第四十六話

「ふふふ、では全力同士、楽しむと致しましょうか」

 ぱちん、と老紳士が指を弾いて鳴らしたのを皮切りに、天井付近に散りばめられた黒い球体から、小石程度の黒い球体が分裂するように生まれ、生まれ、生まれ、生まれ――。

 数えきれない数を生み出し、一斉に急降下。

 賭けが成立した今、老紳士の攻撃目標は空間全体ではなく、全力で受け止めると豪語したエンカを中心に、背後の三人も巻き込む形でかなり絞られていた。

「ふぅ…………」

 それでもエンカは、焦った様子もなく短く息を吐き出し――右手を上げた。

 広げた右掌を斜め上に掲げる。

 左手は、真っ直ぐ伸ばされた右腕を支えるように掴む。

 そして――目の前に迫る黒球の群れに対し、円状の、大きな魔力壁を展開した。

 着弾――爆発。

 爆発、爆発、爆発。

 爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発。

 爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発、爆発。

 とめどなく連続する爆発と爆音。

 視界を埋め尽くすほどの真っ黒な爆炎はしかし、フラト達に届いてはいない。

「これくらいは耐えますか」

 耳をつんざくような爆音の中でも、老紳士の呟きが明瞭に聞こえてくる。

 正直、最早そんな雑音は聞こえなくてもいいくらいなのだが…………。

 兎も角。

 耐えた――と言えるだろう。

 爆撃による人的被害はない。

 だが、エンカの展開した魔力壁のあちこちにはヒビが入り、端の方は欠けていた。

「ふふふ。いやはやいやはや、楽しいですねえ。せめて少しでも長く、長く、この時間が続きますように」

 そんな声の合間にも続く爆撃、爆発、爆音。

「ふっ」

 力を籠めるようにエンカが息を短く吐き出すと、魔力壁に入っていたヒビが修繕され、欠けていた個所に魔力が充填され、綺麗な円形を取り戻した。

 勿論、その間にも黒球は降り注ぎ続け、爆撃は止まらない。

 寧ろ連続する爆音は、段々とその数を増やしているような気さえする。

 爆炎と黒煙のせいで、浮遊する老紳士の姿はおろか、降り注ぐ黒球すら、視認することも難しくなっているが…………。

「っ…………」

 エンカのおかげで、爆発や爆風、衝撃波は届かないが、音だけは別だった。

 この広い空間でどういう反響をしているのか――或いは、数えきれない爆音がおかしな干渉でも起こしているのかは知らないが、撒き散らされた轟音が鼓膜を叩き、揺さぶり、脳にまで響いてきて気持ち悪い。

 ただ座っているだけでもきついような状況で、フラトはすぐそばのナナメが気に掛かり、

「タナさん、そっちはだいじょ――」

 大丈夫か、と声を掛けようとして、息と共に言葉を飲み込んだ。

 俯き気味に、心底から集中しているナナメの姿を見て、不覚にも圧倒された。

 この場にあって、この場にいないかのような。

 まるで彼女にだけはこの轟音も、その衝撃も届いていないかのようで。

 虚ろな瞳は相変わらず七色の斑に煌めき、一定のリズムで深めの呼吸を繰り返し、不気味な雰囲気をその身に纏っている。

「っ!?」

 そんなナナメに気を取られていたフラトの耳に、つんざくような、これまで聞こえていた爆音とは明らかに異なる、硬質な音が届いた。

「…………まじかよ」

 エンカの展開した魔力壁が割れる音だった。



「大丈夫!」

 後方にいるフラト達を安心させる為に、自分自身に言い聞かせる為に。

 エンカはそう叫び、魔力壁が割れ切る前に――その手前にもう一枚の魔力壁を展開した。

 同時、ぼろぼろだった一枚目が砕けた。

「ん、ぎっ!」

 歯を食いしばり、新しく展開した魔力壁を少し上に押し上げる。

 その魔力壁にもすぐにひびが入って、ぱきぱき、とあちこちから嫌な音が鳴り始めた。

「くっ」

 もう一度、手前に予備の魔力壁を展開。

 止まらない爆撃に、二枚目の魔力壁も遂に――割れた。

 すぐさま予備だった魔力壁を押し上げ、その手前にもう一枚予備を展開。

 常時二枚同時展開。

 エンカは、ただひたすらに魔力壁を展開して、爆撃を受け止め続ける。

 守る為に。

 生き残る為に。

 割れて――押し出して――再展開。

 割れて――押し出して――再展開。

 割れて――押し出して――再展開。

「ぎっ、がぁっ」

 飛来する爆撃は、今も尚その密度を段々と上げているようだった。

 じわじわと、いたぶるように。

 魔力壁が割れるまでの時間がどんどん短くなっていく。

「っ!」

 割れて。

 押し出して。

 再展開。

 何度も――何度も、繰り返す。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 割れて押し出して展開。

 割れて押し出して展開割れて押し出して展開。

 割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開。

 割れて押し出して展開割れて押し出して展開。割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開割れて押し出して展開。

 つつ、と垂れる鼻血を拭うこともせず、エンカは右手を上に真っ直ぐ突き出し、その先に意識を集中させる。

 ここに来るまでに負い、塞ぎかけていた傷が開いたのか、いつの間にか足下に血の染みまで出来ている。

「…………っ」

 更に、更に増す爆撃の勢いは、遂に予備で展開した手前の魔力壁にまで衝撃を貫通させ、ヒビを入れ始めた。

「んぎぎ…………だっ、たら」

 と。

 エンカは更に一枚、手前に三枚目の魔力壁を展開――しようとして、がくん、と膝が折れた。

 視界が回る。

 やばっ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る