第十八話
山道。
獣道なんかではなく、ちゃんと人が通れる道。
左右に伸びるその道を見渡しながらフラトが口を開く。
「……………………なあ、トバク」
「ん?」
「僕らが出会った場所もそうだったけどさ、この山――封鎖地域、なんて言われてる割にはちゃんと道があるよな」
流石に荒れてはいるが、それでも、道は道だ。
一度は人が通れるようにと整備された道。
それこそあの巨猪が優に通れてしまうくらいの幅がある。馬車なら二台くらいは並べるだろう。
「それは…………確かにそうだねー。全然気にしてなかったけど、こうして開けた道があるからこそ、上空から位置を確認できたとも言えるわけだし」
「こうして道があるってことは、やっぱり人が行き交っていた時期があったってことだよな」
「山を隔てた向こう側に用があるなら、迂回するより直進だもんね。かかる時間が全然違う」
「とある場所の魔素濃度がそんな急激に増えたりすることってあったりするもんなのか?」
「いやー、私はそんな話聞いたことがないかな。っても私はそういうのを詳しく調べたりしたことはないから、実際に事例があるかどうかは知らないけれど」
「そっか」
フラトは曖昧に相槌を打った。
いかにエンカが知らないとはいえ――仮にも魔獣を対策する機関に身を置き、そこでの実質最上位の序列を与えられているエンカが、話を聞いたこともないとすれば。
そういう現象は少なくとも一般的ではないと思った方がいい。
旅をしていけば、そういう歴史に触れる機会もあるだろうか。
「なにはともあれこうして道に出てこれて、道があるということはこの両端は山の麓に繋がってるということ。まだまだ気は抜けないけど、少しは気持ちが楽になったよね」
「歩くのも楽になるしな」
体力の消費が全然違うだろう。
「私達が湖に落下してから一日くらいは経ったし、その間にあのデカ猪が暴れ回ったりした音とか振動もない。そろそろ他の魔獣が様子見に動いたりするかもしれないから、一応周辺の警戒は怠らないようにね」
「了解」
返事はするが、魔力を持ったがために魔獣として獲得したという能力を使われた場合、対処できるかどうかはわからない。
道に出られたからといって緊張感は抜けない。
「因みにこの道って、トバクは知ってる道?」
「いや、知らん。さっき跳び上がったときに確認できたから取り敢えずここまで来ただけ」
「じゃあ、この道どっちにいけば…………」
エンカの顔を見ると、エンカはその顔を左右に振った。真顔で。
「仮にこの道が、一方から反対側のもう一方へ行くための、迂回せずに直進する為に作られた道なんだとしたら、途中でトンネルでも掘ってなきゃ、どちらかは頂上、どちらかは麓に続く道になるわけだけど」
「最終的にはどっちも麓に行き着くじゃん」
「片方は頂上を経由してな」
「辿り着くならいいじゃん。気楽に行こうぜ」
言ってエンカはフラトの肩に右手を乗せ、左手でサムズアップした。
「お前がここを危険な封鎖地域だって教えてくれたんだけど」
「危険は冒険に必要なスパイスです」
「いりません」
「避けられません。もう混ざってるので」
「…………くそぅ」
「さ、んじゃホウツキどっち行きたい?」
「僕に責任を負わせる気か」
「いやいや、私は別にどっちでもいいからさ。頂上経由でもどんとこい」
「やだやだ」
と駄々をこねたところでどちらがどちらに繋がる道なのかわかるわけではない。
坂道になっているなら、昇るよりも下る道を選んだ方が麓へ続く最短の道の可能性は高いかもしれなかったが、生憎と二人が今立つ道は平坦だった。
「はぁ……………………んじゃあ、こっちに行こうか」
「おっしゃー」
フラトが右の道を選ぶと、エンカが意気揚々と歩き出したので、付いていく。
やはり、繁みの中を歩くよりよっぽど楽に進める。
ペースを上げようとしているわけじゃないのに、ぐんぐん進むし、全然疲れない。
まあ、これなら多少時間を食って頂上経由になったとしても、別にいいかなと、少し思えた。
