第六十八話

 互いに足を引っ張り合うような阿保な事をしながらでも、二人の、本を集める効率自体は全く落ちていないのが不思議である。

 というか。

 だったら、そんなことをしなければもっと効率があがるのではないだろうか。

 まあ。単純作業も楽しみながらやらなければすぐに飽きてしまうし、刺激が必要なのだろう。

 ふとナナメと目が合い、互いに困ったように顔を見合わせてから小さく嘆息した。

 因みに、トウロウと同じことがナナメにも出来ないのかどうか尋ねてみたところ――

「本を引き抜き巻き上げる強風、巻き上げた本を一つも漏らさず空中に留め、まとめ、丁寧に一ヵ所に降ろす――これ、ザラメは平気な顔で、あんなことしながらやってますけど、かなり繊細な魔力操作が必要になるんです。私なんかにはまだまだできませんね」

 そう苦笑いで言われてしまった。

 考えてみればトウロウは、『遺跡攻略』なんて無謀とも言える行動を起こそうとする王女様に、ただ一人付いてきた従者的な立ち位置なのである。

 自分達が主導なのではなく、あくまで、しかも裏でこそこそ策を張り巡らせた上での、エンカの同行者としての『遺跡攻略』なわけだから、護衛として人数を付けられるはずもない――そういう事情を考えれば、彼がかなりの実力者であるのは当たり前なのだろう。

 ともあれ、フラトはフラトで目の前の本を引き抜き、集めることに集中する。

 最初は下の段から順に本を集めて中央に運んでいたフラトだったが、明らかに他と比べて効率が悪い。

 勝負をしているわけでもないのだから、その内爆速で作業を進めている者がフラトの担当している範囲もこなしてくれるだろうが、それでも、フラトも効率を上げられれば時間短縮になる。

 というわけで。

 フラトは悪魔に近付いて話し掛ける。

「ちょっといいか?」

「何でございましょうか、ホウツキ様」

「ここって、肉料理とか用意できたりする?」

「ええ、ええ。勿論でございます。ご希望とあれば今すぐにでも調理して持ってまいりますが」

「いや今は大丈夫。取り敢えず確認したかっただけだから」

 左様でございますか、と『何の為に』そんな質問をしてきたのか言及してこない悪魔から視線を外して、フラトは踵を返す。

 そのまま元いた壁際に戻ってきて――

「おい聞いたか? 肉あるってさ。頼めば出してくれるらしいけど、どうする?」

 独白のように、独り言のように、言った。

 直後。

 フラトの頭上から何本もの糸が上方に物凄い勢いで伸びていき、本の背表紙に張り付いて抜き出し、そのまま弧を描いて部屋の中央へと集められた。

 見ている限り、部屋の中央へ落下させる際にはちゃんと減速し、丁寧に、本が傷つかないように注意を払っている。

 やるかどうか半々の確率くらいに思っていたが、どうやら肉に釣られてくれたらしい。

 猫の手も借りたいこの状況ではありがたい。

 猫の手と言うか蜘蛛の糸だが。

「んじゃ、僕も」

 フラトも本の回収を再会。

 すると、すかさず蜘蛛は別の場所に糸を張って自分の身体を吊るし、固定させていた。流石にあれだけの作業を動き回るフラトの頭の上にいながら、というのは煩わしいのだろう。

 そんなこんなで、糸が飛び交い、魔力弾が飛び交い、風が吹きすさぶ中で壁に収納された本が着々と集められた。

 そうして集められた本を、ナナメがもう数十回は収納しただろうか、かなりの時間を使ってようやく、遂に――部屋はもぬけの殻となった。

「本当になにもなくなったな」

 恐るべき亜空間収納。

「それでは皆様、一旦休憩は如何ですか?」

 料理をご用意致しますよ――などと言う悪魔の誘惑に。

 四人は抗えなかった。

 一匹は元々そのつもりで糸を振り回し続けていたし。

「流石に、ちょっと…………もう、限界で…………動けません」

 息も絶え絶えに言うナナメはエンカに背負われている。

 彼女だけは、途中から本回収の手を止めて、回復に専念しつつの収納作業だったが、それでも最後は死にそうな顔をしていた。

 靄の大きさも最小限に調節しているようだったが、それでも消費魔力はかなりのものらしい。

 最早セーフゾーンと呼べるこの場所だからこそ、それだけぎりぎりまで行使できるが、戦闘中はまず無理だし、旅の途中でも危うい。

「俺もそろそろ限界…………」

 心底疲れたようにトウロウが言うと、

「ふっ」

 私はまだまだ余裕だけど、なんて言いたそうなシニカルな笑顔をエンカが浮かべ、トウロウは悔し気な表情を返していた。

 仲良くなったものである。

 そんなこんなで四人は再び丸テーブルのある部屋へ戻ってきた。

 四人が椅子に座り、一匹がテーブルの上に着地。

 それぞれに甘めの紅茶が用意され(もう蜘蛛が紅茶を飲んだくらいでは誰も驚いたり突っ込まなくなっている)、その糖分が身体に染みていくのを実感している間に、手早く悪魔が調理を済ませ、いつの間にかまた呼び出していたのか、それともどこかに待機していたのか、『影』と共に配膳。

