第二十四話
「んーっ」
ぐーっ、とエンカが伸びをしながら立ち上がったのを契機に、他の三人も立ち上がり、フラトは亜空間収納を起動して、椅子にしていた丸太をしまった。
「さて、と――」
エンカも亜空間収納を起動して、中に自分の鞄を放り込む。
「あれ、ここまで背負ってきたのに、入れてしまって宜しいのですか?」
「まあねー」
ナナメからの問いにエンカは、少し思案気に頷いた。
「もう既に死に掛けるくらいの仕掛けがあったわけだしさ、これから先もっと険しくなる可能性は高いわけじゃん。いざ、何かあったときは身軽な方がいいと思ってねー。咄嗟に必要なものは一応身体に巻いたり、服に収納したりしてるから、あとは…………亜空間収納の起動が必要なときは、もう、それに伴う魔力消費は必要経費くらいに割り切ろうかなって」
「成程」
「ってことで、ホウツキもしまっちゃったら?」
「うん。今しまったとこ」
丸太を入れた後に、鞄の中身を引っ繰り返して靄の中にぶちまけ、最後に空になった鞄を放り込んだ。
別段戦闘時とか、急いでいるときに取り出したいものが入っていたわけではない。エンカ同様、フラトも咄嗟に必要なものは服に収納しているか、身体に巻き付けている。
鞄を背負っていると、局所的に背後からの攻撃を防げるかもしれないが、それを差し引いても身軽になった方がいいだろう。
なんなら、こんな遺跡で発動するトラップなのだから、鞄一つで防げるかも怪しい。
「タナさんとザラメはどうする? 希望するならその鞄、私の亜空間収納の中に入れておいてあげるけど」
「んー…………」
僅かに考え込んだナナメは、
「私は、やめておきます」
エンカからの提案を断った。
「トバクさんもホウツキさんも、ご自身で起動できるからいいですけれど、私はいちいち出してほしいと断りを入れないといけなくなってしまいますし、この先仮に分断されるようなことがあっては、流石に荷物無しは心細いので」
「ふむ、それもそうだね」
「はい」
「俺も、自分で持つわ」
「了解」
エンカは頷き、亜空間収納の起動を解除した。
「さて、そんじゃまずは――」
と歩き始めたエンカが、進んだ先で足を止めたのは――既に消えてしまった『円』のほぼ中心だった場所。
そこに一本――真っ黒な柄に真っ黒な刀身。細かな意匠の施された剣が転がっているのだ。
光の粒子となり、霧散した甲冑のいた場所に残されていた一振り。
剣に施された意匠は、どことなく甲冑にも施されていたものと重なって見えるような気もした。
「これに触った途端何か起きたりしたら嫌だから、休息を優先して後回しにしてたけど、さて、これって結局仕掛けを解いた報酬みたいなことでいいのかなあ」
「どこかしらから変な魔力が流れてきているような、或いはその逆も感じないので、急に何か起動したりするような罠の可能性は低いかと思いますが…………」
エンカの呟きに答えるようにナナメが言うと、
「魔力の流れがあるかどうかってわかるんですか?」
フラトが、ふとした疑問を口にした。
「あ、いえ、明確にわかるわけではないのですが、感覚というかなんというか。細かく意識を向けると、なんとなあく違和感があったりなかったりという程度のものではありますけれど」
「へえ」
自身の中にも魔力がある為に、僅かなりとも共鳴みたいなものがあるのだろうか。
そこら辺、フラトにはよくわからない感覚である。
「兎も角、なのでこの剣は罠とかじゃなく、あの甲冑を現界させる為の核のようなものなんじゃないでしょうか?」
「核、ですか?」
「甲冑の化物という現象を生み出す為の、魔具みたいなものかと」
「ほおー。だとしたら、もし魔力でこの剣が何かしら起動するとしたら、またあの甲冑が出現してしまうってことになるんですかね」
「いえ、それはないかと」
ふと、思い付きを口にしたフラトだったが、ナナメによって即座に否定された。
言葉を失うフラト。
多分本人に悪気はない、というか、目の前にある初めての『遺跡の報酬』に釘付けで、考察に没頭している為に、ちょっと辛辣な感じになってしまったのだろう。
「恐らくあんなものの現界には規格外も規格外の超高密度魔力が必要になると思います。まあ、そこはもしかしたらトバクさんが補えてしまうかもしれませんが、あの甲冑が床からせり上がってくる直前、円内に魔術陣のようなものが浮かんだのが見えましたよね? 恐らくあれも、甲冑の現界に必要な要素の一つなのでしょう。兎も角、この剣一本であれが出てくることはないのではないかと」
