灰色の空の下で花は夢見る。

@utatanekouta

第1話 再会

 


 四角い空の下、一輪、花が咲きました。


        ✳︎        


 轟音が響き渡る。


 ここは、工事現場。力強く回るタイヤが地面を削り砂煙を出しながら移動する。高い塀に囲まれたこの場所では砂煙と轟音が溢れかえっていた。


 そこで動く機械は、何かを作っているのか、破壊しているのか、理由も聞かず無表情。無表情の割に、動けばいちいち騒がしい。そこでまた人間も叫ぶように怒声をあげるから、この場所では音が顔をギュウギュウに寄せながら満員状態だ。


 大きなショベルカー。こいつもまた無表情。ショベルカーがその大きな手で壊れかけの建物を引っ掻くと建物から灰色の瓦礫が崩れる。灰色の砂煙がその一帯を包み込む。無表情のショベルカーはきっと知らない。今、その瓦礫が、今朝咲いたばかりの小さな花に降り注いだ事を。


 機械は無表情でいちいちうるさい。そして、無表情に悲鳴を飲み込む。もうここにはこれ以上の音は入りきらない。「入れるものか」と他の音がひしめき合うのだ。半分瓦礫に埋もれた花の声はここではどこにも届かない。


 灰色になる空。太陽だけは、砂煙の間から淡いピンク色の花びらを照らしていた。


         ✳︎

 夜になる。


 夜空には五日月がひっそりと雲の隙間から暇そうにぼんやりと光っていた。


 声がした。


 「ん?」と下を覗く月は「どけどけ、見えない。」と取り巻く雲を風に乗せて追い払う。すると流れる雲の間からチラリ。一輪の花が月明かりに浮かんだのだった。


 「君かい?」


 花は俯いたままだった。月はあるはずのない首を傾げながらその花を見つめていると夜露で濡れた淡いピンク色の花びらから一滴の雫がきらりと落ちるのを見た。


 「あらま。泣いているじゃないか。どうする?どうする?」


 月はそわそわ辺りを見回す。花の周りには誰もいなかった。あるのは瓦礫と砂の山。花はひっそりと独りぼっちで咲いていた。


 「おーい。こっち。こっちだよ。私はここにいるよ。」


 ひっそりとしたその場所に不機嫌な音で車が走り去る。煌々とヘッドライトは何かに反射しそのまま上空に駆け上がると、安易と月明かりを消した。


 車が去って、再び現れた月明かりと静かな夜。


 無力感でいっぱいになった月は「誰かいないか?」とキョロキョロと辺りを探していた。すると、夜道、決められた仕事をぼけーっとこなす外灯に一つの小さな影がパタパタと通り過ぎた。


 「あっ」と月は目を凝らす。


 小さな影は、外灯の光を辿って、工事現場の方に向かっている。


 あれは?月は見失わぬようにその小さな影を追いかけた。


 忙しなくパタパタと羽を動かすその小さな影の正体が分かると、月は、ホッと息を漏らした。


 「やっと来やがった。」


 もう一度、風は雲を静かに月の前から追い払った。月明かりが、その小さな影を照らせるように。


         ✳︎


 その影の正体は、小さな蛾。


 蝶じゃなくて蛾。区別はなかなか難しい。蝶は美しくて、蛾は汚い?でも、どんな瞳で見たら、区別ができるのだろう?青い瞳?それとも黒い瞳?残念ながら月はどちらも持ち合わせてはいない。


 その蛾は、月の顔なじみだ。


 この蛾をなんと呼ぼう。蛾は、そこら中にいるし、蛾なんて呼びづらい。そうそう。この蛾には、あだ名があった。


その名も「木枯らし」だ。


 その名の由来は、こいつの小さな羽だ。こいつの小さな羽は、まるで枯葉のような色をしていて、欠けた葉のように不揃いだ。そんな羽を忙しなくパタパタと動かし飛ぶ姿を見ると、まるで木枯しが枯葉を運んでいるようだと、いつだったか、誰かが、春色の輝く太陽の下、こいつを「木枯らし」と呼んだんだ。木枯らしなんて呼ばれて誰かが笑うならまだいい。


 「木枯らしが来た!」


 そう聞いた奴らはみんな顔を引きつらせた。特に今は春だから、全く縁起の悪い名である。せっかく春がやってきたっていうのに、またあの寒い冬に戻りたいなんて誰も思わない。冬と春は隣同士。きっと夏よりも春は冬が怖いのかもしれない。この蛾にとって「木枯らし」というあだ名は、全く、居心地の悪い名である。


 でも、それは太陽のいる色取り取りの光の世界で呼ばれる名。今は、太陽のいない、遠慮がちな月が輝ける夜。月の知っている名前で堂々とこいつを呼ぼう。


 そうそう。こいつの本当の名は「コチ」だった。


        ✳︎


 コチは、外灯を点々と辿る中、月の光に気がついた。


 「なんだ?お前。今日も独りかい?」


 月はいつでも不機嫌にコチの言葉を無視するので、皮肉なコチの言葉は、そのまま自分に返ってくる。


 「今日はやけに明るく光ってるじゃないか。太陽のいる世界じゃ。まるでおとなしいのに。全く情けない奴だ。あれ?またお前太ったんじゃないか?」


 コチは、羽をパタパタと動かしては、電柱や外灯に止まり呼吸を整えた。平然を装った口調で月に悪態をつくコチだが、コチの呼吸は乱れていた。小さな羽のコチは、あまり長い時間飛ぶ事は苦手だ。しかし、今日はいつもより、なんだか呼吸が乱れて息苦しい。鼓動が騒がしいようだった。