 既に部屋中に芳ばしく、それでいて香辛料のきいた匂いが充満しており、こんがりと焼かれた肉を目の前に置かれては、もう我慢も限界。

 蜘蛛なんか置かれた瞬間肉に噛り付いており、それを見た四人も、

「「「「いただきます!」」」」

 と手を合わせてからかぶりついた。



 肉を食べている合間にもサラダやスープ、その後にはデザートまで出され、その全てを平らげた四人は、

「「「「御馳走様でした」」」」

 と礼儀正しく手を合わせた。

 何を考えているのか知らないが、蜘蛛も前足を合わせていた。出遭った当初、というか、つい最近までそんなことしたことなかったくせに…………。

 悪魔が淹れてくれた食後の紅茶を飲みつつ、暫く胃を休めながら休憩。

 一時間くらいはそのままぼうっとしていただろうか。

「そんじゃ、続き、やっちゃおうか」

 エンカが立ち上がり、部屋から出て行こうとするが、

「続きって何だ? あの本だらけの部屋のものは全部タナさんの亜空間収納の中に入れたよな?」

「部屋はまだあるでしょうが」

「まだってお前――」

「全部でしょ?」

 そう言ったエンカを先頭に、四人と悪魔で隣のベッドの部屋へ。

「このベッド、ぐちゃぐちゃだった私達をこんな――遺跡に這入ってからの傷なんて、まるでなかったことみたいに回復してくれた優れものなんだよ、それも数時間寝ただけで。持って行かないなんて有り得ないでしょ」

 そう言うエンカに、しかし悪魔が言う。

「その事でございますが、ここにあるベッドは元々ここの主に何かあった際、その回復用に用意されたものであり、事前に主がとんでもない量の魔力を籠めていたからこそ作動し、驚異的な回復を発揮したのです」

「ってことはつまり――」

「はい。ここにあるベッドは全部で五つ。四つは皆様方に使ってしまいましたので、まだ回復効果を残しているのは一つだけとなります。そのことは憶えておいて下さいませ」

「なぁーんだ。因みにだけど、また魔力を籠めたら使えるようになったりは?」

「可能か不可能かで言えば、可能でございます。ただ、籠めるべき魔力量が皆様にとっては異次元の領域になるかと」

「うえー…………じゃあ使えないと思った方がいいか。ま、とは言え一個だけでもそれだけのものが使える状態で持って帰れるのは上々でしょ。ってことでナナメ頑張って」

「えっと、いいのでしょうか? これに関しては、これからも危ない目に遭う可能性の高いエンカさん達が持っていかれた方がいいのでは?」

「んー、じゃあ、私が使っちゃったほうのベッド二つもらうよ。総量としては異次元でも、コツコツ魔力を溜めて行けば、いつかは使えるようになるかもしれないし、それをやるなら、タナさんより私でしょ?」

 それでも少し渋っていたナナメだが、エンカがそそくさと使用済みのベッドを二つ収納して、後はナナメがしまうだけとばかりに動かなくなってしまったので、ナナメも観念したようだった。

 ベッドをしまう際、エンカも黒い靄の範囲調節に挑戦していたが、流石に一度で綺麗な調節とはいかず、靄をやたら大きくして、予定通りとばかりに二ついっぺんに収納していた。

「よし、これで最後です。えーっと……………………あ、手を入れたら、効果の残っている一つのベッドはちゃんと別個で認識されますね。良かった」

「んじゃ、次行こー」

 そう言ってエンカがとっとと奥の扉を開け、ソファの沢山ある部屋へ。

「タナさん、ここのソファ私一個もらってくねー」

「あ、はい。どうぞどうぞ。ゆっくり選んでください」

「どれがいっかなー…………」

 言いながら、肌触りやら沈み込み、実際に座った感触などを確かめていったエンカは、

「うん、よし。これにしよーっと」

 一つのソファセットを自分の亜空間収納の中に取り込んだ。

「フラトも一つくらいもらっておけば? ここのソファかなりいい感じだよ」

 ふむ。

 確かにそう勧められるとフラトも、欲しいな、と思う。

 場所は選ぶだろうが、丸太よりもよっぽど身体を休められるだろうし。

「…………」

 無言でナナメの方に視線を送ると。

「勿論、一つと言わずいくつだって」

「それじゃあ僕も一つ」

 フラトは、大して確かめもせず手頃なソファセットを亜空間収納にしまった。

 その際、蜘蛛は器用にも一発で靄の範囲調節を綺麗にこなして見せ、何故かフラトがエンカにお尻を蹴られた。

「それじゃあナナメ、あとはそっちで宜しく」

「はい」

 ほどなくしてこの空間ももぬけの殻、伽藍洞に。

「はい次、次ー」

 そうして。

 その部屋から続くお手洗い、浴場からも持っていけるものは全てナナメの亜空間収納に取り込まれ、しかもその二つに関しては、空っぽになった後も、ナナメがあちこち細かく検分しながらメモに何やら書き留めていた。

 設備としての機能面など、何か参考にできないかと貪欲に吸収しているのだろう――恐らくこれこそが、遺跡を攻略した者のあるべき姿であり、ソファやベッドくらいにしか興味を示さないエンカの方が、珍しいのである。

 それも魔女が暮らしていた場所となれば、『設備の造り』すらも宝になる。

 最後は――食事を摂った丸テーブルの部屋の物も、キッチンなども含めて、部屋とは別個に独立しているものは全てナナメの亜空間収納へ。

「色々と物がある空間ってこれで全部?」

「ええ」

 エンカが悪魔へと問い、悪魔が小さく頷いて返す。

「もう他にトバク様達が訪れていない場所などはございませんし、持って帰れる目ぼしいものもないでしょう。正にもぬけの殻でございますね」

 根こそぎである。

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