第7話 命の選択 DEAD OR WORST


 俺は考えた。たった一度の選択で俺の運命が決まってしまう。胸の内がもっと家の中でゴロゴロしていたい、働きたくないという気持ちでいっぱいになる。


 「前向きに検討させていただきます…」


 これでも精一杯、頑張ったつもりだ。だが俺の苦悩に満ちた努力とは裏腹に世間の評価は厳しい。何せ自分ニートですから。


 ドカンッ‼


 バルバドスの背後で火の柱が立つ。野牛のような一対の角が生えた獅子の貌は怒りの形相へと変わっていた。特に鋼も容赦なく噛み砕いてしまいそうな犬歯がガチで怖かった。


 「レオナルド、魔界において唯一無二の絶対支配者と畏怖された我の嫌いな物を教えてやろうか?それは”忍耐”だ。我は生まれついての強者ゆえ万事、十全を為す。ゆえに何かを耐え忍んだ事は無い。努めて向き合う前に終わってしまうからな…」


 ここで背中を震わせて怒りの【溜め】に入るバルバドスさん。


 ドドドドドドッ‼


 そこらに幾つもの火の柱が立ち昇る。地獄もかくやという光景だった。

 …もう怖すぎて俺は半泣きになっていた。


 「久しく忘れておったわ、この感情は憤怒という物だな…。レオナルド、お前は我に忍耐という行為を強いているのだ。ところで何回殺されて何回復活したい?…今さら千回までは無料タダでぶち殺してやるぞ?」


 「ひいいいいいッ‼全身全霊で頑張ります‼やりますから‼やらせていただきますから‼忍耐しないでくださいィィィィッ‼」


 俺は空の上で土下座をする。フッと周囲の光景が切り替わったかと思うと俺は元の学校の裏山に戻っていた。

 バルバドス…はもう怒っていない様子だったが俺に対しては何か思う事があるような目つきをしている。これなら拳骨の一つでも落とされたマシな状況だった。


 「レオナルドよ。今、障壁が失われれば二つの世界の均衡が失われ多くの命が失われるだろう。世界が二つに引き裂かれてから時間が経過しすぎた。元通りの一つの世界となる事は無い。悔しいが実体を失った我には何も出来ぬのだ。世界の命運はお前にかかっている。後の事は任せたぞ…」


 バルバドスは目を瞑り、夜霧の中に消えて行った。直感的に理解したわけだがヤツが力を使えるのはあくまで俺の中にいる時だけらしい。


 (やれやれ。悪魔のくせに責任感の強い事で…)


 俺は文句を言いながら山を下りる事にした。すでに夜は深まり門限がとっくに過ぎた時間である。親父とお袋は寝ているだろうが祖父さんと祖母さんは起きて待っている可能性が高かった。

 つくづく親不孝だな、俺。


 数分後、俺は信じられないようなスピードで学校跡地の校門前に到着していた。…体が軽く、それこそ羽でも生えたんじゃないかってくらいの速度で走っていたような気がする。

 多分、通行人に見つかれば騎士団に通報されるレベルだろう。


 (いや待てよ俺。靴は大丈夫なのか?)


 言っていなかったが今俺はかなりボロボロに靴を履いている(はず)。普段から服装に疎い俺が自分で靴を買うわけもなく、ドナテルロの使わなくなった靴を履いていた。(※俺の使用済みの靴はドナテルロが大事に持っている)

 俺は恐る恐る自分の靴を見る。おっ!ラッキー!俺の素足あんよには傷一つねえよ!


 「…なワケねえよ。何で素足になってんだ‼責任者に説明を求めるぜッ‼」


 【下級悪魔レッサーデーモンとの戦闘中に破損し、先ほどの走行中に燃焼して焼失しました】


 「サンキュー!…ありがとうございましたッ‼」


 俺は泣きながら神様に礼を言った。どこまでパワーアップしてるんだよ、俺。

 さらに俺は自分の服装を確認する。


 【チェック中】


 最悪の結果だ…。シャツはボロボロ、左肩から千切れている。ズボンは半ズボン化 & でっかい穴からお尻が丸見え。幸いパンツは無傷だが正直誰にも会いたくない状態だった。


 「魔神さんよ、魔法で服を元通りにするとか出来ないのかよッ‼」


 俺は俺の中にいるはずの魔神ボルボアに尋ねた。まあ独り言みたいなもんだけどね…。


 「レオナルドよ、残念ながら獣の世界しか知らない私には衣服を着るという概念が理解できないのだ。もしも急所を隠したいと言うならば体毛を増やせばいいのではないか?それならば何とかなるぞ」