きっと一人だったらそこまで楽観的には考えられなかっただろうが。
などと、ちょっと周りの風景も楽しむくらいの余裕が出てきた頃だった。
不意にエンカが足を止め、フラトの方にも停止するよう手を伸ばしてきた。
眉をひそめて左側の繁み、その更に奥を睨みつけるように見ている。
「どうした?」
「これは……………………ホウツキ、悪いんだけど、ちょっと付いて来てくれないかな」
尋ねるような訊き方ではあったが、フラトが返事をする前、なんなら訊きながらも既にエンカは茂みの中に飛び込んでいた。
「いや、それもう、付いて行くしかないじゃん」
待ってくれていても答えは決まっていたが、置いていかれるとちょっと焦る。
上空探索の際に跳び上がったあの跳力――あれを駆使して繁みの中を進まれたら見失いかねない。
「お、やっぱ速いね。普通に追いついてくるじゃん」
「速度落としてくれてた癖に何言ってんだよ」
木々の間を縫いながら二つの人影が物凄い速度で駆け抜けていく。
「そんなに落としてないんだけどね。ホウツキの使う『気』ってのもやっぱ凄いよ」
「それはどうも」
そんな会話をしながらも二人は、木の幹を蹴って枝に手を掛け、遠心力で回るようにしながら別の枝に飛び移り、更に横に張り出した枝から枝へ。
身軽に跳びながら、ほとんど音を立てずに進んでいく。
「っ」
エンカが軽やかに着地した枝の上で停止。
咄嗟に止まれずに行き過ぎたフラトは方向転換してエンカの隣に着地した。
止まるなら止まる合図くらいは欲しいものである。
避難がましく目を細めるフラトに対し、エンカは何も言わず静かにある一点を指差した。
「? …………あれって」
暗い灰色の体毛を持つ狼の群れ。
群れ、と言っても五匹程度だが、その全てがフラトの倍くらいの体格を有している。
「尖狼」
端的にエンカがその魔獣の名を口にする。
ああ、確かにあんな姿をしていたな、とフラトは思い返す。
山の中で幼かった自分を追い回した狼。
固まった五匹の丁度真ん中辺りにひと際体格の大きなのがいるが、単純に考えればあれがボスということだろう。
「ちょっと、まずいかもね」
尖狼達の方を注視しながらエンカがぼそりと呟く。
「うん」
果たして『まずい』という感覚がエンカと同じものなのかはわからないが、フラトはフラトで嫌な感覚を抱いていた。
二匹ほど、遠目から見てもそわそわと落ち着きないのがいる。
流石にボスは落ち着いているようだが、ぴりついた雰囲気を纏っている。
一触即発とでも言おうか。
「どこかに、何かをしに、これから動き出す、みたいな感じかな」
落ち着きないのからは残虐な雰囲気が漏れ出ている。
殺気立っているというかなんというか。
「このサワスクナ山の麓の近くには、町が一つだけあるんだよね」
「あいつらが進もうとしてる方向がその町だってこと?」
「わかんないけど、今の状況を考えるとさ――」
巨猪が暴れ回ったことで山から生き物の気配が消えている。
フラトはたまたま猪を一頭狩ることが出来たが、この山で生活している肉食の魔獣全てがそんな幸運にありつけるわけではない。
殺気立っているのは空腹故か。
そしてどうしても山で取れそうにないのなら、別の取れるところから取ってくるしかなくなる。
「まあその町も外から魔獣の襲撃に備えてかなりしっかりと警備やら守りは固めてるから滅多なことは起きないはずだけど…………」
「でも、魔獣の方だってどうせ飢えて死ぬくらいならって、命懸けて襲撃するかもしれないしな」
形振り構わない突撃程怖いものはない。
「ってことで、町を襲撃する可能性が考えられる以上、組合員として見ない振りはできないんだよねー。悪いんだけどさ、ちょっと付き合ってもらっていいかな」
再度問われる。
今度はしっかりとフラトの目を見ながらその場でエンカは返事を待っている。
だから。
「勿論」
二つ返事で答えた。
断るくらいならここまで付いてきていない。
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