第二十二話
「まー取り敢えず、受け取ってよそれ。一応謝罪の気持ちもあるからさ」
「謝罪も? それこそ意味わからんが」
「そんなことはない。抱き着いたときだって、ホウツキの行動に裏があるんじゃないかって疑念があったし、今ホウツキにあげた亜空間収納魔具の中に放り入れたご飯の存在だって私は黙ってた。ホウツキが遺跡を見つけたときに裏切った場合、最低限自分の分だけの食糧を持ってないといけないと思ってさ」
「まあ…………」
と、フラトは口を開いてから少し間を開けて考えて、そして言う。
「そういうのはさ、いいと思うよ別に。謝罪、なんて必要ない思う。そういう行為が必要で、当たり前に考えなくちゃいけないくらい、遺跡ってやつの価値が高いってことだろうし、きっとトバクのその強さを利用しようって考える人も、少なくはないんだろ」
何しろ、数少ない『華の位』だったっけ、と思い出す。
まあそんな序列を知らなかったところで彼女の強さが割と化物のそれなことには違いないのだが、ただ、この世界の共通基準になりそうな『序列』の中でも飛び抜けているということは、彼女の強さには利用価値も付随するということだ。
それでいてフラトと一つしか年齢が違わない、まだ少女なのだから、たったそれだけのことで丸め込めると考える良くない連中がいたとしてもおかしくはない。
そういう脅威から身を守る為に警戒をするのは当たり前だとフラトは思う。
「というか、僕がこの世界に関して記憶がないとか、普通は持ってるはずの魔力を持ってなくて魔術が使えないとか、わけわかんない状況にあるせいで余計にトバクの警戒心を煽った結果になっただろうし」
それにそもそも、とフラトは続ける。
「僕のせいでトバクの逃走を邪魔してしまったっていうのが始まりなんだしさ。謝罪っていうなら僕の方こそって気分だよ」
そんなフラトの言葉を聞いてエンカは、呆れたような、仕方なさそうな苦笑いを浮かべる。
「そういうところが気に入ったって言ってるんだよ、私は。だから、ホウツキの腕を一本、二本へし折ることになったとしても、絶対にそれは受け取ってもらうから」
「気に入ったって感情の示し方がイカれてるとしか思えない」
でも――まあ。
「わかったよ。降参降参」
とフラトは両手を上げる。
「どっちにしろこの蜘蛛が魔具を起動しちゃったわけだし、ありがたくもらうよ。ちゃんと大事にします」
「よろしい。因みに言うと、この魔具、魔力消費量は結構えぐいから日に何度も起動すると魔力枯渇して蜘蛛ちゃんがぶっ倒れたり、最悪死ぬ可能性もあるからそこはまじで気を付けてね」
「肝に銘じます」
しかし、蜘蛛と意思疎通が取れない以上は『倒れる手前』などではなく、少しでも弱るような素振りを見せたらすぐに使用は止めた方がいいだろう。
まあ出来ればほぼ使用はせず、弱らせもしないようにしたいところだが。
「んじゃあ、はい」
とフラトはまだ起動しっぱなしになっている目の前の靄――亜空間収納を指差して、視線をエンカに向ける。
「何?」
「何、じゃなくてさっき投げ入れた『元気になるパン』とかいうの、トバクのだろ」
「それあげたんだよ。もらっちゃった干し肉のお礼。私が持ってた半分」
「あの量で半分なのか」
しかも亜空間収納の中に手を突っ込んだとき、一つの名称しか浮かんでこなかったから全て同じ物なのだろう。
「そんなに美味しいのか、この元気になるパンって」
「そりゃあ美味しいに決まってるでしょ。新鮮な野菜にたっぷりの肉をこれでもかってくらいに挟んで、研究に研究を重ねた特製のソースを入れまくった、私特製のパンなんだから。まじで、一個でめちゃめちゃ腹いっぱいになるし元気湧いてくっから」
しかも手作りらしい。
形がまばらなのに一つの名称しか浮かばなかった理由に納得した。
「あと、一応忠告だけど、魔獣や魔蟲は基本的に人にとっての脅威って認識が一般的だからそこは忘れないように。まあ、飼い慣らしてる人もいるから目撃されてすぐに問答無用で討伐なんてことにはならないだろうけど、自分の傍からは離さないようにしておいたほうがいいかもね」
「了解」
とは言え、頭上の蜘蛛が大人しく言うことを聞いてくれるようなたまには思えないのだが。
「あと、その亜空間収納魔具も人前ではほいほい起動させない方がいいかな」
「それはわかってる」
勿論、とフラトは頷く。
あれだけ希少性を聞かされたら怖くてそんなことはできない。
「もしかしてトバクが鞄を持ってるのも、下手に亜空間収納魔具を起動しなくてもいいように?」
「いや? 自分で荷物を持って歩き回ってる方がちゃんと旅をしてるって感じがあって好きなだけ」
「さいですか」
モノ好きの方だった。
しかもそのせいでエンカの寝袋が濡れて、結果的にフラトと同じ寝袋を使わなきゃならなくなったのだから、なんというか、まあ、感謝しなくもない。
「あと、それ、消せる?」
エンカが心配そうにフラトに尋ねる。
それ、とは未だにフラトの前に展開し続けている亜空間収納のことだろう。
フラトは自分の頭上に向けて、
「消せるか?」
と問うと、あっさり靄は消えて、指輪に繋がった糸が操作され、フラトの右手人差し指に嵌められた。
糸が巻き取られる際、何度か顔にぶつけられたが。
「おー、ほんとにコミュニケーション取れてるの凄いね。言葉わかってるみたいじゃん」
