第三話

「ノハナの町かあ」

 塀に四角く囲われた町の、門の正面から伸びる目抜き通りを歩きながら、フラトは左右をきょろきょろと見回す。

 飲食店や宿、販売店などが割とびっしり、目に付きやすいように並んでいて、想像していたより人の姿も多く、賑わっている。

 屋台の周りには、買ってすぐにその場で出来たてを口いっぱいに頬張って、幸せそうな表情を見せている者も多い。

 そんな風に、目抜き通りには――明らかに武装をして物々しい格好を隠そうともしていない人達と、それとは正反対に普段着のような軽装姿の人達で、ざっと二通りに分かれているように見えた。

 訪れた者達と、暮らす者達。

 隠すことなく、寧ろ堂々と武器を携行しているのに少し驚いたが、『すぐにでも戦える人がいる』というのが視覚的にわかって、寧ろ住人は安心するのかもしれない。有事の際に武器を取りに戻らなければ戦えない、なんてのもおかしな話だし。

 そのまま目抜き通りを半程まで歩くと、空間が円形に開け、真ん中に噴水が設置された広場のようになっていた。

 ちょっとした休憩所として機能しているようで、噴水を囲うように設置されたベンチの一つにフラトも腰掛け、

「ふぅ…………」

 と一息、吐き出した。

 あちこちを物珍し気に見回しながらも、フラトは慎重に辺りの気配を探っていたが、後をつけられていたり、監視されているような視線は感じられず、ほっと安心した。

 門前での綱渡りのような登録の流れを思い返すと、それを乗り越えられたというのは矢張り、安堵に胸を撫で下ろさずにはいられなかった。

 なにせ魔力を持っていないフラトだけでは――町に這入れなかったのだから。

 魔力を持っていない人間というのがいったいどういう扱いを受けるのかはわからないが、エンカの話からこの世界では魔力をもっていて当たり前という認識のようだし、面倒臭い事態に巻き込まれる可能性はかなり高い。

 しかしだからって「じゃあやっぱりいいです」なんて言って引き返すのはあまりに怪し過ぎるだろうし、引くに引けない危うい状況だった。

 なんとか切り抜けられたのは、頭の上に我が物顔で居座っている蜘蛛――魔蟲『撚蜘蛛』が機転を利かせ――いや『蜘蛛が機転を利かせる』なんて物言いもへんてこな話なわけだが――フラトの動きに合わせてカードに魔力を送ってくれたからこそ、身分証の発行がスムーズに済んだ。

 エンカと別れてからこの町までの道程で、どうすれば亜空間収納の魔具を蜘蛛ではなくフラトが起動しているように自然に見せかけることができるのか、まあそもそも指輪に繋げられた蜘蛛の糸はよくよく目を凝らさなければそうとわからないほどに極細で、しかもその糸を通じて蜘蛛が魔具を起動しているなんて誰も思わないのだろうけれど、だから、見せかけるというより、万が一にも指輪に繋がった蜘蛛の糸を切ってしまったり、どこかに引っ掻けてしまったりしない為の細工――小細工として、糸が接続された指輪を自分の後頭部から首筋に沿って服の内側に入れ、そのまま腕に沿わせて袖から出し、指に装着した。

 いくら常識外れの蜘蛛とは言え流石に喋れはしないので、フラトは想像するしかないが、恐らく、カードに手を翳した瞬間に、蜘蛛が糸の接続先を指輪からカードへ変更し、魔力を流してくれたのだろう。

 門番の男とは、軽口を言い合っているように見せ、その実、上手くいくかどうかわからない博打に気が気ではなかった。

「…………」

 しばらくベンチに腰掛けたままぼうっとしていたが、その間も見張るような視線は感じられず、時折、フラトの頭上にいる蜘蛛に気が付いた人が不思議そうな視線を送ってきただけで、騒ぎ立てられたりはしなかった。

 フラトの服装――少しだぶついた簡素な上下の服というのは、師匠と山に住んでいたときのままだが、こう見ると、この町に住んでいる住人の人達と並んでも違和感はない。

 強いて言えば、黒髪の中にまばらに白髪が混じっているフラトの髪の方が珍しいかもしれないが(単純に黒髪は町の中にも沢山いた)、そこに注目するくらいなら蜘蛛の方が気になるだろう。

 多分、白髪が混じっているのは、十年ほど前に山で尖狼に追い回された、死に掛けるようなストレスに晒されたせいだろうし。

「よし」

 ベンチから立ち上がり、再び歩き出す。

 目抜き通りを更に奥へ、奥へと進んでいくとおよそ二十分程で出入口の門とは反対側に辿り着いた。正面の門から噴水までもおよそ二十分――ちょうどあそこが中間地点となり、端から端まで四十分程の計算になる。

「行き止まり…………かな」

 ぱっと見、近くに扉などは見当たらないが――最近再建された町の安全面、避難経路的な面を考えると、この町の出入口が正面の一つだけというのは考えづらいので、恐らくどこかには通路が伸びていそうだが、地下だろうか。

 フラトは踵を返して噴水広場まで戻り、そこから更に左右に続く道も行き止まりまでおよそ十五分ほど進んでみたが、行き着いた先でどちらにも扉や門らしきものは見当たらなかった。