「だねー。円の内側を甲冑の起動範囲、稼働範囲に限定してたことも考えると、現出の際に円の中に浮かび上がった魔術陣っぽいのも、直接あの甲冑に関係しているだろうし、もっと言えば、あの術自体がこの遺跡そのものと深く結びついてる可能性も高そうだしね。あんなとんでもないのが、剣一本で易々と生み出せるなんて考える方が、都合が良過ぎるってもんでしょ」
同意するようにエンカが相槌を打ちながら言った。
「とは言えですよ――」
考察する真剣な雰囲気も一転、ナナメがぎらぎらした目を剣に落とす。
「その剣がとんでもない代物であることは間違いないと思います」
魔術オタクの血が滾っているらしい。抑えきれない好奇心が、表情とか仕草に漏れ出し始めている。
寧ろよく今まで、それっぽい真剣な顔で考察なんてしていられたと言うべきか。
「やっぱあの化物相手に一番活躍したのは、文句なく崩城だろうし、崩城がもらえばいいんじゃないか?」
これまで黙っていたトウロウが何の気なしにそう口にし、聞いていたフラトもナナメも、それに対して意見なんかないと頷いていたのだが、
「いや、私はいらないよ。これあるし」
エンカは首を横に振り、自分の持っている剣を軽く握ってそう言った。
「だから、ザラメでいいんじゃない?」
「え、俺!?」
「貢献って言うなら、それこそ私以外だってちゃんとしてたし、となると私以外で剣を使ってるのってタナさんかザラメだけど、タナさんって多分、剣での戦闘は本職じゃないっていうか、何かそんな感じだよね?」
「はい、そうですね。剣もザラメに習っておりますが正直、使えないより使えた方がいい、武器としての振り回し方を知っておいた方がいい、くらいのものですので、それこそ、遺跡で手に入れられるような剣を振るには値しないかと」
「ってことだから」
「いやいやいやいや――」
エンカが改めてトウロウの方へ顔を向けると、トウロウは渋るように、往生際悪くエンカの視線を躱すように、フラトの方を見るのだが、
「いや、今トバクが言ってたように、僕は剣を使いませんので」
この場で誰よりも相応しくない。
「……………………はあ」
「しかも貢献度で言えばザラメの方が上なのは明白だし」
「何もできなくてすみません」
フラトは顔を覆って膝を折ってしまった。
そんなフラトの背後に、苦笑しながらナナメが回ってきて、仕方なさそうに、仕様がなさそうに、この茶番に付き合って背中を擦ってくれたのだった。
フラトの中に、付き合わせてしまってちょっと申し訳ない気持が芽生えつつも、結構割とまじで『貢献できていない』のは気にしてるところでもあり、冗談とわかりつつもまあまあ堪えた一言だってので、背中を擦ってもらってちょっと癒されもしたのだった。
「ということだから、ほら――」
エンカは何事もなかったようにトウロウへ顔を向け、親指でくいくいと真っ黒な剣の方を指差した。
「わかったよ…………わかったわかった」
ぼやきながら剣に近づき、屈んで手に取るトウロウ――だったのだが。
「あ」
と呟いてすぐさま剣の柄から手を離し、その場から大きく跳ぶように後退した。
「どうしました!?」
ナナメが心配そうに声を掛けると、
「これ無理。俺には無理」
額に玉の汗を浮かべながら、トウロウは手を横にぶんぶん振って言った。
「それ、所謂魔剣の類だぜ。俺には無理。無理無理無理無理。掴んだ瞬間すげー勢いで魔力吸われそうになった。っていうかちょっと持ってかれたし」
「魔剣、ですか…………」
「俺にはその吸い出しに抵抗できるような魔術とかもないからな、ものの数秒で全部吸われて干からびるわ」
魔力が吸われるだけならまだしも、命まで吸われかねん、とトウロウ。
本気で命の危機を感じたのか、言われてみれば、トウロウの顔が蒼褪めているように見えなくもない。
「確かに、そういう類の――ある種『呪い』のような力を宿した魔具もあるとは、噂に聞いたことがありますが…………」
ナナメの瞳の奥の好奇心が一層強まったように見えたが、流石にそれだけの事を言われて自分で触る勇気はないらしく、ちょっとそわそわしていた。
しかしそれどころじゃないのが、流石にこのままナナメに背中を擦らせ続けているのも…………、とちょっと気まずくなって立ち上がったフラトの方である。
そうするつもりはなかったとはいえ、もしフラトが下手に触っていたら、最悪、魔力のない彼は直で命を吸われて死んでいたのではないだろうか、と。
まあ、逆に何も起こらないという可能性もないでもないが、流石にそんなものを試す気にはならない。
今後も怪しそうな物に触れるときは気を付けねばなるまい。
