第五十四話

「ではでは、ここで私という障害を超えた皆様に個人的な報酬としまして、この世界の真実を一つお教えしましょうか」

 突然悪魔がそんなことを言い、

「真実!? それって――」

 誰よりも先に、目を輝かせてナナメが反応した。

 抑えきれない好奇心に衝き動かされたかのように、僅かに腰を浮かせて身を乗り出している。

「あ…………その、すみません」

 周りからの視線に気付いて、すっ、椅子に座り直したナナメは、ほんのりと照れたように顔を赤くしていたが、寧ろ、ここまで散々あれだけのオタクっぷりを見せつけてきておいて、未だに恥じらう羞恥心を持っていることの方が驚きだった。

 なんてことをフラトは心の中で思っていただけなのに、ナナメに睨まれた。

「ふふふ。タナツサク様はこういったお話が好きなのですか?」

「えっと…………はい。正直に言いますと、こうしてトバクさんに同行させていただいたのも、この世界の成り立ちとか、私達のまだ知らない歴史を知れるんじゃないかと、そういう情報が何かしら得られるんじゃないかと、思ったのもあったので」

 と、この遺跡に来た理由の一端をナナメは明かした。

「へえ」

「そうだったのか」

 そういえば、ナナメにしろトウロウにしろかなり強引な方法で遺跡攻略に同行してきたわけだが、彼女達をそこまで衝き動かす『理由』というものを聞いていなかったなあ、と二人は相槌を打った。

「ではでは、矢張り自力で資料を探し、痕跡を求め、史跡を巡る楽しみを奪ってしまうわけにもいきませんし、私からの情報は最低限と致しましょう」

「え…………」

 とちょっと残念そうな表情を浮かべるナナメだが、悪魔はそれに微笑みを返すばかりで、割と本気っぽかった。

 まあ、ナナメがそういった発言をしなかったとしても、悪魔がそこら辺の話を進んでしてくれたかどうかは甚だ怪しいものだが。

「それで、真実って?」

 そんな二人の、というか、一人と一体と言うべきか――彼女らの様子をちょっと呆れたように見ていたエンカが、果物を齧りながら催促した。

 急かす割に、エンカ自身あまり興味なさそうなのはどうなのか。

「はいはい。まあ、真実と言ってもなんのことはありません。この世界に溢れる魔素、そして皆様が持っている魔力に関してです。皆様は魔力を魔素に干渉させることで魔術としておりますね。魔素とは世界にありふれた空気のようなもの、と認識されているかと思います」

「そんな改まった言い方をするってことは、その認識が間違っていると?」

「いえいえ。それもまた一つの事実でございます。ですから私からも事実を一つ――」

 そして悪魔は言う。

 この世界の真実の一つを、軽々と、飄々と。

 口にする。

「皆様の持つ魔力とは、魔素に対するなのです」



「抵抗力? えっと…………え? それって、だから、何になるの?」

 困惑した顔でエンカがフラトの方へ顔を向けてくるが、

「そんなもん、僕に訊かれても…………」

 フラトも顔を傾けるしかなかった。

 だが。

「魔力が魔素に対する抵抗力…………ってことは…………そもそもが――」

 などと、ぶつぶつ言いながら素早くメモを取り出し、真剣な顔でナナメが何やら書き込み始めた。

 止まらない閃きを、忘れない内に残そうとするように。

 一心不乱にペンを走らせている。

「ふふふ。たったこれだけの情報からそこまで真剣に何かを書き留めていただけるとは、ついつい、色々と教えたくなってしまいますがそれは堪えましょう」

 なので、と悪魔は続ける。

「話を戻しましょう。魔力とは魔素に対する抵抗力なので本来は相容れないものなのです。相互に反発し合う性質を持つのです。ということはですよ、凄まじい量の魔素を凝縮することで出来上がった私には、生半可な魔力での攻撃は通じないということになります」

「え、生半可なって…………トバクさんの魔力量で、あれだけの魔力密度の攻撃で、ですか」

 ナナメがメモ帳から顔を上げ、信じられないものを見るような目で悪魔を見た。

「あくまで魔素による私の存在密度に比べたら、という話ではありますがね」

「…………」

 フラトがちらりと視線を移すと、口を尖らせたエンカに睨まれた。

「何よ…………」

「凄い可愛い顔してるなって思って」

「後で絶対にぶっ飛ばす」

「やめて、ごめんなさい」

「……………………ふんっ。確かにそいつの言う通り、私の攻撃じゃあ手応えなんてまるで無かったよーだ。っていうか、液体みたいにぐにゃぐにゃ、どろどろで斬れもしないし突けもしないし、ダメージどうこう以前の問題だったけどねっ」

