第37話

「そうしてごちゃごちゃしているうちに警備員が一〇人近く駆け付けてよ。警棒でおれをを殴って拘束。警察に引き渡されたって流れだ」

 身元引受人として警察署に来た久悠に対し、タールスタングは警察から荷物を受け取りながらそう語った。

「バカなことをしたな」と久悠が言う。「冷静に話ができていたら、ラツェッドの主張の齟齬を暴くことができたかもしれないのに。なんでそんな余計なことをした」

「奴に銃を向けたお前がそれを言うか? だが、その時のお前の気持ちがよくわかったぜ。奴はむかつく。奴の主張の齟齬なんか知るか。奴はおれを嵌めやがったんだ。絶対に許してやるものか」

 タールスタングは自分のハーフライフル銃とスラッグ銃を受け取る。次いで、警察署内の別の窓口で銃の所持申請書を提出し、それが受理されてから、これまで警察署で保管されていた久悠のライフル銃、フィンベア338口径マグナムを受け取った。

「本当にいいんだな」

「どうせおれは免許を取り直すまでそれを持つことができない。警察署での保管が一定期間を超えるとオークションにかけられてしまうからな。そうなるよりはお前が持っていた方がいい。ただし、手入れはしっかりとやれ」

「お前は知らないだろうが、おれは繊細な男だ。家には埃一つも落ちてないほどにな。そういうことは任せておけ」

 ならいいと久悠は頷いた。

「それよりも、ラツェッドだ」

「あぁ、わかってる」タールスタングが言うと、彼は紋白端末を起動させた。「警察に捕まる前に、ラツェッドとはちょっとしたいざこざがあってな。そのときに追跡トラッカーを奴のジャケットに貼り付けた。お前にも使ったやつさ。ポケットの裏地の隙間だ。たとえクリーニングに出していたとしても、そう簡単に気付かれたり剥がれたりしないぜ」

「そこにリュウとアオがいる」

「取り戻すのか。手伝うぜ」

「もうそろそろあいつの仕事も終わる頃だろう」陽が傾きかけた空を見上げながら、久悠が言う。「車をレンタルしておいた。今晩にでもあいつの自宅に向かおう」

「準備がいいな」

「幸い、金ならある」

 二人は銀色の半浮遊自動車に乗り込み、久悠がハチソン機関エンジンを始動させると機体がふわっと浮かんだ。タールスタングの方が身体が重いのではじめは傾いていたが、機体は自動でそれを調整した。

「246を上り方面だ」

「わかった」

 車がスッと動き出し、警察署から県道へ出る。246号線に向かい、久悠は車を走らせた。

「なぁ久悠」

「なんだ」

「お前、どうして右左折のたびにワイパーを動かすんだ」

「黙れ」

「運転、大丈夫なのか?」

「あぁ、問題ない」

 しかしその割には、久悠のブレーキやアクセルは荒く、そのたびにタールスタングは身体が前や後ろに投げ出されそうになっていた。

「自動運転にしたらどうだ」

「まだこの細い道は対象外だ。そもそも、おれの運転でなんの問題もない。免許は持っている」

 久悠がそう言った瞬間、横道から顔を出した車に久悠は過剰に反応し、急ブレーキをかけた。後ろの車からクラクションが鳴らされる。

「おい久悠!」

「うるさい、問題ない!」

 そして細い県道から信号の無い片道二車線の国道に差し掛かった。右から左から、半浮遊自動車が路面スレスレを高速で駆け抜けていく。その様子をみて久悠の息は徐々に荒くなり、額に汗を溜めだした。

「本来はここを右折するんだが、一度左折しろ。こんな交通量の多い道で右折なんてできない。迂回するんだ」

「おれに指図するなタールスタング。ここは右に曲がる。黙ってろ」

「無理だ! 車の頭を道に出すな、右から来てるぞ! いやもうバックするんじゃない後ろの車が詰めててぶつかる! おい後ろのワイパーが動いたぞなにをした! 久悠!」

「うるさい! 黙って乗ってろ!」

 久悠は右から来る車をせき止めながら、そろそろと国道を横断し、左から来る車の群れの中に入り込んだ。はじめは低速でノロノロ運転をしていたが、久悠がようやく自動運転を起動させ、すると周りと同じスピードで車は波に乗り出した。

「死ぬかと思ったぜ」

「さっきからうるさいぞ。任務に集中しろ」

「帰りはおれに運転させろ。絶対だぞ」

 フンとした態度で、久悠はタールスタングに取り合おうとはしなかった。

 二人の乗った車が、都内郊外のマンション前で止まった。太陽は都市の果てへと沈み、東の濃い青色が西のピンク色の空を塗りつぶそうとしている。トラッカーの信号は、目の前のこの六階建ての建物から発せられているようだった。ラツェッドはもう帰宅しているのか、それともトラッカー付きのジャケットだけが彼の家にあるのかはまだわからない。またトラッカーの信号だけでは何階の何号室か調べることは難しく、かといって各階を巡り信号の強さを測定する方法は住人に怪しまれる可能性があった。

