 大鬼さまが避難誘導をしている!


「鬼子ちゃん! 俺たちも!」

「う、うん!」


 鬼子ちゃんが大鬼さまに声をかけた。


「大鬼さま! 必ず後で来てくださいね!」

「あ、アイドルの鬼子ちゃんにそんなこと言われたら力が無限大に湧いてくるオニ……! 必ずすぐに追いつくオニ!」


 俺は鬼子ちゃんと離れないように鬼子ちゃんの手をしっかりと繋いだ。


「……鬼子ちゃん」

「あの人、私がアイドル活動をしていたときの最初のファンだったの。それで……」

「そうだったんだ」

「うん、握手会とか積極的に来てくれて。CDも何枚も何枚も買ってくれて」


 大鬼さま……。

 それなのにあんなに俺たちのことを応援してくれてたんだ。


「鬼子ちゃん……。前にも言ったけど、その指輪は大鬼さまの援助で買ったやつだったんだ。だから大切にしてほしい」

「うん、約束する」


 鬼子ちゃんと二人で新たな決意を胸に秘めた。



 そうしている間にも鬼たちが地下通路になだれ込んでいく!

 俺たちもその流れに乗って、駆け足で地下通路に入っていった。


「うわぁあああああ!! こっちはダメだ! 引き返せーーー!!」


 入った瞬間! 

 先頭グループの悲鳴が聞こえてきた!


「殺りましょう♪ 殺りましょう♪」


「も、桃太郎がこっちにいるぞーー!!」

「うわぁあああああああ!!」



ドタドタドタ!!



 全員が自分が先に出口に出ようとして混乱状態になっていた!


「鬼子ちゃん! 絶対に離れないで!」

「うん!」


 鬼たちの波に押されて中々進むことも引き返すこともできない!


 そうこうしているうちに姿が眼前に見えてきてしまった。


 特徴的な白い羽織に、腰には巾着、日本刀を携えた人物。


 ――ま、間違いない桃太郎だ!


 桃太郎が日本刀を上段に構えた。



ヒュッ!



 空気が切り裂く音と同時に日本刀が俺たちに振り下ろされた!


 せ、せめて鬼子ちゃんだけでも!

 鬼子ちゃんをかばうように前に出る!



 ――その瞬間、見慣れた体が俺たちの前に飛び出てきた!



ドドン!!



 大きなお腹を震わせながら、大鬼さまが桃太郎の刀を白羽どりしていた!


「何をしてるオニ! 早く逃げるオニ!」

「大鬼さま!?」

「な、長くはもたないオニ! 早く行くオニ!」

「け、けど!!」


「命令を忘れたオニか!!!」


 大鬼さまから聞いたときのない怒声が俺に飛んできた!


「私は君が本当に羨ましかったオニ……。鬼子ちゃんのためにと努力して地位と権力を手に入れたけど、鬼子ちゃんの心は手に入らなかったオニ……。ならば、せめて! 鬼子ちゃんファンとして鬼子ちゃんの幸せを最大限に祈ることがオタクの努めオニ!! これが私の鬼ヶ島魂おにがしまスピリッツオニーーー!!」


「大鬼さまーーー!!」

「ここは私に任せて先に行くオニーー!!」


 鬼子ちゃんの手を取り全速力で来た道を引き返す!

 振り返ってはいけない!

 今はまだ涙を見せてはいけないのだ!

 大鬼さまの思いは俺が絶対に引き継がなければならない!


 

 使えなくなった地下通路を全速力で引き返す。


 ――地下通路から急いで外に出ると、そこに信じられない光景が広がっていた。


「うわぁああああああああ!!」

「だ、誰か助けてくれーーー!!」

「だ、だれかぁあああああああ!!」


 聞きなれた同僚の聞きなれない声が聞こえてくる……。

 見慣れた鬼ヶ島が見慣れない光景に変えられていた。


 そこには、火を吐く巨大なケルベロス……。

 建物をなぎ倒していく巨大な猿。

 そして……、その絶望を煽るかのように火の鳥が鬼ヶ島の空をうろうろと舞っていた。


「……鬼子ちゃん愛してる」

「……私もよあなた」


 ――思わず鬼子ちゃんとその場で抱き合った。 




●●●




「桃太郎や、今回の遠征はどうだったんだい?」

「上々だったよ、やたら強い鬼がいたけど俺の敵じゃなかったね」


 爺さん、婆さんが待つ古びた家に戻り、戦利品を居間に広げていた。


「おやおや、今回は豊作じゃないか」

「結構、金を貯めこんでた鬼ヶ島だったみたいだね」


 その中から、一粒の大きなの指輪を婆さんが見つける。


「これなんて上物じょうものじゃないかい! 爺さんにこんなの貰ったときないから私がつけちゃおうかねぇ……」


 婆さんが喜んでその指輪をつけようとしたが、婆さんの太い指じゃサイズが合わずその指輪をつけることはできなかった。




●●●





















ガタッ











ガラララッ




「くぅ……」


 瓦礫の中からようやく体を出すことができた。


「鬼子ちゃん! 鬼子ちゃん!?」


 目を瞑ったままの鬼子ちゃんの頬を叩く。


「……っ!」

「……だ、大丈夫よ」

「……よ、良かった!!」


 鬼子ちゃんは弱っているようだったが、意識ははっきりしているようだった。


「ごめんなさい……。指輪……どこかで落としてしまって……」

「いいんだ! そんなことはいいんだ! 君さえ無事でいてくれたらそれでいいんだ!」


 鬼子ちゃんの体を力強く抱きしめる。


 鬼子ちゃん以外の全てを失ってしまった……。

 居心地の良かった職場、仲のいい同僚、尊敬できる上司さえも……。


「と、とりあえず今は安全な場所に身を隠そう。鬼子ちゃん立てる?」

「う、うん」


 よたよたとした足取りで、どこかいい場所がないか探す。

 誰か生き残りは……。

 生き残りはいないのか……。


「あ、あなた! あそこ!」



ドドン!!



 見慣れた大きなお腹が瓦礫からはみ出ていた!

 すぅーすぅーと息苦しそうにお腹が大きくなったり小さくなったりしている。


 ――今の俺にはその呼吸音がどんな音楽よりも耳を凝らして聞きたくなるような名曲に聞こえた。


 心に鬼ヶ島魂おにがしまスピリッツを熱く宿し、鬼ヶ島の復興を固く誓った。




END3 生命のラプソディ

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