第8話 かくしておっさんと弟子は再びギルドへ行く
「「リリーさん!」」
ドガァン! という轟音とともに冒険者ギルドの扉が開け放たれる。
何事か、と冒険者たちは扉の方を振り向くとそこにはついこの前―――と言ってももう一ヶ月以上過ぎたが―――冒険者をやめたロビン・ステッパーと、名前は忘れたが、昔ロビンに指導を受けていた美人な女性がいた。
「「「「「ロビンさん!!??」」」」」
冒険者たちは驚きの声を上げる。
しかしそれも意に介さず、ロビンと妙齢の美人はフェーレン支部のマスコット、受付嬢リリーの元へつかつかと歩み寄る。
「な、なんなんですか〜」
そしてガシッとその肩を掴んだ。
「ひゃん!」
リリーがエロ……もとい可愛らしい悲鳴をあげ、何人かの冒険者たちが前かがみの姿勢になる。
その刺激を耐えきった男たちもなんが起こるのかとゴクリと唾を飲み、それを見守った。
「どどどどうしたんですか〜!?」
ロビンの顔がリリーの顔に近づいていく。
リリーは観念して目をつむった。
冒険者たちも思わず赤面する。
そしてロビンは
「ポーションの材料を教えてくれぇぇぇええ!」
と、言い放った。
「「「「「………………」」」」」
冒険者ギルドに沈黙が訪れる。
「はひ?」
リリーは恥ずかしさと事態を受け入れきれない頭の中で、かろうじてそう返事をした。
………………
「絶対肩を掴む必要なかったと思うんですけど……」
「ほんとそうだな……」
下の騒がしさに上から降りてきたギルド長によって事態は収拾された。
とりあえず落ち着いて話を聞ききます、と待合室に通された2人。
そこでロビンは猛烈な反省をしていた。
「いやロビンさんのことだから、多分悪気はなかったんでしょうけどね」
「完全にポーションの材料のことで、頭いっぱいだったわ……」
「はぁ、なんか注意すべき敵が増えたような気がするんですよね……」
そう、これが無意識な天然タラシの力である。
リリーはおそらく先程の一件でロビンのことを意識してしまうだろう。
トラップが多いダンジョンに男女2人で入ると、その緊張感からくるドキドキを、恋愛感情と勘違いしてしまう、通称「罠ダン効果」からも分かるように、女性とは得てしてそういったドキドキに弱いのだ。
ガチャリと音がしてギルド長が部屋に入ってくる。
「おいっす、ロビン! それとユナちゃん! ユナちゃんの方はおひさだね」
「どーもです」
「お久しぶりですミシュレさん」
ギルド長ことミシュレ・ハスファルにユナとロビンは挨拶を返す。
ちなみにミシュレはロビンの元師匠でもある。
「まったく、あほみたいな理由で冒険者やめるとか言って騒がせたと思ったら………次は何? ポーションの材料を教えてくれって、バカだろお前」
「それ言われるとなんも言えないです………それで、ポーションの材料、教えてくれるんですか?」
「教えるも何も、んなもん知らねーよ。ポーション作成組合に聞けや」
はた、とロビンは気付く。
熱くなっていてすっかり考えていなかったが、冒険者ギルドはテルセト商会に何かを売っているとはいえ、それが何に使われているか知っているわけではない。
これは聞き方がまずかったとロビンは思う。
「すみません。この冒険者ギルドからテルセト商会に何か売ってると思うのですけど、何を売ってらっしゃるんですか?」
聞き直したのはユナ。
ミシュレは一瞬怪訝な表情をするが、すぐに教えてくれた。
「そんなの聞いて何になるんだ? まあいい、うちがテルセト商会におろしてのんは、エスタリーフとイシュアリーフだ」
「「
2人の驚きの声がシンクロした。
……………
エスタリーフ。通称「最初の草」
エスタ草原に生える草。
冒険者になったとき、とりあえず最初はFランクの依頼しか受けることはできない。
そのFランクの依頼の中でも最も採集難易度が低く、ほとんどの冒険者がまずはじめに採集に行くから、「最初の草」と呼ばれている。
そしてイシュアリーフ。通称「ヤーナの水草」
ヤーナ湖に生える水草。
FランクからEランクに上がる際に1つの基準とされる草。
