思わせぶりで、●●な先輩

吹井賢(ふくいけん)

【先輩と、一つのトリック】



「……ねえ、きみ。一つ、先輩と勝負をしようじゃないか」


 なんですか、藪から棒に。

 ああいや、先輩が唐突なのはいつものことですね。

 で? なんです?

 その「勝負」ってのは。


「クイズだよ。謎解きと言ってもいいね。私が問題を出す。きみがそれに答えられたら、きみの勝ち。そうしたら、なんでも一つだけ、お願いを聞いてあげよう。どうだい?」


 どうだい?と言われましても……。

 「藪から棒だな」という印象は変わりませんね。


「何を言っているんだい、きみ。私達はミステリー研究会だよ? クイズの一つや二つ、出し合うのは、部活動として当たり前だとは思わないかい?」


 僕に言わせてもらえば、部員数二人、部どころか同好会としてさえ承認されていない集まりを、「部活動」と呼称するのが正しいのか、それがまず謎ですね。

 「ミステリー研究会」より、「空き教室を不法占拠する二人組」と呼んだ方が正しいんじゃないですか?


「なんて人聞きの悪いことを言うんだ、きみは。この教室は私が私の先輩から受け継いだ、ミステリー研究会のれっきとした部室だよ。かつてはきちんと『ミステリー研究会部室』として登録されていた場所なのさ」


 かつて、ということは、今は登録されていない、ってことじゃないですか。


「そうとも言うね」


 そうとしか言いませんよ。

 やれやれ。


 ……それより先輩、毎日こんな、何もないところに来ていて、大丈夫なんですか?

 もう九月ですよ?

 高三の秋と言えば、受験勉強の追い込みシーズンだと思いますが。


「きみは、私が学年きっての才女だということを忘れているようだね。私にとっては受験勉強なんて、毎日の予習復習の延長線上に位置するものでしかないよ?」


 ……典型的な、頭の良い奴のセリフだ……。

 はいはい、そうですか。


「それに、『何もないところに来て』というのは正確じゃないね」


 ……?

 事実として、何もない、ただの空き教室でしょう。

 ミステリー研究会としての活動も、していないも同然ですし。

 この二年間、やったことと言えば、雑談、ボードゲーム、それに、お互いに黙々と推理小説を読む、この三つだけですよ。

 『時間の無駄遣い』という言葉をグーグル検索すれば、きっと僕達の普段の様子が出てくることでしょうよ。


「それでも、何もない、ということにはならない」


 どうしてです?


「だって、きみがいるからね」


 …………。

 それは確かに、そうかもしれませんが……。


「私はね、きみと一緒に過ごしている時間が、それなりに楽しいんだよ。というわけで、クイズをしよう」


 どういうわけかはイマイチよく分かりませんが、分かりましたよ。

 今日の先輩はクイズがしたい気分なんですね。


「そういうわけだ。それに、きみにとっても損はない。きみが勝てば、先輩が一つだけ、お願いを聞いてあげようと言っているんだから。暇潰しだと思って気楽に挑めばいい」


 気楽に、ですか。

 何か裏がありそうだな……。


「きみが勝てば、この美人で性格の良い先輩をデートに誘うことだってできるんだぞ? 良い申し出だろう?」


 美人で性格が良いとか、自分で言うことですか……。

 ちなみに、僕が負けた場合には?


「言うまでもないことだよ、きみ」


 仮に言うまでもないとしても言っておいてください。

 どうせ僕の側にも罰ゲームがあるんでしょう?


「おっ、冴えてる。勘がいいね~」


 先輩とは短くはない付き合いですから。

 考えていることは、なんとなく、分かります。


「なら、それこそ言うまでもないことだろうが、きみが負けた場合には、私の命令に従ってもらうよ」


 ……でしょうね。

 で?

 何を命令するつもりなんです?


「そんなことは秘密に決まっているじゃないか。お楽しみだよ、お楽しみ」


 ……不安だ……。

 「恥ずかしい真似をさせる」みたいなやつはやめてくださいよ。

 先輩が買ってきた変な服を僕が着るとか。


「大丈夫だよ。無理難題を命じるつもりはない。ちょっとばかり、疲れるかもしれないけどね」


 分かりましたよ。

 じゃあ先輩、問題をどうぞ。


「では、第一問」


 ちょっと待て。


「なんだい、話の腰を折らないで欲しいな」


 第一問、ということは、何問かあるんですか?

 初耳ですよ、そんなの。


「そりゃ言ってなかったからね」


 胸を張らないでください。


「なら、予告しておこうか。全三問だ」


 三問ですね、分かりました。

 なら、二問以上正解で、僕の勝ちということでいいですか?


