第6話 復活の…俺ッ‼そして右腕にシシが宿りました。

 魔神バルバドスはうつ伏せに倒れている若者の姿を見ている。

 彼が命の炎を燃やし尽くし死んでいったかを見ていた。無力な存在が無様な姿を晒し、無謀の果てに限りある命を失う。”実に馬鹿げた最後だった”と魔神は考える。

 

 弱肉強食はこの世の絶対の摂理であり、それに抗う事は死を意味する。


 レオナルドの蛮勇は彼の自業自得であり、当然の結果でもある。魔神は肉体の物質化を解除してレオナルドの死体から遠ざかろうとする。


 その時、魔神バルバドスの腕を住処にしていた別の魔神がレオナルドの死体の側に向った。


 「どうした?」


 バルバドスはレオナルの死体から離れようとしない忠臣に声をかける。

 バルバドスに仕える最後の従僕は双眸を輝かせながら主を見つめるた。


 ふう。バルバドスは諦念の混じった息を漏らす。


 「我が最強の矛の頼みとあらば聞かぬわけにはいくまい。良いぞ、ボルボア。お前の望みとやらを言ってみろ」


 ボルボアと呼ばれた魔神は頭を垂れて不動の忠心と無上の感謝を示す。


 そしてバルバドスは彼の望みを聞いた後、さらに深いため息を吐く結果となった。

 

 気がつくと俺は過去に戻っていた。


 あれは忘れもしない、中学の体育祭の時だ。仏頂面の女が心底嫌そうな顔で俺に向って手を出してきた。俺は紳士を装って女の手を取る。そして俺とその女はフォークダンスに興じた。

 

 女は上流階級出身だったのでダンスはお手のものという感じだった。対して俺は下手くそでダンスをしている間は女の世話になってばかりだった(二回足を踏んだ)。


 やがて曲が終わり、俺は女に頭を下げる。女の方は何故かいつも学校まで同行していたキザったらしい執事の男にハンカチをもらって指を拭いていた。

 さらに女は手袋にファブリーズをかけた後、手袋を嵌める。


 …俺の手は汚物かってんだ‼


 「クソッ‼どうせならスカートでもめくってやればよかったんだ‼ああ、畜生ッッ‼」


 俺は人間としてかなり最低な事を言いながら目を覚ます。空の上には見慣れた赤い月と星と雲が見えていた。


 (…助かったのか?それとも…)


 俺はその時になって自分が寝転んでいる事に気がつく。背中やら脇やらが焼けつくように痛い。おそらく出血は止まったのだろうが、このまま元の生活に戻れるかと考えれば正直自身が持てないような状態だった。


 「目を覚ましたか、小僧…」


 威厳に満ちた声が俺の耳朶を打つ。

 最初は死んだふりでもしていようかと思っていたが演技を続ける自身も無かったので素直に答える事にした。

 これは”勘”だが、この声の主はおそらく例の【悪魔】ではない。


 「おはようございます。今日も良いお日柄で…」


 俺はせめて相手の姿を見ようと視線を上に向ける。まず目に入ってきたのは夏を代表する野菜、ズッキーニ的な物だった。


 やれやれこんな寝起きにズッキーニかよ…。


 「元気ならば結構。そろそろ自力で立ち上がれるほどには回復しているはずだ。立ち上がるがいい」


 XLサイズのズッキーニは尊大な口調で俺に語りかける。俺は首の後ろにわずかな痛みを感じながら上半身を起こした。


 「ッッッ‼」


 俺はズッキーニの本体を見て絶句する。さっきから俺に話かけていたズッキーニの正体は【悪魔】だったのだ。


 「ひいいいいいッ‼もう残しません!ズッキーニも、エンドウ豆も、ブロッコリーも出された物は全部食べますッ‼」


 不覚にも俺は大声をあげて悪魔から後退あとずさる。

 この威圧感、さっきの悪魔とは比べものにならない。根本の、存在としての格が違ったのだ。


 「我が名はバルバドス、かつて魔界の支配者だった者だ。まずはお前の名前を聞いておこうか…」


 バルバドスと名乗った悪魔は俺をじっと見つめる。


 (なんつープレッシャーだ。ただ見られているだけなのに数年は寿命を削られている気分だぜ…)


