愛されたいだけ -3-

 不倫。

 その二文字が脳内を支配する。

 迂回うかいするルートは無料案内所が大量にある道だ。イカしたお兄さんたちが声をかけようと近寄ってくる。

「お兄さん、まだ夜は明けてほしくないなんてーー」

 思っていませんか、という言葉は出てこなかった。

 一体、自分がどういう表情をしているのか分からない。少なくとも、無料案内所の人が話しかけるのを中断するくらい、憎悪ぞうおに満ちていたのかもしれない。

 空気に溶けるというよりも、いっそのこと原子にまで分解する勢いで気配を消す。

 人気のない住宅街までやってきた。街灯だけが照らすその道は、先程までと打って変わって暗澹あんたんに落ちていた。

 まるで、自分の今の心情を投影とうえいしたかのように。

「.........にくい」

 ボソッ、と。コンビニでの呟きよりも小さく。

「突然現れたと思ったら、自分の方が幸せにできるなんて大口を叩く。今までの結婚生活を軽い気持ちで否定し、踏みにじる。過去にどれだけ辛いことがあって、それを乗り越えられるだけの幸せがあったのか知らないくせに」

 妻をたぶらかすあの男がーー

「あの男が......憎い!」

 街灯の元で立ち止まった。

「俺が汗水垂らして働いている間、男と遊んで股から水を垂らすってか?今までの人生は茶番だったって言うのか?こんなにも心の底から愛していたのに、その愛を無下むげにした」

 仮面を被っていたあのーー

「あの“女”が.........憎いッ!」

 天を仰いで月夜に叫ぶ。

「そしてなによりも!」

 今までそれに気付かず、のうのうと暮らしてきた人物がいる。そうーー

「俺自身が、憎いぃぃいいいいッッ!!」


 ギィイイン、と。


 赫奕かくえきしたのは遥か天高くにある月。

「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」

 脈を打つように揺れ、その色を鮮やかな紅蓮ぐれんへと染めていく。

「あ、アぁああがあぁあアアァあぁあああががががガガがっっっ!」

 それと同時に、体全身が燃えるように熱くなった。全身の血が、音速にまで達しているのではないかと錯覚さっかくするくらいにまで速く流れる。

 目がどんどん充血していき、れすぎて破裂はれつしてしまいそうだった。

 筋肉が微振動からやがて大きな震えを持ち、体が大きくなっていく感じがする。

 視界がだんだんとボヤけていく。最後に見えたのは、自分の眼球と同じ赤を持った月。

「ーーーーーーーーーー」

 声にならない叫び声を上げ、鈴鳴改め【負情塊クライシス】サザメキは、ゆっくりと前へ前へ進む。

 あぁ、疲れた。ゆっくり帰ろう。

 なんて、仕事帰りの背中そのままでーーー。

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