ヤーナ湖周辺のモンスターはFランクにとっては少し強いくらいのものが集まっているため、ヤーナの水草採集はランクアップの基準となっている。
「まじか……なんで草なんか採集するのかと思ってたけど、あれがポーションの材料だったのか……」
「まだ確定したわけではないですけど、多分そうですね………」
実は7つ以上存在する「冒険者ギルドの7不思議」の中の1つに「初心者の草採りの謎」というものがある。
冒険者たちの多くは草から薬ができることを知らなかったのだ。
なお、ロビンとユナもそれと同様であった。
「しっかしまあ、あれだけ王都まで駆けずり回って、結果、冒険者ギルドとは………」
「『
ユナが「身近なことは返って気付きにくい」という意味のことわざを引っ張ってくる。
実際その通りであった。
「へえ、あの草ポーションの材料だったのか、なんか面白えな」
「ミシュレさん、すみませんが2つの草、持ってきて貰えますか?」
ロビンがミシュレに頼む。
ミシュレは腕を組み、少し考え込む。
「ふむ、そうだな。持ってきてやるが、話は終わったんだし、なんかするなら下でやれ」
……………
「あ、リリーさん。さっきはすいませんでした」
「はひっ! ろ、ロビンさんっ!? ………い、いえ大丈夫ですよ〜、別に………き、気にしてないです〜………」
下に降りて、ロビンがリリーに謝る。
リリーはドキドキする気持ちを抑え込み、なんとか平静を保った。
………と、思っていたのはリリーのみで周りの冒険者たちは「ん?」と違和感を覚えていた。
「そうですか、リリーさんに嫌われたらどうしようかと思いました」
「な、なななななにを言ってるんですか〜!?」
そのある種のギリギリを保っていたリリーの心に爆弾をぶち込むロビン。
リリーは完全にロビンのことを意識してしまった。
ユナは呆れて声が出ない。
周りの冒険者もこれは流石に気付いてしまう。
(また、お前か………ロビン!!)
ロビンの天然タラシはかつての冒険者ギルドでも災害を引き起こしていた。
一番有名な事件といえば6年前の「新規冒険者完全攻略事件」であろう。
事件の内容はシンプル。
新規で入ってきた17人の新人冒険者全員がロビンによって攻略されてしまったのだ。
その世代の男の新人冒険者は血の涙を流したという。
だが、本人はそんなつもりはなく、さらにめちゃめちゃいい人なので、誰も何も言えない。
人として尊敬できてしまうせいで、この怒りともつかない感情をどうすればいいのだ、と一時期冒険者たちの間で変な宗教が流行ったのはロビンのタラシによる二次被害として有名である。
「ん? 顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」
ロビンがリリーの額に手を伸ばそうとする。
(や、やめろーーーーーーー)
冒険者の心の声が1つになる。
だが、誰もその場を動くことはできない。
リリーは目をつぶり、完全に自分のドキドキに身を任せてしまっていた。
誰もがロビンという悪魔の前に、救世主を待つしかなかった。
スパッチーーーーーン!
「いって!」
「んーーーふむふむ、熱はないようね。でもちょっと熱いから少し奥で休んでたら? 自分で行けるわよね?」
「は、はいっ!」
神はいた。
ユナはロビンの手をひっぱたくと、リリーの額に手を当てがい熱を測る。
その後これ以上の事故をなくすため、リリーを奥に引っ込ませた。
リリーも正気に戻り、ささっと奥に隠れてしまった。
(………ユナ様ーーーーーーー!!)
冒険者の心の声が再び1つになった瞬間だった。
……………
「おーい、持ってきたぞー………ん?」
少ししてミシュレが草を持ってきたとき、そこには異様な光景があった。
ロビンは「私がやりました」という紙を持って立たされており、ユナの前にはサインを求める冒険者たちの列ができていた。
「何してんの、お前ら?」
ギルド長はギルドの惨状にそう言うしかなかった。
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