第二十五話

 円柱の中は――更にもう一本の円柱が、柱のようにど真ん中に通されており、その柱の周囲をぐるぐると、螺旋階段が上下に伸びているような形になっている。

 そんな内部構造だから、階段部分の幅は、ヒト二人並ぶのが億劫になるくらいには狭い。

 加えて中は暗く、開けっ放しの扉から差し込む光でどうにか少し先が見通せるくらいのものである。

 そんな円柱の中へ――

「まず、私から行くね」

 エンカが扉を超えて中に踏み入り、その後ろにフラト、ナナメ、トウロウと続いた。

「あ」

 がちゃん、と最後尾のトウロウが中に這入ったことで、支えるものを失った扉が閉まり、中が真っ暗になってしまったのだが――直後。

 下から順々に、せり上がって来るように明かりが灯った。

 見上げると、壁に直接取り付けられた透明の球体がぼんやりと淡い光を宿している。

「中にもう一つ空間があったりとかは…………なさそうだな」

 トウロウが、中心の柱を軽く叩きながらそんなことを呟いた。

 確かに、返ってくる音を聞く限り、中は詰まっていて空洞なんかはなさそうである。

「ふむ、まあ見た限り変なもの、気になるものもないし、取り敢えず進んでみようか」

 エンカが言って足を踏み出し、階段を降り始めると、三人もぞろぞろとその後に続く。

「……………………」

 がさがさがさ。

「トバク?」

 前方からの不意な雑音に声を掛けると、振り返ったエンカは『元気になるパン』に齧りついていた。

「お前、さっき――」

 食べたばかりじゃんか、と続けそうになった言葉をフラトは呑み込んだ。

「そういえば、さっきの魔剣を起動させたときに結構魔力使ったんだったか」

 トウロウが、起動すらせずに危険を感じて手放した魔剣。

 持った者の魔力を吸い取り、それぞれ個別に操作可能な九本の剣を具現化させた魔具らしきもの。

 吸い取られる魔力自体は強引に制御出来るとかなんとか言っていたが、消耗したことには変わりない。

 というか、普段あまり感情の起伏を見せないトウロウがあんなにも慌てて手を離した代物だ、吸われた魔力量だって相当な量だったに違いない。

「んあーえ」

 まあね、と適当な返事をしながらエンカはパンを噛み千切り、顔を前に戻した。

 狭い空間に四人の足音が反響する。

 こつこつこつこつ。

 ぐるぐるぐるぐる。

 こつこつこつこつこつこつこつこつ。

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

 降りれど降りれど景色は変わらず、ひたすらに狭苦しい螺旋階段をそれでもぐるぐる降り続けていく。

 そんな中、ふと、視線を上げたフラトがぼんやり思い付いたことを口に出す。

「この球体の中の明かりって、僕達の侵入を何かしらの方法で感知して、自動で点いたってことなんだよな」

「そうなりますね」

 返事はすぐ後ろ、ナナメから返ってきた。

 流石、こういった話に敏感な少女である。

「魔術、なんですかね?」

「んー、どうなんでしょう? 起きた現象を魔術として組み上げること自体は、理論上可能だと思います」

「理論上は、ですか」

「はい。自動感知から自動点灯まで作動させる魔術陣を組もうとすると、かなり複雑なものになり、起動させる難易度も高くなってしまう筈なので…………」

「明かりを点ける為だけにそんなものを組み上げる人は…………いなさそうですね」

「はい。少なくとも街中でそんなものを見掛けたことはありません。まあここが遺跡だから、と言ってしまえばそれまでなのですが」

「それを言ったら何でもになってしまいますしね……………………因みに、仮にこれが魔術の類だったとして、この遺跡周辺にトバクが結界の魔術を数日に渡って作動させたように、起動者が近くにいなくても、複雑な魔術を作動させたままにしておくこと自体は可能なんですよね?」

「可能です。複雑に構築された魔術陣は、その起動自体に緻密で精確な魔力コントロールを要求されますが、一度起動を成功させた魔術を同じ出力で継続させたいのなら、後は安定的に魔力を流し続ければいいので、トバクさんがそうしたように、何か魔力を溜める性質のあるものに自分の魔力を溜めて、そこから供給させればいいんです」

