第四十五話
前に進み出たエンカは、顔を上げ、真っ直ぐに老紳士を見据えて、口を開く。
「あのさ」
「はい。何でございましょうか」
かなり距離は空いている筈なのに、不思議とエンカの声は問題なく届き、また老紳士の声も明瞭に聞こえた。
「何で待っててくれたの? とっくにそっちは準備終わってたんでしょ? っていうか、別に準備が完了してなくても、今の私達くらいなら消し飛ばせそうなのに」
「いやいや、何を仰いますやら」
「何よ」
「そんなの、つまらないではございませんか」
老紳士の返答にエンカが、はっ、と笑顔を浮かべる。
「つまらない?」
「ええ、つまりませんとも。長い時間を掛けて、散々頭を捻って、沢山血を流して、ここまで辿り着いて下さった大事なお客様なのです。不意を衝いても、何も面白いことなどないでしょうに」
「ふうん、今もそう思ってんだ」
「勿論でございます。少々ダメージを喰らったところで、簡単に自分の在り方は変えません、変えられませんよ。私は出来るだけ長く、全力で、楽しみたいのです」
「少々、ね…………」
「ふふふ、見栄くらい張っても罰は当たらないでしょう」
「ま、そうだね。んでさ、そんなあんたにちょっと話があんだけど」
「おや、時間稼ぎですか?」
「違う違う、もう今更時間稼いでも私達にメリットなんかないし、それに話はすぐ済むよ」
「ほおう、では伺いましょうか」
「その辺り一面に浮かんでるの――攻撃方法はどうなのか知らないけど、それだけの規模、範囲はこの部屋全体ってことでいいんだよね?」
「で、ございますね。回避は不可能でございます」
「しかも私達には、現状この部屋から出る方法はない、と」
「ええ――まあ私はそう答えるしかありませんね。仮にあったとしても教えませんし。それとも、何かそれらしいものでも発見しましたか?」
「いや」
あっさりエンカは首を横に振った。
その上で――続ける。
「つまり、あんたの言う――全力で出来るだけ長く楽しみたいってのは、逃げ場をなくしたこの場所で、天井近くから一方的に攻撃を仕掛けて、最後の最後まで私達に力を出し尽くさせて、尚且つ反撃でもあれば嬉しいなみたいな、そんな感じで合ってる?」
「更に加えれば、一対一はやりましたので、皆様の力が合わさったところなども見てみたいな、と」
「成程ねえ――でもそんなの、あんたが楽しいだけじゃん。不公平でしょ」
「不公平、でございますか…………くく、ここに来て公平さなんてものを求められるとは、本当に愉快なお客様でございますねえ」
「だって私も楽しみたいし。その為にここに来たんだし。だからさ、賭けでもどうよ?」
「賭け、でございますか?」
「うん」
「いやはやいやはや、この状況で私がそんなものに乗る意味があるとでも? そんな価値があるとでも?」
まあ、ない。
当たり前にない。
のだが――エンカの語気は衰えない。
寧ろ楽し気に続ける。
「だからこそだよ」
と。
「ほう?」
「楽しみたいんでしょ?」
「ええ。久方ぶりのお客様でございますから、いつまでもいつまでも、こんな時間が続けばいいとは思うのですが、しかしてしかして、個人的にそういった思いはあるものの、私のここでの役割は侵入者の撃退、排除でございまして、そこはどうしても譲れない部分でございます」
いつまでも戦って楽しんでいたくとも、そうとばかりも言ってられない。
勝ちの目は確保しておかなくてはならない。
「いやいや、つまんないこと言うなって」
「…………、ほう、私がつまらないと?」
「だってそうでしょ。あんたのあの『影』みたいなのを出す術に、その爆発する黒い球体。どうせ他にも隠し持ってるんでしょうけど、だけど、その二つだけだって、使いようによってはもっと私達を圧倒できるはずだし、あんたにそれがわからない筈はないでしょ」
「…………」
「でもあんたは、私とホウツキの戦闘スタイルを見て、わざわざそれに付き合った。なんならホウツキに交代したときも、こうして再度私に交代したときも、律儀に待っててくれたし」
「それは――」
「――楽しみたいからでしょ? わかってるわかってる、あんたがその口で言ってたことだしね。そこは疑ってないよ。けど、だったらさ――」
「だったら?」
「今のあんた、ホウツキにボコられて、このまま負けるのが怖くて逃げた、みたいに見えるんだけど?」
「……………………逃げた?」
「でしょ」
「どこが、でございましょうか?」
