ソー・ロング・タイム
@suica99
第1話
「やりぃ! また運動会だ!」
「はやく起きようよ、るりちゃん!」ベッドごと揺さぶられて、徐々にカメラのピントが合うように意識の輪郭がハッキリとしてきた。
戻ったのか。
なにもこんな日でなくてもいいのに。
陽太の手前、るりはそう思っただけで声には出さない。
「今日はかけっこ勝てそう!」陽太が狭い室内を駆け回る。二位に終わったのがよっぽど悔しかったらしい。
「おはよう、陽太。調子よさそうですねえ」掛け布団に潜りこみながら
「起きて準備しないと間に合わないよ!」陽太は容赦なく、布団をはぎ取った。
「わかったよ、わかった」るりはようやく、よろよろとベッドから這い出た。「今日も運動会に参りましょうか」
「陽太、約束、覚えてる? 誰にも言っちゃダメだよ」玄関を開ける前に念押しをする。
「おっけー。モチロン」
軽い口調に不安が走る。
「ホントに。ゼッタイだよ?」るりはしゃがみ込み、帽子の奥の小さな目を覗き込む。
「う、うん」浮かれた様子から引き戻されて、陽太が
陽太は姉によく似ている。子どもらしい活発さと子どもに似合わない理性を持ち合わせている。そういうところが姉にそっくりで時々イヤになる。
「がんばれー!」スタートラインで構える陽太に声をかける。スマートフォンで動画撮影しながらの応援はなかなか大変だ。二度も同じテンションでこれをやるのはけっこうきつい。声のボリュームが落ちているような気もする。
これまでの競技結果は一度目とほとんど変わらず、陽太の所属する赤チームは劣勢だ。個人戦のかけっこは勝敗に関係ないのだが、幼稚園児には関係ないらしい。
ピッ!
スタートの笛を合図に陽太のグループが走り出した。
最初こそ善戦していたが、成長の早い男の子に引き離されてしまう。結局、陽太は二位でフィニッシュを迎えた。
順位ごとの列に座る顔は不満そうだ。昼ごはんに入れた唐揚げで気分を切り替えてくれるだろうか。
るりがそんなことを考えながら、スマートフォンを仕舞っていると、陽太が突然立ち上がった。
その勢いのまま弾かれたようにスタートラインの方に向かって走り出す。列を整理していた先生が声をかけて追いかける。るりも慌ててスニーカーを履いた。
「だからちゃんとはいてないと危ないよ!」近づくと陽太が順番待ちの女の子に話しかけていた。「はき直した方がいいって」
急に大声をかけられた女の子は泣き出しそうだ。余所のクラスの子で名前は分からない。
あ! その歪んだ顔に見覚えがあった。一回目のときに転んだ子だ。顔に擦り傷を作って、涙をポロポロとこぼしていた子だ。
「陽太くん、列に戻ろうね」先生が優しく、力強く促す。
「こけないように気をつけて」去り際にもまだ言っている。方向転換して、るりの顔を見つけて、軽く口が開いた。
るりは小さく親指を立てて笑顔を送った。
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