 俺は一刻も早く悪魔バルバドスから離れたかったので名乗る事にした。


 「俺の名前はレオナルド…。どこにでもいるチンケな悪党でさあ、バルバドスの旦那あ…」


 よく考えると悪魔に真名を教えると魂を支配されるとか余計な知識はあったんだけどね。それどころじゃなかったわけよ。


 「お前の事情など我にとっては些細な事だ。もう気がついておるかもしれんが今のお前は自力で生きているのではない。別の存在によって生かされている状態だ」


 俺は咄嗟に自分の額に手を当て体温に異常がないか確かめてしまった。

 俺のおでこは…熱は出ていないしそして極端に冷たくも無かった。


 「愚か者め。我はなれと言ったのだぞ?まず疑うべきは自身の影だろうに。今の人間はそんな事も知らないのか」


 バルバドスは呆れたような口調で俺に言う。俺はすぐに立ち上がって月光が作り出す自分の影を…見た。


 「ぐあああああッッ‼‼‼」


 俺の足元の地面に広がっているのは少なくとも人間の影じゃななかった。四本脚で立っている獣の影だった。そいつは口を開くと特徴的な二本の牙が生えている。


 「お前の命を現世につなぎ止めている者の名は魔神ボルボア。我が配下の中で最も凶暴な悪魔よ…」


 俺は地面に映る自分の影をチラ見する。

 ボルボアとは察するに少俺の数十倍はありそうな体躯を誇る四足の獣だった。それが口を開けてゲラゲラと笑っているじゃありませんか。

 俺とボルボアが互いの感情を共有しているかどうかは知らないがボルボアから好意的な意思を感じる。話せばわかるヤツかもしれない。


 「あははは…。それで俺はこれからどうなるんですか、旦那。言っておきますがアッシは人間の最底辺クズ・オブ・クッズズでございやすぜ。悪魔バルバドスの旦那のお役に立てるような事は役不足というか、あははは…」


 俺は役不足という言葉を間違って使う。役不足だとその問題に対して楽勝という意味合いになるので受験生の諸君は要注意だ。


 「くくっ、役不足とは見かけによらず剛毅な男よ。それでこそ我が従僕を託した甲斐があったというもの。良かったな、ボルボア。コイツはお前好みの勇猛果敢な戦士だ」


 ッッッ‼‼わざと、かッッ‼‼

 流石は悪魔、性格が悪いわ‼


 「これは真に恥ずべき話だが、お前に我の尻拭いをしてもらいたい」


 「…尻拭い?アンタみたいな見かけ枯らして凄そうなヤツでも失敗なんかするのか?」


 悪魔バルバドスは腕っぷしも相当なヤツだろうが、それ以上に自分の仕事にも誇りを持っているようなタイプだ。ウチの家族でいうと親父と兄貴と祖父に近い、そういうオーラを纏っている。


 「今から一万年前に我は魔界の最奥部で果てた。その後どうなったかは皆目知らぬ。だが我の遺骸の一部を魔界と現世の間に移した不届き者がいる。そいつのせいで人間お前らのの言うところの【障壁】に綻びが生じてしまったのだ。かつての魔界の支配者として魔界と現世の者が争い、命を失う事は悲く思う…」


 最後の言葉には支配者としての悲哀が込められていた。

 バルバドスは悪魔のくせに一人の上に立つ者の心得ってモンを持ってやがるのか。少しだけ見直したぜ。


 「でも俺に出来る事なんてあるのかよ。さっきも言ったが俺は最底辺だぜ?」


 俺は胸を張って断言した。獅子の貌を持つバルバドスの目尻が思いっきり残念な生き物を見てしまった時のように下がる。


 「この際だ、我が人選ミスをした事は認めよう。翻ってだ、最底辺レオナルドよ。其方は我に代わって我の遺骸を勝手に移動させた者を倒し、この世に秩序と安寧を為せ」


 「無理」


 即答した。

 悪魔バルバドスの肉体をどうやって移動させたかは知らないが、そいつがかなりの力持ちである事には違いない。

 中くらいの中身の詰まった木箱を二個、移動させただけでライフゼロになった男に出来る仕事ではない。


 「そうか。だがお前の身体はどうする?今さら命を返せとは言わぬが、そのまま放っておけばボルボアの魔力がお前の肉体を侵食してやがてお前は魔物になってしまうぞ?」


 「へッ‼脅しは…効かないぜ?」


 俺は強がってみせた。


 「ふむ。まあ状況が理解できていないようだから面白い物を見せてやろう」


 バルバドスはすんげえ長い爪の生えた指でパチンと鳴らす。すると周囲の光景が学校の裏山から空の上に変わった。

 俺は驚いて自分の足元を見る。多分、幻覚か何かだろうけどオレンジ色の雲が広がっていた。だが次に目に入ってきた物にはもっと驚かされた。


 次の瞬間、俺の目に映った物とは【獣】の群れだった。獣の大軍団、いや軍団という形を成した一体の魔物。あの影の正体はこれだと俺は直感する。まさかボルボアの正体は…幾万の魔獣の姿形を持つ一体の魔物では⁉


 「その通りだ。理解が早くて助かるぞ、最底辺レオナルド。後ひと月もすればお前は存在そのものをボルボアに食われてしまうだろう。それはお前にとってもボルボアにとっても本意ではあるまいし、ボルボアからお前を解放できるのもまた我だけだ」


 ぐぐぐ…。意識よりも先に脳が理解しちまう。魔神バルバドスにはそれが出来る。ボルボアが俺にそれを教えてくれる…。


 「さてもう一度聞くぞ、レオナルド。お前はどの未来を選ぶというのだ?言っておくが仮にボルボアが現世に顕現した場合は一瞬で全てが取り込まれてしまうからな…」


 ここが俺の関ケ原ッ‼ルビコン川ッ‼

 果たして俺はどうするのか‼クズニートの矜持を通して世界を滅ぼすのか‼はたまた勇者への道を歩むのか‼


 俺の内なる獅子は…起きているんだろうけどまだ眠っていて欲しいッ‼切に願う‼

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