三夏ふみ

 私は卵を割る。それが私の全てだった。


 あるとき、胸が高鳴った。


 硝子2枚を隔てて座る彼女の黒髪は艷やかで、俯く瞳に添えられたまつ毛は凛と長く、白く透き通る細い指は、いつも何かを剥がしていた。


 私は、私のやるべきこと終え、薄暗い自室で横になる時は決まって、何も映さない小さな窓に彼女を思い浮かべた。そして、いつの日にか私は、彼女の声を聞いてみたい、と、願う様になっていた。しかし、それは永遠に叶わないだろう。


 ある日、彼女は小さなミスをした。


 きっと些細な事なのだろう、何事も無かったかのように、彼女は彼女のやるべきことを続けた。

 赤い帽子を目深に被った、顔の見えない男が彼女に近づくと、短く話しかける。あっという間に赤帽達に取り囲まれる彼女、両脇を捕まれいつもの顔で連れて行かれる。

 私の前を横切る時、硝子越しに小さな口が微かに動いた。その日、私は眠れなかった。


 彼女は、なんと言ったのだろうか。ただ、それが知りたかった。そして、私は、卵を床に落とした。


 赤帽が私に近づく。私は帽子に隠れた目を、じっと見つめる。徐ろに、胸ポケットから取り出した笛の音が響き渡った。ああ、ああ、頭が、掻きむしられるように熱い。




 私は卵を剝く。それが私の全て。

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三夏ふみ @BUNZI

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