「しばらく張り込みをしよう。夜になっても現れなければ信号の強度を調べて回るしかない」

 久悠が言ってエンジンを切る。沈黙と共に夜が訪れる。タールスタングとの気まずい無音の時間が続いた。我慢できず、先に口を開いたのは久悠だった。

「どうしてそんなに欲しがっていたんだ? あんなオンボロの銃なんかを」

 タールスタングは面倒くさそうに答えた。

「そいつは代々、猟師の間で受け継がれ続けている伝説のライフル銃だ。人工生物が生まれるずっと前から、凄腕の間を渡り歩いてきた」

「だから欲しがってたのか。大した腕もないくせに」

「おれの祖父の形見でもある」

「祖父?」

「そいつはこの国で竜猟師をしていた。凄腕だったという話だ。おれもそのジジイに憧れた。だが一度として猟には連れて行ってもらえなかった。そうしているうちに、ジジイはその伝説の銃を手放したと知った。弟子は取らない主義のジジイが、自分の教え子にくれちまったんだと話した」

「……ちょっと待て。その祖父って」

「教え子の名は久悠と言うのだと聞いた。なんて貧弱そうな名前だと思った。実際にお前と会って、本当に貧弱な人間なんだと思った。そんな人間がジジイから猟を教わり、あまつさえフィンベアを持っているなんてな。おれはお前が気に入らなかった」

「そうだったのか。あの男は、お前の」そして久悠は気付いた。「亡くなったのか」

「あぁ。大腸がんで普通に死んだ。人間のゲノム編集に賛否両論あった世代だからな」

「そうか。いつかまた会えるものと思っていた。残念だ」

「久悠」

「なんだ」

「その実、おれはお前を高く評価している」

「どうした急に。頭がおかしくなったのか?」

「だから、もう猟師に戻ろうなんて思うな。お前はこれ以上、竜を殺すな」

 久悠は軽口や皮肉を探した。そんなに心配しなくてもお前からフィンベアを取り戻そうなんて思っていない。けれどその言葉を喉元でつっかえさせる感情が、タールスタングから伝わってきた。

「お前は竜と一緒に生きる方が向いている。殺す仕事はおれのような乱暴な人間に任せておけ。フィンベアはもう二度とお前には返さない。また別の凄腕に譲り渡すつもりだ。とにかくお前は猟師に向いていない。だが、かといって首輪をつけた竜と生きることにも向いていない。お前は竜を首輪から解き放ち、そいつらと一緒に草原を駆けまわっている方がお似合いだ」

「侮辱してるのか?」

「好きに受け取れ。本心だ」

 しかし悔しいことに、それはまさに久悠が憧れていることでもあった。そういう風に生きられるならそうしたい。そういう風に、生きられるなら。

「リュウとアオ、本当に取り戻せるのか?」タールスタングは久悠に身体を向け、より神妙な口調で問いかけた。「あの男は狡猾だ。口では応じても、裏でなにを考えているかわからない。下手な取り引きなんてしないで、竜二匹をぶんどってしまえばいいんだ」

「まぁ、そこは駆け引きか」

「はん。駆け引きか。……で、それがうまくいったとして、その先はどうする。お前はリュウとアオをどう育てるつもりなんだ。セレストウィングドラゴンの幼体が存在している噂はすでに広がりはじめている。静かに暮らすなんてできないぞ。ましてや、普通の人間が中型竜を二匹も飼うなんて経済的に不可能だ」

「わかってる。アオはレクトアの家族だ。いずれ返したいと思ってる。リュウについては……覚悟の上だ。なんとかして生きるさ」

「わかってない。お前にそういう生き方はできないと言っている」

「なにが言いたい」

「……おい。来たぞ。色男だ」

 タールスタングが顎で車の外を指し示す。

「だがあいつはだれだ?」

 あいつ? 久悠が外を見ると、くせっ毛の金髪男がマンションに入っていくところだった。その横顔から、ラツェッドで間違いなさそうだ。次いで、黒いスーツの男が彼の後に続いて入っていく。マンションのエントランスの光が一瞬だけ男の顔を照らす。白い瞳の男……久悠を殺そうとした殺し屋の男だ。彼は周囲の様子を探りつつ、ラツェッドの後を追うようにマンションに入っていた。

「……まずい」

 あの男が何者でなにを目的にしているかは知らないが、とにかくその存在は不穏だった。もしかしたら、ラツェッドの命を狙っている可能性もある。あるいは、その標的はリュウとアオか……

「なにがまずい」

「話はあとだ。とにかくラツェッドを」

 久悠は車を飛び出し、タールスタングがその後を慌てて追いかけた。

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