【先輩と、一つの謎】



 ところで先輩、聞きたいことがあるんですが。


「ん? どうかしたかい? 今日も今日とて、こんな何にもない部室に来て、きみ、他にやることはないのかな?」


 こんな何もないところに来て、は、この間、僕が言ったことでしょう。

 そして、何度も言いますが、この教室はミステリー研究会の部室じゃないし、僕達は現状、「空き教室を不法占拠している二人組」です。

 あるいは、暇を持て余した高校生、か。


 現状、というよりも、永久にそのままかもしれませんが。


「同好会として認められる為には五人以上の部員が必要だからねえ」


 今から三人が入ることは絶望的ですね。

 別に望んじゃいませんけど。


「しかし、少しばかり心配になるんだよ。後輩のきみのことがね」


 どういうことです?


「きみ、友達少ないから。私が卒業した後、寂しくないだろうか、ってね」


 余計なお世話ですよ。

 友達が少ないのは事実ですが、話題を合わせたり、顔色を伺ったりするだけの友達なんて、こっちから願い下げです。


「あはは。言うねえ、きみ。まあ、きみは少しばかり、独特な奴だからね」


 ……はっきり言いますね。


「けれど、他の人は知らないが、私はそういうきみのことを気に入っているよ。好意に値するよ。好き、ってことさ」


 …………。

 それは、どうも。


「話が逸れてしまったね。それで? 私に聞きたいこと、っていうのは、何かな?」


 ああ、少し前にやったクイズの話ですよ。

 三問目はなんだったのかな、と、ふと気になって。

 前は二問で終わっちゃいましたからね。


「じゃあ、折角だし、三問目として用意していた問題を話そうか。『夫を亡くした妻がいた。夫の葬儀には夫の同僚が参列し、妻はその男に一目惚れをした。その夜、妻は自分の息子を殺害した。さて、なんでだ?』」


 先輩。


「なんだい?」


 それ、前に先輩が読んでいたミステリに出てきたクイズじゃないですか。

 答えは、“Because I miss you”――その同僚にもう一度、会いたかったから。


「読んでいたんだね」


 あらすじは先輩から聞いてましたから。

 面白そうだな、と思えば、読みますよ。


「自分の好きな本を、後輩であるきみが読んでくれたのは嬉しいが、しかし、きみは悪いことをしてしまったな。どんな問題が出るのだろう?と期待していただろうに。拍子抜けしただろう?」


 気にしなくていいですよ。

 クイズをしたかったわけじゃなく、先輩がどんな問題を用意したのかを知りたかっただけなので。


「そう言ってくれると気が楽になるね。また、こういったクイズで遊ぼう。今度は自分で考えてくるから」


 自分で?

 先輩が、ですか?


「なんだい、その疑るような目は。これでもミステリー研究会の部長だよ。問題の一つや二つ、思い付けない道理はないだろう?」


 問題を思い付ける道理もない気がしますが、ツッコまないでおきます。


「しかし、きみ。面白いと思わないか?」


 何がです?


「一目惚れした相手に会いたいが為に、息子を殺す、という心理がだよ。それほどまでに熱烈な恋も世の中にはあるんだね」


 それを「サイコパスの話」ではなく「恋の話」と捉える先輩も結構、独特だと思いますよ。


「でも、恋は恋だろう?」


 恋……なんですかね。

 でも、そう言えば落語にも似たような演目があった気がします。

 火消しに惚れた女が、もう一度、その火消しに会う為に、家に火を点ける、というような。


「やっぱり恋の話じゃないか。アプローチの形が普通じゃないだけで、恋の話さ。それともきみは、変わった恋は嫌いかい?」


 変わった恋が嫌い、というわけでは、ありませんけど。

 普通の恋が良い、とも思いませんし。


「だろうね」


 そういう先輩も、変わった恋が好きそうですね。


「いいや? そうでもないよ?」


 そうなんですか?

 意外だな。


「私にとって『恋』とは、少なからず、変わっているものだからね。変わった恋、という概念が理解できないのさ。

 誰しもが、誰かに恋した瞬間、それまでの常識が壊れてしまうんだ。

 だから、後に振り返ると恥ずかしくなるような、おかしなことをやってしまう。それが、恋、ってものだ」


 それだけ聞くと、恋なんて、恥ずかしくてやっていられない気がしますね。


「でも、どうしてかな、人は人に恋をするのさ。あるいは恋心こそが、最大のミステリーなのかもしれないね」


 ……「心こそ 心惑わす 心なれ 心に心 心許すな」。


「なんだい、その呪文みたいなものは」


 昔、お坊さんに聞いた言葉です。

 心――つまり、雑念や感情こそが自らを乱すものだから、内にあるそういった欲望に、振り回されないようにしないといけない、って。


「へえ。博学だね」


 たまたま覚えてただけですよ。

 耳に残るでしょ、これ。


「確かに。けれども、私はこう思うよ。理性や意志という『心』と、感情や欲望という『心』。それはその詩にあるように、どちらも心であって、優劣は付けられないんじゃないかな?

 恋心だって、傍から見れば愚かかもしれないが、『心』だろう。

 大切なのは、自分の本心が、どちらの心を大切にしたいかだ。

 さっきの例のような、他人を犠牲にするような恋愛は私だって感心しないが、自分を殺すほどに苦労してでも行く恋路は、素敵なものだと思うけれど?」


 …………。

 そう、ですかね。


「そういう恋は好きだよ。少なくとも、私はね。きみはどうだい?」


 僕は……分かりません。


「そうか。それじゃあ、それがきみの心ってことなんだろう。しかし、理性と感情、どちらが本心で、どちらがどちらを邪魔しているんだろうね?」


 矛盾するようなことを言いますが、どっちも本心なんじゃないですか?

 だからこそ、恋をすることは難しい。


「かもしれないね。さて、もう遅い。そろそろ帰ろうか」


 はい。


 あ。

 そう言えば先輩、もう一つ、聞きたいことがあったんです。


「何かな?」


 件のクイズですが、僕が負けた時には、何をさせようと思ってたんですか?


「ああ、それか。送ってもらおうと思ってたんだよ」


 送る?


「きみ、自転車通学だろう? ご存知の通り、私は徒歩だ。自転車の後ろに乗せて帰ってくれないかとお願いしようと思ってたのさ」


 なんだ、そんなことですか。

 構いませんよ。


「いいのかい?」


 ええ。

 僕の体力は先輩とさして変わりませんから、随分ゆっくりした帰り道になると思いますけど、それでいいのなら。


「じゃあ、お願いしようかな。安全運転で頼むよ。あと、先生に見つからないように」


 分かりましたよ。

 じゃあ、帰りましょうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る