 予想外にも返事があったよ。でもなー…いきなり体毛がボーボーになったら恥ずかしいどころじゃないからなー。


 「今回は止めておく。後、気を使ってくれてありがとうな」


 俺は俺の中にいるボルボアに礼を言った。何か向こうも頭を下げて


 「礼には及ばない」みたいな事を言っていたような気がする。律義なヤツかもしれない。

 俺はその後、街道に合流する場所まで適度な速度で移動した。うっかり走れば確実に馬車並みのスピードになっていることだろう。


 (やれやれ一般人バンピーから一気に超人かよ…。おいおい。俺はまだ結婚なんかしねえよ。もう少し独身生活ってヤツを楽しみたいんだ)


 俺はマスコミからインタビューを受ける自分の姿を想像して鼻を伸ばしていた。


 「待て」


 突然、若い男の声が聞こえてきた。俺はすぐに立ち止まる。前後左右を確認するが整備された街道と少し離れたところに学校跡地に続く旧街道、木々しか確認できなかった。


 ちなみにチ○ちゃんが言っていたが人間の手で作られた方が林、自然が作ったのが森というらしい。


 「今から私が出て行くまでそこを動くな。動けば死ぬ事になるぞ」


 シュボッ‼


 俺のすぐ近くにかなりの大きさの火の玉が現れた。

 これは攻撃魔法【火のファイアーボール

 …いきなり魔術師と戦闘バトルかよ‼

 【火のファイアーボール】は低レベルで取得可能な魔法だが術者の魔術への理解度、保有する魔力の量で威力が段違いとなる。

 コイツはボルボアの力で感知能力がパワーアップした(はずの)俺に気取られる事無く魔法を発動させたのだから、かなりの実力者に違いない。


 「お前、一体誰だよ‼一般人相手にいきなり【火のファイアーボール】なんて非常識にも程があるぞッッ‼」


 俺はまだ姿を見せない声の主に抗議を入れる。

 この世界は剣と魔法が支配する世界だが、魔法を使うには国家間で決められたルールが存在する。

 その中でも一番、有名なのが「国家で認定された魔術師(所謂、人に魔法を教えられるくらいの”導師マスター”クラス)は一般人を魔法で攻撃してはいけない」という内容だった。


 ガサガサッ。


 俺から見て右前方にあった大人の背丈ほどある植え込みをかき分けて燕尾服タキシード姿の男が姿を現した。

 男は水色の蝶ネクタイを正すと俺を指さして言い放った。


 「残念ながら私は今までお前のような禍々しい魔力をまとったと出会った事が無い。命が惜しければ真名を明かすか、おとなしくこの場を去るかどちらかにする事だ」


 男と俺は同時に目を合わせる。


 「ゲッ‼テメエは冷血女のところの冷血クソ執事ッ‼」


 「ぬうッ‼…貴様は騎士団長のカイン殿の凡庸だが優秀な長男、人類最底辺スペックのクズ次男、性悪、生意気しかし超絶有能な三男のうちの最底辺クズ次男レオナルドッ‼」


 俺は例の執事に最悪の印象を持たれていた。

 執事は草むらに向って唾を吐く。奴の顔といえば明らかに俺と話した事自体が失敗だったと言わんばかりだった。さらにジャケットの内側から胃薬らしき物を取り出して飲んでいる…おい、テメエッ‼今の行為の理由を説明しやがれ‼


 「百歩譲って、我が主への非礼は聞かなかった事にしてやろう(どうせ聞こえているだろうし)。だがお前は本当にあの無能男レオナルドなのか?まさか悪魔に乗っ取られているのではないだろうな…」


 ギクゥッ‼このクソ執事は見た感じからして鋭い男だが、まさかボルボアの事まで気がついているとは思わなかったぜ…。ポケットの中にはラストの【うまい棒】ソース味が残っている。ソース味は数ある【うまい棒】の中でもトップクラスの人気商品、これならば執事を懐柔できるか…?


 「ケルヴィン…。いつまでワタクシを待たせるつもりかしら?ワタクシは人を待たせる側の人間であって、待たされる側の人間ではなくてよ」


 茂みの奥から記憶にある女の声が聞こえてきた。そして草木が生い茂る場所だったところは跡形も無く消え去り、二頭の馬を曳かせた馬車が姿を現す。馬車にはこの国の人間ならば誰でも知っている旧アストリア王国の紋章があった。


 「これは失礼を、プリシラお嬢様。直ちに可燃ゴミを焼却しますので今しばらくお待ちください」


 執事ケルヴィンは流麗な動作で声の方に向き直り、馬車の中にいる主人に向って傅く。そして馬車の扉が内側から開かれるとプリシラが姿を現した。ケルヴィンにとっては実に五年ぶりの再会となる。


 へッ、別に友達でも何でも無えけどなッ‼


 

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