「それで構わないよ。では改めて、第一問」


 はい。


「第一問――『ある航空機のフライト中、急病人が出た。スタッフが、お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?と呼び掛けをすると、やがて漫画家の男が立ち上がった。何故でしょう』」


……先輩。

それ、ウミガメのスープじゃないですか。

あるいは水平思考クイズ。


「そうだね」


 そうだね、じゃないですよ。

 ウミガメのスープ――水平思考クイズのルール、知ってます?

 出題者に対し、回答者が「はい」か「いいえ」で答えられる質問をしながら、真相を探るゲーム。

 それが『水平思考クイズ』です。


「おお、よく知ってるね、きみ。流石はミス研部員だ。どうだい? ミステリー研究会っぽいクイズだろう?」


 それはそうですが……。

 そういう類のクイズだとは、聞いてないんですけど。


「言ってないからね」


 だから胸を張らないでください。

 水平思考クイズなら、僕は質問してもいいんですよね?


「駄目だよ」


 何故に?


「質問に質問で返したら0点だから。つまり、きみの負けだ」


 ……あまりにも僕が不利過ぎないですか?


「ルールを確認しなかったきみが悪いよ。さあ、答えたまえ」


 なんて無茶苦茶な人だ……。


 えーっと……。

 飛行機の中で急病人が出て、「お客様の中にお医者様はいませんかー?」という呼び掛けがされたんですよね?

 それで、何故か漫画家の人が立ち上がった……。


 ……手塚治虫先生みたいに、「医師免許を持ってる漫画家だった」なんてオチじゃないですよね?


「その答えでいいかい?」


 駄目です。

 その不敵な笑みを見るだけで不正解だと分かったので。


 漫画家……スケッチ?

 いやいや、不謹慎過ぎるよね……。

 じゃあ、重要なのは「立ち上がる」の方……?


 あ。


「分かったかな?」


 はい。


 漫画家は、通路側に座ってたんじゃないですか?

 そして、その隣、窓側に医者が腰掛けていて、その人が手を挙げた。

 医者が移動する際の邪魔にならないよう、漫画家は一旦立ち上がった。


 どうです?


「お見事。正解だ。流石はミス研部員だね」


 ミス研部員らしいことをした覚えは一度もないですけどね。


「では、第二問だ。『ある父親とその息子が交通事故に遭い、病院に運ばれた。幸い、運び込まれた病院には名医と名高い外科医がいたが、その外科医は二人を見るや否や、私には手術はできない、この子は私の息子だ、と言い出した。どういうことでしょう?』」


 先輩。

 それは問題にもなってないですよ。


「ほう。なら、もう答えは分かったと?」


 当然です。


 その外科医は、事故に遭った息子の母親だった。

 即ち、父親の奥さんですね。

 どんな名医でも、子どもや伴侶を切ることは躊躇われることでしょうから。


「……うーん、正解だ。この問題はきみには簡単過ぎたかな?」


 勝負は僕の勝ち……ってことでいいんですよね?


「そうだね。おめでとう。きみは私にお願いを言う権利を得た」


 お願い、ですか……?


 ……あれ。

 ちょっと待ってくださいよ。


「なんだい?」


 先輩、「お願いを言う権利」って言いました?


「そう言ったね」


 それってまさか、僕がお願いを口にできる“だけ”で、先輩がそのお願いを聞くかどうかは別問題、って意味じゃないですよね?


「大正解! 今日のきみは冴えてるねえ! でも、惜しい! どんなお願いでも、聞いてはあげるよ。聞くだけね」


 なんて卑怯な人だ……。

 しかも、思い返してみれば、僕の罰ゲームの方は、「きみが負けた場合には、私の命令に従ってもらうよ」と、命令に従うことを明言しているじゃないですか!

 こっちは勝ったとしても「お願いを聞いてもらえるだけ」、なのに、負けたら「命令を強制される」って……。


 酷過ぎるでしょ!


「百点満点だ! 今日のきみは本当に冴えてる!」


 褒められても嬉しくない!!


「まあまあ、いいじゃないか。三問目を待たずして、きみの勝利が決定したわけだから」


 釈然としない……。


「さあ、どんなお願いでも言ってごらん。勝ったご褒美だ。この先輩が、なんでも聞くだけ聞いてあげよう」


 この状況で胸を張れるあなたには負けますよ……。


「巨乳であることは私の自慢の一つだからね」


 知りませんよ、そんなことは。

 反応に困ることを言うのはやめてください。


「それがお願いかい?」


 今のは感想です。

 お願いは明日以降に持ち越します。


 もういい時間ですし、先輩、そろそろ帰りましょう。


「そうだね。今日は実に楽しかった。たまにはこういうのもいいな」


 僕はしばらく、ごめんです。


「そう言うなよ、きみ。次回も、もし私が負けたなら、お願いを聞いてあげよう」


 どうせ、聞くだけ、なんでしょ?


「そう、聞くだけはしてあげよう。それだけでも賞品としては十分だと思うけれど?」


 やれやれ。



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