第68話 勇者

「はぁはぁ……」

 僕は魔人化を解く。残りの魔力はわずかだった。クタクタだ……


「や、やった……やりましたよ! キモオタ君!」

「よくやった!」

 みんなが僕に駆け寄る。


「倒せ……ましたかね?」

「あの攻撃を食らって無事なわけありませんよ! 世界は……救われましたよ!」

 目を潤ませるガイド。

「そっか……よかった……」


 僕は恐る恐る、倒れた魔王に近づく。

 光の弾丸をくらいボロボロだ。


「こうもあっさり倒せると……」

 僕は念のため魔王にとどめを刺そうと剣を振り上げる。


 その時、禍々しい気配に気づく。

「く……やってくれたな……」

「ッ! ま、魔王!」

 僕は急いで剣を振り下ろすが……


『ドンッ!』


 魔王の体から衝撃波が放たれ、僕は吹き飛ばされる。


「くっ……」


「いやぁ、死にかけたよ……まさか魔人化まで出来るとは驚いた」

 ボロボロの魔王は立ち上がりこちらに歩み寄る。


「そんな……生きてるなんて……」

 ガイドは絶望の表情で震えている。


 ヨロヨロと歩くのがやっとという様子。魔王は相当ダメージを受けているのは間違いない。


「くそ……もう一回だ!」

 僕は再度、魔人化しようと魔力を集める。

 もう一発食らわせれば……!


「ふふふ、まあ待て、キモオタ君」

 ボロボロの体を引きずりながら魔王は笑いながら言う。


「魔人化とはすごい、どれだけの経験値を積んだのか……しかし……」

 魔王の体がどす黒い光に包まれる。


「こ、これは……」

 僕は嫌な予感がした。


「この技は元々、私たち魔族の技だ!」

 魔王の体が黒く光り出す。さっきまでとは比べ物にならない力を感じる。


「ま、魔人化だって……?」


 ただでさえギリギリの戦いだったというのに更にパワーアップを残していたなんて……

 もう魔力の残りはわずか。僕は絶望し下を向く。


「おやおや、もう終わりか? 可哀そうに。人間ごときが中途半端に力を持ったばかりに……弱いままなら期待することもなかったのにな」.

 ニヤニヤと笑いながら魔王が向かって来るが、もう反撃する気も起きない。


「さらばだ、キモオタ!」

 うつむく僕に魔王は剣を振り下ろす。


「やっぱり駄目だったか……」

 あー、結局レベル0の頃より強くはなったけど、全部無駄だったか。

 一瞬だけど、勇者の夢を見れて良かった……



 全てを諦めたその時、魔王の剣の前に何かが立ちはだかる。

「えっ!?」

『ギィンッ!!』


 金属音が鳴り響き、衝撃で吹き飛ぶ僕。


「うぅぅ……」

「ハァハァ、木本君! なに諦めているんだ!!」

「ア、アスカさん……」

 魔王の剣に立ち向かったのはアスカさんだった。


「ぐっ!」

 アスカさんは苦悶の表情で手を抑える。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……心配無用だ」

 魔人化した魔王の攻撃を受け止めたのだ。大丈夫な訳はない。


「木本君……どうしたんだ?」

「……僕みたいな奴が魔王に勝つなんて甘かったんですよ。中途半端に少し強くなったくらいで夢見ちゃって……」

「バカ者! なに言ってるんだ!」

「うぅ……」



「やれやれ……人類最強の戦士もこのザマか。終わりにしよう」

 座り込む僕らに魔王は手をかざす。

 黒い炎が撃たれるその時、サクラちゃんが飛び出す。


「アンタね! いい加減にしなさいよ!」

 サクラちゃんの剣が魔王の腕を斬る。魔人化した皮膚には傷一つ付いていないが、魔王の動きを止めた。

「ウジウジして……バカじゃないの!」

「サクラちゃん……」


「キモオタ君……私の魔力を使ってください。少しなんで役に立つか分かりませんけど……」

 ガイドが僕の体に触れ、魔力を分けてくれた。

 ほんの少しの魔力だが、胸の奥に熱いものを感じた。


「木本君、厳しい状況だが、諦めちゃダメだ! 私は、レベル0の君がここまで成長したすべてを見てきた。君の力は中途半端なんかじゃないぞ。前を向くんだ!」

「みんな……」

 情けない。僕の憧れた勇者は、いつでも諦めることなんてなかったな。


「お話は済んだか?」

 魔王はニヤニヤと笑いながら僕らを見下ろす。


「ああ……おかげで目が覚めたよ」

 僕は立ち上がり剣を握る。

 アスカさんがくれた剣、勇者の剣だ。


 魔王にやられて落ち込むなんて贅沢になったものだ。

 少し前までどのクラスメイトより弱かったというのに。

 あの悔しさに比べたら、今の状況がなんだ!


「来い! 魔王!」

 剣を構える僕の体は金色に輝く。魔人化の残りもわずかだろう。

 最後の勝負だ。

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