「もうこれ、わかってるみたいっていうか、理解しちゃってるっぽいよな。魔蟲にしろ、魔獣にしろ、そういうものなのか?」
「…………どうだろ」
エンカが苦い顔で首を傾げる。
「流石に通常の個体が人間の言語を理解しているなんて話は聞いたことがないけど、特殊個体となると別なのかも」
「言葉がわかる?」
「かどうかはわからないけど、何かしらの手段でもって簡単な意思を感じ取っているかもしれない。もしくはそれがその蜘蛛ちゃんの能力、とか?」
「別の種族の意思がわかるようになる、みたいな? でも現状僕が蜘蛛の意思を特別感じ取れてるわけじゃないから、そうだったんだとしてもそんな受信専用の能力、いるか?」
「さあ」
「そんなものより、攻撃か、あるいは逃走にもっと極端に振った能力の方が使い勝手がいいような気もするけど…………まあ、魔具をもらった今となってはわからないよりわかってくれる方が何かと便利だからいいんだけどさ」
これで全く無駄な嫌がらせがなければもっと喜べるものを。
「魔具を使える魔蟲なんてホウツキの頭にいるその蜘蛛ちゃんが、冗談とかではなくこの世界で初めてかもしれないから、出来る限りそれも隠した方がいいかもね。ばれたらその蜘蛛ちゃん、まず間違いなく面倒臭いことに巻き込まれるだろうし、ホウツキだって無事じゃいられないかもしれないからさ」
「うげえ。成り行きとは言え、変なもの抱え込んだな」
だからって一度受け入れたのだから、フラトの方から離そうなどとは思わないけれど。
「ホウツキなら多少の修羅場くらいどうにでも乗り越えられるでしょ」
「そんな風に言ってもらえるようなことした覚えはないけど」
確かエンカの前でまともな戦闘なんて一度もしていない。
不意に特殊個体の尖狼を蹴り飛ばしたくらいのものだ。
「師匠さんとの鍛錬の話を聞くと普通じゃないのは何となくわかるし、こうして向き合ってるとそういうの、なんとなく直感で感じたりもするしね」
「ふうん」
そういう感覚もわからなくはないな、と曖昧に納得しておいた。
「さて」
言いたいことは言い終えたとばかりにエンカが地面に置いた鞄を拾い上げ、背負う。
フラトも同じよう自分の鞄を持ち上げて背負った。
エンカが歩き出し、フラトもそれに続く。
山道の出口――道は左右に別れ、それぞれ先へと伸びている。
立ち止まったエンカがフラトの方へ振り返る。
「私はこっから左。二日くらい進めば王都に着くからね。そこで寝床にしてる宿もあるし、色々と所属してる組合に報告しておかなきゃいけないこともあるから。もし、まだ何かしら情報収集したいとかだったら、かなり大きな街だからおすすめかな」
「王都かぁ」
王都、なんて呼ばれるような大きな街ならそれだけ沢山の情報が手に入るだろう。
「右周りでこの山に沿って歩いていくと、そこは二日も掛からないかな…………王都とは比にならないくらい小さいけど、町が一つあるよ」
「そこって、もしかしてさっきの尖狼達が襲いに行くんじゃないかってトバクが危惧してた?」
「そ。あれから山道がそこまで曲がったような感じはなかったから、あの尖狼達も正確には場所を把握できてなかったのか、それともなんのあてもなしに取り敢えず山を降りようとしてたのか、兎に角、そっちの町に行くにも時間は掛かる。一度魔獣に襲われて壊滅寸前までいったことがあるんだけど、王都の介入を得て再建されてね、今となっては元々の町より発展を遂げて、ちょっとした名産地になってるから行ってみたら面白いかもね」
因みに、とエンカが続ける。
「魔獣に襲われたのって、大体十年前くらいのことらしいよ」
「十年前…………。それって」
「そう。もしかしたらもしかするかもね。どうする? 王都に行くならそこまで一緒に行って案内することもできるけど」
「ふむ」
と少しフラトは考える。
どちらに行くにしても同じくらいの距離。ただ、王都側ならまだエンカと同行できて安心できるというのはあるだろう。
けれど。
だからこそ。
「王都も魅力的だけど、僕はそっちの小さな町の方に行ってみようかな」
「やっぱり小さい頃とは言え、記憶がないのは気になる?」
「ん? ああいや、それは別にそこまで」
あっけなく、フラトはそう言って首を振った。
「失った記憶に未練とかないのも、思い出せないなら思い出せないでいいと思ってることも変わりはしないけどさ」
そう言えるだけこの十年間の記憶が鮮烈だったということでもある。
良いことも、悪いことも、辛いことも、苦しいことも、ちょっと嬉しかったりしたことも。
自分を形作って、軸となってるのが――今日までの約十年間。
だから失った記憶がどうであれ、自分に大きな影響を与えるものでもなし、思い出そうが思い出すまいがどちらでもいいと、本心から思っている。
「けどまあ、そこまで聞いちゃってわざわざ行かないのもおかしいかなって思って。ここで行かなくても、何となくこの先気にはなるだろうし、土産話の一つにでもなりそうだから」
「成程ね。了解。んじゃあここでお別れだね」
言ってエンカが、ほい、と右手を上げる。
それを見てフラトも右手を上げる。
そして。
ぱちん、と少しだけ力強く、それ以上に心地良く。
ハイタッチ。
「おつー」
「かれー」
互いに言って、二人はそれぞれ背を向けて歩き出した。
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