「けどそうなると、持ち出すのはトバクさん以外にないってことになりますね」
「えー」
「いや、えーじゃないですよトバクさん。言っておきますが、折角の報酬なんですからここに放置しっぱなしにするなんて、絶対に論外ですからね」
「でもなー、やだなー、魔力吸うんでしょー」
ぐちぐちぼやきながらも、エンカは仕方なさそうに真っ黒な剣に近付き、屈み、掴み上げた。
「うわ、気持ち悪っ」
眉間に深い皺を作って顔をしかめながらも、エンカは剣から手を離さず、
「で、これ何、吸うだけ吸ってもしかして何もないの? 渡し損?」
手元の剣を見下ろしながらぼやいた直後――。
エンカの背後がぼんやりと歪み、その歪みはすぐに形を取って、九本の剣となった。
「凄い!」
ナナメが感嘆の声を上げる。
「成程ねー。そこら辺はあの甲冑をモチーフにしてはいるんだ」
振り返って九本の剣を確認したエンカは、そのまま自身が持っていた剣を頭上高く放り投げた。
同時に、背後に出現していた九本の剣は霧散して消失。
くるくると宙を舞った剣は、エンカがすぐさま起動した亜空間収納の黒い靄の中に、吸い込まれるように落下して消えた。
「あれは私も無理かも」
「トバクさんにも無理なほどに、魔力を持っていかれてしまいましたか?」
「いやある程度強引に吸い出しには抵抗できるし、その要領で、ある程度注ぐ魔力量は調節できる。起動を続ける魔力自体は割とどうにかなりそうだったかな」
「では、何が問題でしたか?」
「私の背後に九本の剣あったでしょ?」
「はい」
「あれ、起動中はそれぞれ別個に、私の意思で動かせるみたいなんだよね」
「え、それ凄いじゃないですか」
「そう。凄い剣だと私も思う。思うけど、使い物にはならないかな。自分が動かずに剣の操作に専念するんだとしても、九本の剣を同時に動かすなんて、誰だろうと、普通の人間にはまず処理が追いつかないでしょ」
「な、成程…………確かに仰る通りですね」
「動かすだけならまだしも、それを戦闘で使い物になるくらい複雑に動かすのはちょっと無理かな」
「じゃあある程度絞って、操作する剣を少なくしたり、或いは挙動をある程度リンクさせるのは、どうですか?」
「それ意味あると思う?」
「…………」
「複数のものを各個で動かせる利点って、同時多面、多点、多角攻撃ができることでしょ。であれば同じ挙動はさせず、尚且つ攻撃のタイミングもずらしてこそ意味を持つものであって、それをしないなら、私が単騎で突っ込んでいるのとあまり変わらないんじゃない?」
「…………かも、しれませんね」
それくらいなら単騎で賄えてしまえるということが、おかしいと言えばおかしいのだが。
甲冑との戦闘を目の当たりにした今となっては、そんな突っ込みもできない。
「別に、背後の剣をただ真っ直ぐに射出するだけならまあ、戦闘中なら出来ないこともないけど、果たしてそんなことに意味があるのか、馬鹿みたいに魔力を消費してまでやることなのか、そういった戦術が必要なんだとしても、あの剣を使わずとももっとコストを抑える代案がありそうな気もするし――まあ今のところはこのままお蔵入りかな」
「うぅぅぅぅぅぅ、でも……………………ぅう、仕方ありませんね」
残念そうなナナメだった。
「んじゃ、今度こそ――次に進もうか」
そう言ってエンカは更に奥へと視線を向けた。
次――そう、次である。
甲冑が消えてしばらく――この空間に出現した物は、剣の他にもう一つあった。
古ぼけた外観の円柱。
高さにして四、五メートル。建物二階分くらい、或いはそれにちょっと満たないくらいだろうか。
直径も五メートル程。
甲冑消失後に間もなくして、床から生えるようにせり上がってきたのだ。
「やっぱりあの扉が次に繋がっていると考えるべきですよね」
円柱に備え付けられたたった一つの扉。
四人は真っ直ぐにその扉に近付き、さてどうしたものか、という空気が流れそうになったものの、エンカが気にせず取っ手に手を掛けたことでそんな空気は霧散したし、そのままエンカは何の躊躇もなく、かちゃり、と扉を引き開けた。
「っ…………」
一応、エンカが取っ手に手を掛けた時点で、他の三人は警戒態勢に入っていたのだが――罠などの類はないらしい。
「うわー」
扉の先に顔だけを突っ込んだエンカの声が反響する。
ぞろぞろと後ろから中を覗いてみると――円柱の中は上下に続く螺旋階段となっていた。
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