第17話えんたあ・ざ・さきゅばす

 あたいがハルマの部屋に来たのは、当然ながら偶然じゃない。


 日曜日の午後、自宅マンションでのんびり映画観てたら、ハルマの母ちゃんから切羽詰まった声で電話がかかってきたんだ。


「ヒサメちゃ~ん、うちの子がこの前来た中学生の女の子を連れ込んでるんだけど、お茶菓子持って行って子作り中だったらチョベリバだから様子見てきてくれない?」って。


 チョベリバの意味が分かんなかったから訊き返したけど昔のギャル語だって。ルーズソックス世代っての?あたいが生まれた時には終わってたからよくわかんないけど、そういう時代があったらしい。


 ハルマが連れ込んだ女子中学生つったら入鹿コロネちゃんだろうなとは思ったけど、ピンと来たんよ。あのカラオケボックスに行っちゃったんだって。あそこを縄張りにしている魔法少女マチルダには直接会ったことがない。ただ、彼女のマスコットのエップスには会ったことがある。


 数日前、ヤンキー仲間と深夜のファミレスで意味のない馬鹿話をしてたら、ひげ面でスーツ姿のおっさんが女の子連れで店内に入ってきた。


「どう見ても親子連れじゃないですよ」「あのコ小学生でしょ?こんな夜中に連れ回して誘拐じゃないすか」「ケーサツに知り合いの刑事さん居るけど、あの人すぐ怒鳴るからなあ」


 よーするに、「知らんぷりしとこう」って結論になったんだけど、あたいサキュバスだから、おっさんの頭に生えている牛の角が見えちゃったわけ。ケツに生えてる尻尾も。


 見ちゃったもんは仕方ねえ。あたいは席を立ち、女の子に言った。

「お嬢ちゃん。立ち上がって、あたいの後ろに回りな」


 怯えてて動けなかった女の子の代わりに、おっさんが立ち上がった。

「歯医者に連れて行った帰り。ただそれだけですよ。にひ」

「こんな時間に開いてる歯医者って言ったらあそこしかないよねぇ」

「おや、常連ですか。サキュバスだもんね、おねえさん。にひ」


 ヤンキー仲間はサキュバスどころかネコバスも知らねえバカぞろいだから、おっさんが何言ってるのか分かんねぇ。でもな、搾精に便利だからそこの歯医者で舌ピアスの穴開けてもらったんだよな。それをコケにされたら気分わりい。


「おっさん、なぁに笑ってんだよ」

「このコの歯を見なさい」


 おっさんは怯えて固まってる女の子の口の両端に指をかけて無理矢理広げた。

「歯並びがきれいでしょう。西ではこれが当たり前。あなたも矯正したらどうですか?にひ」


「その子から手を離せ」なんて言うほどあたいも礼儀正しくない。黙って左ジャブを飛ばした。そしたらおっさんは妙な動きで腰を屈め、あたいのジャブをかわした。


「カンフー?って訊いたら太極拳の基本でなんとかとか言ってたけど、あたいも難しくて分かんなかった。ただ、『以後お見知りおきを。にひ』って凝ったデザインの名刺を渡されたから奴が魔法少女マチルダのマスコットのエップスでカラオケボックスに住み着いているということは分かったんだよな」


 あたいの話を黙って聞いていた入鹿コロネが口を開いた。

「太極拳で白い布飛ばしたりします?首を絞められそうになったんですけど」

「そりゃあれだ。武当山の仙人、孫八百の得意技じゃね?でも日本で教えてる先生いたっけか」


「孫八百師父なら今サンフランシスコにいますよ」

「仙人って長生きだよな。仙道っていったら房中術ってあるじゃん?あれサキュバスも習えるのかな」

「魔女に返り咲いたらあたしも習いたぁい」


「おふたりとも、話がはずんでいるところ恐縮ですがっ」

 パンツを脱いだままのハルマは半泣きだった。情けない様もカワイイな。


「チトセアメがますます硬くなったんですけど。白いブラウスからブラジャーが透けて、ヒサメさんの美乳が」

「あたいはこの部屋では搾精しないって前にも言ったろ?マンションに移動するか」

「ズボンがはけないよぉ」


 苦悶の表情で股間のチトセアメを突き上げるハルマ。う~ん、あたいがお話してたら収まると思っていたけど男子高校生15歳だもんなぁ。


「手で、してあげたい」

 うっとりした顔でチトセアメを見つめる入鹿コロネをあたいはたしなめた。


「なんか出たら服についちゃってクリーニングに出さなきゃ取れなくなるよ?」

「ヒサメさん、いつも着衣で搾精するんですか?」

「いつもじゃないけど、ハルマが好きなVtuberの水間ナミダンス衣装で搾精してたらモスグリーンのスパッツにべったり」


 顔になんか飛んできた。唇についたやつをなめると、うん、確かにイチゴミルク味だ。飛距離すげえとか関心してる場合じゃねえ。魔法少女マチルダに、あたいは勝てなくなったかも。

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