リード・クライシス

ロングブラック

愛されたいだけ

愛されたいだけ -1-

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 深夜0時をまわったというのに、相変わらず大街道おおかいどうは飲み会後の人々でにぎわっていた。

 朝と夕方から夜にかけての時間帯は、主に学生が占拠せんきょしていると言っても過言ではない。通学路として使ったり、放課後にカラオケや夕飯に行ったり、勉強のためにカフェにもる生徒が多数いるからだ。

 それが一転、日付が変わればたちまちそこは夜の街と化す。店の照明や看板の光に照らされた大街道は、この明るくて混沌こんとんとした雰囲気を朝まで持っていくのだろう。

 実際、視界の端では酒の飲みすぎで嘔吐おうとしている者や、肩を組んで意味のわからないことを叫んでいるやからもいる。道中には捨てられたゴミと、タバコの吸いがらと、誰かしらの吐瀉物としゃぶつしかない。

「今日はひどいな……いつもに増して」

 そう、今日は一段とひどかった。

 もちろん毎日こんなに汚れているのではない。

 夏休みの期間中あたりに開催されている週一の祭り––––––土曜夜市どようよいちがあったのだろうか。その後はいつも街が大変なことになっているのは昔も今も変わっていない。

「眠たいな……缶コーヒーでも飲みながら帰るか」

 言動が全く一致いっちしていない。眠たいのであれば急いで帰って、すぐ就寝するべきだ。コーヒーには言わずもがなカフェインが含まれているため、帰宅後の睡眠を妨げるのは火を見るよりも明らかであった。

 疲労でどうやら頭が正常に働いていないらしい。

「ちょうどローンソもあるし、なにか小腹に入れるものでも……」

 胃に食べ物があるまま寝ると、消化するために臓器ぞうきが起きている状態が続くため、あまりよろしくない。質のいい睡眠を心がけるにはブルーライトを避け、浴槽よくそうで体温を上げ、空腹でいることの三点が大事だ。

「何か食べないとまずい……倒れる」

 フラフラと生まれたての子鹿よろしく、千鳥足ちどりあしでコンビニへと入っていく。外にいる誰よりも酔っ払っているみたいだ。

「なんで土曜出勤で、残業で、報酬ほうしゅうは無いんだよ……はぁ」

 陳列ちんれつされた商品をながめながら、誰にも聞こえないようにボソッとつぶやく。大好物の海老えびマヨネーズのおにぎりを手に取りながら、今日の出来事を脳内で思い出していた。

鈴鳴すずなり先輩、少しよろしいでしょうか……?」

「うん?どうした?」

「資料のデータを誤って削除さくじょしてしまって……どうしたらいいか分からなくて」

「おぉっと、やっちゃったねー」

「ご、ごめんなさい……」

 謝りながら萎縮いしゅくしたのは、新人社員の二宮にのみやだった。

 入社してまだ半年すら経ってないのに、いきなり重い仕事を任せた課長の気がしれない。確かに会社は人手不足が深刻しんこくな問題ではあった。

 でもだからと言って、ロクなオリエンテーションや指導もなしに仕事を任せるのは間違っている。

「でもありがとう。事が大きくなる前に気づいてくれて……そして報告してくれて助かったよ」

「あ、ありがとうございます……」

「ゴミ箱の中を見てみよう。大抵削除されたデータはそこに残っているはずだから」

「は、はいっ––––すぐに確認します!」

 素早くお辞儀じぎをした二宮は、顔を上げきるよりも前に体を回転させてデスクへと戻った。

 真面目な分、おかしてしまった失敗に対する責任感を必要以上に感じてしまう癖があるみたいだ。それは彼女の人間性で不変であるから、それは尊重しなければならない。

 だから叱責しっせきするよりも、優しく導くのが正解だと思う。そこから彼女がどう感じるかに、成長度は依存いぞんすると考えている。

 と、ここまでは非常によかった。

 よかったのだ。

 隠さずに、またおくさずに自分が犯したミスをすぐに報告してくれた部下。

 対策するすべを教えて、解決に向けて指導をした事実。

 彼女の性格上、今日中の仕事はキッチリ終わらせてくれるだろうという安心感。

 その全てが完璧であった。

 そう––––––自分が限界を迎えていることに気づかないまま、作業に没頭ぼっとうしていた二宮が倒れるまでは。

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