「少なくとも、接近戦でど突き合ってた土俵からは降りたでしょ。んで私に『逃げた』なんて言われて、そんなに目をぎらぎらさせてるんだから、自分でわかってるんじゃないの?」
「……………………」
「ま、ホウツキもあんな状態だし、また同じ様に戦えなんて言わないよ。でもさ、これってつまり、互いに一勝一敗ってことでしょ?」
「一勝一敗?」
「私との戦いは私の負け。あんたにダメージ通せなかったしね。でもホウツキとの戦いはホウツキの勝ち。あんたの方から土俵降りたんだから。異論、ある?」
「…………」
「そんでよ、じゃあここで最後にちゃんと白黒付けようって話じゃん。そんなときにさ、最後の最後まで楽しまなくていいわけ? 負けるリスクも背負わずに、戦いを楽しみたいって? 正直に言うけど、私の言う賭けに乗ってくれないなら、ほとんど手札の残ってない私達に勝ちの目はない。ここであんたに殺されるしかない。んなことはまあ、あんただってわかってるんだろうけど、もう、負けることはないってわかってて仕掛ける攻撃って、戦いって、楽しいの? それで勝って嬉しい?」
「ふむぅ…………まあ、それを言われてしまうと確かに楽しくはありませんねえ」
乗るのか、その話の流れに。
しかも割と素直に。
傍から聞いてて、緊張感がどうにも欠けてるよなあ、とフラトは思ってしまう。
色々と言い方は捻っているが、冷静に聞けばこんなものは、安い挑発でしかないのに。
「それにさ、一応こっちの準備が整うの待っててくれたってことは、何か切り札的なものがないのか、期待してる部分もあるんじゃないの?」
「まあまあ、あるかないかで言えば確かにそれはありますが……………………では、問いましょう」
「何?」
「貴方の言う『賭け』とは?」
「全力でやり合おうよ」
「は?」
「その沢山の真っ黒な球体使って、この空間に対する一方的な全方位攻撃する気なんでしょ?」
「…………ええ」
「だからその攻撃に全力使ってよ。それを私達が全力で受け止めるから。当然、受けきれなかったら私達の負け、つまり死」
だけど、とエンカは続ける。
「そっちにも全力――全部出し切ってもらうよ。何もかも、残りカスすら残らないくらいに絞って絞って、絞り切って、全部使って攻撃してきてよ」
「もしも貴方が受け止め切ったら?」
「そんときは――出口教えてよ」
「出口? それだけですか? ここは、貴方達の言う『遺跡』。勿論例に漏れず、喉から手が出るほどの貴重品だってございますけれど」
「いいよ、別に」
エンカはさらっと言った。
「そもそも、あんたのことをそこまで追い詰めたのはホウツキで、今から相手をしようとしてるのは私。一対一ですらなく、更には、ここにきて私はあんたの攻撃を『受ける』って選択肢しかないんだから、受け切ったところで『勝ち』なんて思わないし。私が引き出せるのは精々が引き分けくらいのもんだしね」
「故に『賭け』と」
「そゆこと」
エンカはにっこり笑って老紳士にそう言ってから、振り返り、
「ってことでいいかな?」
問うてきた。
「僕はいいよ。やれるだけはやったから、後はトバクに任せる。好きに楽しんでくれ」
「私も、異論はありません」
「にしし、ありがと」
満面の笑みのままエンカはお礼を口にし、再び老紳士の方へ顔を戻した。
「だってさ」
「ここまで来て、『賭け』などと口にしておきながら、謙虚なことでございますねえ」
「別にそんなんじゃないよ。私が納得いかないだけ。だからもし受け切れたら、今後の伸び代に期待、って感じで引き分けにしてこの遺跡から出してほしいんだけど」
「それはつまり、次もまた挑戦して下さると?」
「絶対に」
力強く言い切った。
言い放った。
「正直、ホウツキはあんたにあんなにダメージ入れられたのに、私は全然だったの、今もめっちゃ悔しくて悔しくて発狂しそうなんだから。だから、大事なお客様のお願いの一つくらい、聞いてくれてもいいんじゃない?」
「ふふふ、左様でございますか。なら――大事なお客様のその望み、その賭け――飲みましょう」
「よっしゃきた。全力だからね」
「勿論」
老紳士は変わらず微笑みを貼り付けたまま頷いた。
「んじゃ――」
エンカは一度、深呼吸をしてから、
「いつでも、かかってこい」
言った。
真っ直ぐに立ち、真っ直ぐに老紳士を睨み付けながら。
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