 その後も、まあ折角だし、ということでフラトは色々脇道に這入ってぐるぐる辺りを散策し、町の中を見て回った。

 目抜き通り以外は、ここで暮らす住民の為の空間で、民家は勿論、畑や公園などもいくつか。飲食店もあったが目抜き通りとは違い、目を引くような派手派手しさはなく落ち着いた雰囲気だった。

 豚や鶏などの家畜を育てている家もあったが、あれらも魔獣の一種――という扱いになるのだろうが、果たして、どんな能力を持っているのだろうか。

 ちょっと気になる。

「ふぃー……………………疲れた」

 最初は少し辺りを散策してみるだけ、と思って歩き始めたが、いざ始めてみると何となく隅々まで見ないと気が済まなくなってしまい、気が付けば日が傾き始め、見終わる頃には朱かった空も昏くなり始めていた。

 流石に足に疲労も感じる。

 そろそろどこかで食事を摂ってから宿を取って今日は休むかな、と目抜き通りに向けて踏み出そうとして、はたと、フラトは足を止めた。

「……………………あー」

 気付いてしまった。

 自分が――無一文であるということに。

 ようやく、今頃になって。

 呑気に散策などしている場合ではなかった。

「取り敢えず今日のところは、野宿かなー」

 目抜き通りへ向かおうとしていた足を、散策のときに見つけた公園に向ける。

 食糧に関しては、まだエンカにもらった『元気になるパン』が亜空間収納の中に残っているから緊急事態ということはない。

 この町までの道中でも、もらったパンを亜空間収納から取り出して食べていたが、一番最近に食べたものでも傷みや変な臭いもしなかったどころか、中に使われている野菜がしゃきしゃきで瑞々しいままだったことを考えると、時間経過がひどく遅いというのも本当のことなのだろう。配分さえ間違えなければまだ十数日は問題ない。

 この食糧が尽きるまでに、どうにかお金を得る手段を探らなければなるまい…………しかも、旅は旅として続けながら。

 そんなことを考えつつ、フラトは到着した公園のベンチに鞄を下ろし、腰を落ち着けた。

「まだ過ごしやすい気候なのが救いか」

 周囲に人気がないことを確認してから右掌を胸の前に翳すと、黒い靄が発生。

 スムーズに亜空間収納の魔具が起動され、中に手を突っ込んで『元気になるパン』を取り出したところで、靄が霧散して魔具の起動が勝手に解除された。

 パンの具材が見えるように広げて持ち上げてやると、蜘蛛は器用に肉だけをいくつかかっさらって近くの木へ飛び移り、するすると昇っていく。こうしてやらないと、わざわざ奪いに来て手とか服がソースでべちゃべちゃにされるので、素直に最初から渡して、無用な争いは避ける方がいいということを、これもまたこの町までの道中で学んだのだった。

 その小さな身体の一体どこに入るんだと不思議になるほど肉を持っていかれるが、それでも、ちゃんとフラトも満足できるだけの肉は残るので、詰め込み過ぎなくらい詰め込んでくれたエンカには感謝である。

「いただきます」

 言ってかぶりつく。

 濃厚なソースの味わい、噛むたびに溢れる肉汁と野菜の瑞々しい触感を余すところなく味わい、咀嚼して飲み込む。

 黙々とそれを繰り返し、

「ごちそうさま」

 言いながら包みを丸めて鞄の中へ。

 入れ替わりで水筒を取り出して喉を潤す。空になった水筒には、公園内の水道から水を足しておいた。

 因みに亜空間収納に直接液体を注いでみたら、靄を貫通して地面にこぼれたので、容器に入れたりしないと収納はできないらしい。

 まさか蛇口ひと捻りで水が出てくる水道が、家の中でなくこんな公園にまで整備されていることに驚きつつ、これってお金取られないよなあ、とちょっとびくびくしながら警告の看板がないかをきょろきょろ探してしまったフラトだった。

 ベンチの背もたれに深く体重を預けて、胃の中が少し落ち着くのを待つ。

「…………」

 満腹感と疲労のせいもあり、自然と瞼が落ちそうになってきて、野宿しかないと決心した今となってはこのまま眠ってしまいたい欲求に強く駆られたが、まだ一つ懸念事項があった。

 先程水を頂いた水道もそうだが、見る限りこの公園は――というかこの町にある公園はどこも、定期的にちゃんと清掃され、綺麗に保たれているようで、果たしてそんな場所で野宿とかしてもいいのだろうか、と。

 最悪罰金などと言われてしまったら今のフラトには目も当てられない。

 払える金がなければ、折角もらった、大事にすると決めたばかりの亜空間収納の魔具は取り上げられてしまうかもしれないし、ちょっと変わった撚蜘蛛の処置も気になる。まあ蜘蛛は勝手に逃げる気もするが、フラト自身は魔力を持っていないことがバレでもしたら、どんな扱いを受けることやら。

 いざとなれば力尽くでも逃走する腹積もりだが、それ以前に、不審に思われるような行動を取るなという話なのだ。

 となれば、蜘蛛のように近くの木にでも登って見つからないようにそこで眠るか。

 それもまあできなくもないし、じゃあそうするか、とベンチから立ち上がったフラトの視界に、

「お?」

 遠目、暗い中――公園の出入口の前を通る人影がちらりと見えた。

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