どうしたの?

むぎ

第1話

認めてほしかった。狂っていること、疲れていること、生きていること。ただ、それを誰かに伝えるにはあまりにも中途半端な時期だった。結局1人で抱え込み、心の闇はさらに深くなった。本は気休め程度にはなったが根本的な解決にはならなかった。あなたは頑張っている、休んでいいんだという言葉を素直に咀嚼するほど子供ではなかったし、ここ以外にも自分の進める道はあると楽観視できるほど大人ではなかった。ひとつのミスを必要以上に引きずり、終わらない課題と馬鹿正直に向き合い、両親にすら気を使っていた。そうして生まれたのは、何も出来なくなった無能な化け物だった。じっと座っていられない自分にムカついてさらにじっとしていられなくなった。あんなに必死に終わらせていた課題をいつしかひとつも出さなくなった。苦しいのに、言えない。自分は平和な国に生まれ、優しい両親に育てられた。裕福とは言えないが安定して生活できる程度の収入はあったし、なにより五体満足で生きてこれている。そんな自分が「私は不幸です。辛いです。」と言うなんておかしい。もっと辛い人がいて、もっと泣きたい人がいて、私は幸せだと笑顔でその人たちを慰めなければいけないのだと本気で思っていた。自分のものさしが他の人と違っていることに気付くには、些か心が壊れすぎていた。

本当は学校中の窓ガラスを割りながら廊下を走りたかった。屋上から他人の靴を投げ捨てたかった。信号無視をしてみたかった。ポイ捨てをしてみたかった。授業中に寝てみたかった。くだらないことだが、ただやってみたかった。そんな私が非行に走らなかったのはそんなことをする度胸がなかったからであった。そして人の気持ちを考えようとしすぎた末に身につけた無駄に感度の良い心のせいだった。自分は生きているだけでこの世界の人間全員に迷惑をかけているのだと感じていた。

私は自分の影響力を過大評価していたのだろう。ただの自惚れである。私が生きていようが死んでいようが、この世界は普通に回るのである。この頃にはひねくれた視点も身につけていた。自分は無能だ、みんなに迷惑をかけているというネガティブな思考に陥るたび、お前なんか誰にも気にされてない、虫けらのような存在なんだと自分で自分を否定する。1秒前に発した言葉を次の瞬間には真逆の言葉で打ち消している。いつしか人とまともに会話をすることもできなくなっていた。学校に行くことも、休んで家にいることも、どちらも辛かった。両親を不安にさせないために毎朝真面目に登校していた。行ったふりができるほど器用ではなかった。授業中に動き回りたくなる衝動を抑えて必死にノートをとっていた。

ある日、思いついてしまった。この頃には笑顔を作ることも上手くなっていたし、熱があっても授業を受けられるくらい慣れていた。いつからかは自分でもわからないがもうとっくに壊れていたのだと思う。部屋にあったくまのぬいぐるみを手に取り、背中を割いた。くまと布と両親に謝りながら中に機械を仕込んだ。それをリビングの自分の椅子に置いて手紙を書いた。すごく悩んだが心配されたら困るので「ちょっと出かけてくるね」とだけ書いた。そしてそっと家を後にした。お母さんの作るご飯は、いつもとても美味しかった。




『どうしたの?』

録音された娘の声が、くまの腹から食卓に響いた。

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どうしたの? むぎ @mugigi_1222

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