 拗ねたように投げ槍に言った。

「あ、それ、私も不思議に思ってたんですが――」

 律儀にも、ペンを持った手を少し上げて、ナナメが発言する。

「トバクさんの攻撃はすり抜けてしまったりしていたのに、何故、ホウツキさんの攻撃は当たっていたのでしょうか」

「ふむふむ。それに対する説明としては、先程貴方が仰った――ホウツキ様の攻撃が私の内部を浸食しているよう――という表現を使わせていただくのがわかりやすいかもしれませんね」

「つまり?」

「攻撃された感覚を言葉で表すとあれは――振動を伴い伝播していく干渉力、みたいな感じでしょうか。ホウツキ様の内部の力を流し込まれた個所は私の制御が効かなくなり、しかも、その効果範囲は振動によって広がり続けていくのです」

 まるで湖面に投げ入れた石が波紋を作り、それが広がっていくように、と悪魔。

「成程、それでトバクさんと戦っていたときのように身体を自在に変形させて攻撃を避ける、すり抜けさせるという芸当を封じられたと」

「ええ。しかも、これは私の所感、というか体感ですが、ホウツキ様はその『振動』の大きさと言いますか、振幅をコントロール出来るようで、特にホウツキ様からもらった最後の一撃なんかは、身体の中で爆発でも起きたのかと思った程でございました」

 苦しそうに真っ黒な液体を吐き散らしていた悪魔の姿を思い出してしまい、フラトは顔を歪めた。

 そんな間にも、ナナメと悪魔の会話は続く。

「その、ふと思ったのですが、身体を自在に動かし変形させることができるのであれば、ホウツキさんの攻撃を受けた際、その干渉力によって制御できなくなってしまった部分を瞬時に切り離して、トカゲの尻尾切りの要領で本体を逃がすようなことは出来なかったのでしょうか?」

「勿論、そのような強引な方法も試しましたとも。ですが、ホウツキ様の攻撃による内部への振動が広がるのはほんの一瞬でした。切り離しなんかしようと思っても、それをしようとしている最中に、その境界を超えて身体全体に広がっていくのですよ。あれは、当てられた時点でほぼ回避は不可かと」

「ではでは、これも身体を自在に操れるあなただかこそ可能な領域の話になってしまうかもしれませんが、ホウツキ様の攻撃による内部への振動に対し、あなた自身も身体を構成する魔素を粒子レベルで振動させることで相殺させるようなことは?」

「ふふふ、次から次に、そう矢継ぎ早によく思い付くものでございますねえ」

「え、あ……………………すみません、ちょっと熱くなっちゃいました」

 ナナメは、ふう、と小さく息を吐き出しながら、悪魔からの指摘が恥ずかしかったのか、片手で顔を小さくぱたぱたと仰いだ。

「いえいえ、これは私が設けた話の場でございます。まさにこういうことがしたかったのですから、謝らないで下さいませ。嬉しいのです。私の方こそ、急に水を差してしまって申し訳ございません」

 さて、と悪魔は仕切り直して続ける。

「相殺、でございますか。一言で言えばそれは可能でございます。いえ、可能でした」

「その口振りは、既にやっていた、と」

「はい。やってはおりましたが、ダメージを相殺しきるにはどのタイミングで、どの角度から、どのように攻撃されるのか、を予め知っておかないと難しいですね。ましてやあれだけ至近距離での肉弾戦でございますから、そんな繊細な処理はホウツキ様からの手数に追いつきません。結果として、当たりそうな個所で、ある程度適当にそういうことをして、衝撃の身体全体への伝播を少しでも和らげる――といったところが限界でございました」

「成程ぉ」

「しかもそれをして尚、ホウツキ様の狙い澄ました渾身の一撃には多大なダメージを受けてしまいました。いやはやいやはや、何もせずに素直に受けていたら、なんて考えたくはないですねえ」

 そんなことを、しかし言葉とは裏腹に微笑みを貼り付けて余裕たっぷりな風に言うものだから、胡散臭いったらない。

 フラトだって――最後に叩き込めたあの一撃は、これまで史上で一番の集中力が発揮できていて、あんな痛みの中だったのに、体内における気の操作だってびっくりするくらい滑らかで、これまでにない手応えがあった、言うなら奇跡的な一撃だったというのに。

 現時点でフラトに出せる最高、最大限の攻撃だったのに。

 悪魔に、本気で危機感を抱かせるにはまだ遠かったらしい。

 ――悔しいなあ。

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