 逆に魔力の注入――魔術の出力に強弱が必要なものは、起動者の手を離れて作動させ続けるのがほぼ無理らしい。

 無理というか、結局魔力の注入が一定になってしまうので、狙った魔術が発動できなくなるのだとか。

「現実的ではなくとも、やってやれないことはないってところですか」

「まあ…………それはそうなのですが、ただ――」

「ただ?」

「トバクさんが使った結界の魔術は、起動継続期間が数日だったからこそ、魔鉱石からの魔力の供給が絶えなかったわけですが――いや、あんな複合魔術を、数日も起動させ続けられる魔力量を魔鉱石に溜められるトバクさんも凄いですし、それを受け入れられる魔鉱石もかなりのものなのですが、今それは置いておきまして――兎も角。ここのは、いつ人が来るかもわからないような状況で、いつ来てもいいように、最低でも『感知』を司る部分は作動させ続けていないといけないという話になります。恐らく何年、何十年という単位で。果たして、もうそんなものを魔術と呼んでいいやら私にはわからないですよ」

「ただ明かりを点けるだけの装置が、とんでもない規模の話になりそうだな」

 一番後ろからトウロウがぼそっとこぼすのに、

「ほんとですよ」

 ナナメが呆れたように同意した。

「そもそも電気なんて便利なものがあり、スイッチ一つで簡単に明かりが点けられるんですから、きっとこのシステムなんてこの先もずっと、『理論上は一応可能』くらいの仮説のままで、誰も手を付けずに放置されるでしょう」

「確かに」

 時間と労力を沢山掛けてまで解析し、研究して、更に効率を高めたいのかと訊かれたら、首を縦に振る人はきっと少ないだろう。

 配線を整備した方がずっと楽だ。

「まあ、この遺跡がサワスクナ山で見たあのドーム状の建造物の内部なんだとしたら、外から見た規模感と、実際に這入った中の規模感が圧倒的に違いましたので、この空間が魔術的、或いは別の術で隔離されていると仮定できます。そんな場所に、外から電気を引き込んでくるなんて出来ないでしょうし、こんな無茶苦茶な場所だからこそ、限定的に成立しているシステムだと考えることは出来るかもしれませんが」

 などと。

 明確な答えなんて出るわけでもない話をぽつぽつと挟みながら、四人はずんずん階段を下って行っているのだが。

「流石に長過ぎないか? 俺達どれだけ降りてきた?」

 一番後ろを歩いているトウロウからそんな言葉が放たれ、四人は一旦足を止めた。

 口に出さなかっただけで、誰もがそれは思っていたのだろう。

「流石に飽きたねー。景色も変わらんし詰まらん」

 エンカが口を尖らせて言う。

「いや、崩城が飽きたかどうかは知らねえけど、流石に次の仕掛けまでの導線だとするなら、この合間は冗長に過ぎると思うんだがね」

「難しそうに言っても頭良くは見えないから、もうちょっと表情筋鍛えた方がいいよ」

「やかましいなてめえ」

 鬱陶しそうに失礼なことを言うエンカにトウロウが声を荒げた。

「暇だからって俺にまで適当に噛み付いてくんな。頭良く見せようなんてしてねえし、そもそもそこまで難しくも言ってねえだろうが」

「で、つまり?」

「っ…………はあ。だから、俺達はもう、次の仕掛けの術中なんじゃねえかって話だよ」

「ほう」

「違うと思うか?」

「一理あり」

「ってなるとまた数字かな?」

 二人のやり取りを間に挟まれながら聞いていたフラトが、なんとはなしに、ぐるっと辺りを見回しながら呟くように言ったが、こんな狭苦しい場所で特別怪しいと目に付くようなものはなかった。

「数えられるとすると、この階段か、あとは…………明かりくらいでしょうか」

 フラトの呟きに反応して、ナナメは足下を見てから上を見上げ、言う。

「ただ階段を数えるのはきりがなさそうですし、明かりのある場所で区切る、とかですかね…………。えっとそこに明かりがあって、一、二、三……………………あー、一応、明かりの真下の段差を含まないと、挟まれる段差は十段ありますが…………んー、無理矢理『十』という数字にこじつけてる感も否めないですね」

 下手に仕掛けを解く鍵を知ってしまっている分、そっちに思考が寄ってしまうというかなんというか――ナナメは悩まし気に言った。

 まあそもそも、この先も『1』から『10』の数字を軸にした仕掛けになっているかどうかもわからないのだが、それでも、二つ続いた以上はこの先も――と思ってしまうのは止められない。

 これだけヒントらしいヒントも見当たらないとなると、尚更に。

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