 コチはまっすぐ工事現場の方に向かっていた。休み休みだから進む速度は遅い。いつものコチなら、今頃、行きつけの自動販売機でくだらないおしゃべりをしているはずだ。なぜ、コチが必死にそこに向かっているのか?月は知っている。月はコチの顔なじみだからね。コチが、夜にしか飛ばない理由だってコチは話さないけど、月はなんとなく分かってしまう。意地っ張りで嘘の下手くそなコチは簡単に見抜かれてしまうんだ。でもコチはその事を知らない。


            ✳︎


 「おいおい。なんだよ。これ?」


 コチは震える声を誤魔化すように月に聞いた。辿り着いた場所で目にしたのは見たこともないとても高い壁だった。その場所を覆い隠すように四方を高く白い壁が囲む。目の前の壁は威圧するようにコチを見下ろし、コチの立ち入りを無言で拒んでいるかのようだった。いつものコチであったなら、壁に貼られた「立入禁止」の文字が読めなくとも悩む事なく中に入らない選択肢を選んでいただろう。だってコチの身体は正直に震えていたからだ。


 「どこの誰が作ったかは知らないけど、この壁は趣味が悪いな。いくら何でも高すぎだよ。無駄に壁が偉そうじゃないか。この中が見たい奴がここに来たらどうするんだ?そんな奴の事を考えてちゃんと作ったのかい?全く中が見えやしない。責任者はどこのどいつだ?」


 月は何も答えない。コチの独り言を月は静かに見守っていた。


 コチはちょっとだけ壁に近づいて中の物音を探った。


 「静かじゃないか。いつもの下手くそな歌声が聞こえないぞ。」


 コチは壁にもうちょっとだけ壁に近づいてみた。


 「なんだよ。こんなの建てるからビビって黙っちまったのか?」


 コチは体に着いた恐怖を払うようにぶるっと羽を動かした。そしてそのまま勢いをつけ、壁の頂上に向かって飛んだ、が半分にも届かず勢いは止まった。羽をいくら動かしても体が上に持ち上がらない。右へ行ったり、左へ行ったり、同じ高さの所を彷徨うかのようにただ浮いていた。不憫に思ったのか風がコチの重いお尻を押す。風が何度押してもコチの体は持ち上がらない。コチはすぐに力尽きた。落ちる体はなんとか壁にしがみついた。ヘッピリ腰で壁にくっつくコチは、ジリジリと短い手足を動かし、ちょっとずつ壁を登ることにした。這って登った方が早いって事に気づいたようだ。


 なんとか、壁の頂上まで登ったコチは、ゆっくり塀の中を覗き込んだ。


 しばらくの間、コチは黙ったままだった。きっと頭の中でそう何度も繰り返し問いかけたのだろう。 


 「本当にここ?」


 コチが絞り出した声が虚しく空に響く。月はいつものように何も答えてはくれなかった。 


 


 この空き地には昔、人間が住んでいた。その証拠に、その空き地には人間の住処であった背の高い廃墟が寂しげに立っていた。


 廃墟には止まったままの時計が掛けてあり空き地を見下ろしていた。でも止まった時計の針を気にするものなど誰も残ってはいない。そこは、人間が忘れ去った場所だった。


 空き地には、もう2度と人間が足を踏み入れることがないように草は犇めくように茫々と空に向かって伸びて、自ら防壁となって張り切っていた。張り切って伸びた草のおかげで、日中は、鳥などの煩わしい来客者から隠れる術を与え、夜には、その伸びた草に登り、月に近い場所で、月光浴を楽しむものや星に名前をつけるもの、音楽を奏でるもの、ダンスを踊るものもいた。月が昇ればそこはダンスフロアだった。


 コチは、夜な夜なそこを訪れ、不機嫌な月を見ながら気持ち良さそうに歌う良質な虫の愛の歌に酔いしれ、誰にも見向きもされない下手くそな歌をからかうのがお決まりの夜だった。


 コチの知っていたこの場所は、人間の言う通り本当に誰もいない空き地になっていた。今は、張り切って伸びる草はなく、虫の歌声も聞こえない。月だけが取り残されたようにぽつんと空に浮かんでいた。月光が照らしているのは、色のない瓦礫の砂山と崩れかけの廃墟、冷たい大きな手や顎を地面につけて、もう動かない重機達だけ。他には、何もない。


 コチの目指していたその場所は、いつの間にか知らない場所に変わっていた。


 コチはぐるぐると靄が掛かった自分の頭の中のように工事現場の上をただ飛んでいた。いくら飛んでも、目に入ってくるのは同じ。色のない世界。崩れた瓦礫は至るところで砂の山になり、コンクリートの塊から血管のように突き出た針金が砂から覗く。その山を潰した形でそこを通り過ぎた車輪の跡が模様のように錯乱していた。月まで届きそうだったあの伸びた草達はもういない。そのどの草よりも群を抜いて高い壁がこの場所を四方で囲み閉ざしていた。


 月が太陽のように輝かなくて良かった。


 コチは動かない大きな重機の上に恐る恐る着地した。どこだか知らないがショベルカーの顔色を伺う。冷たく動かないそいつはどうやらもう動きそうもない。


 「やれやれ。世界はこうも簡単に変わっちまうものかね?」


 平静を装ったコチの震える声が虚しく夜空に消える。


 「君、見かけない顔だよね?ここに何をしに来たんだい?」


 恐る恐る上から下を覗くと、今にも地面がヒビ割れ崩れそうなほどの重そうな体についた足には、何度、潰されたのだろうか、潰れた土や小石が足にへばり付いていた。イビツなほど大きな手の指の間には色のない塊のカスとわずかな緑の草が絡まっていた。


 ショベルカーは答えているのに、コチはその答えをはぐらかすようにその手から視線を逸らした。


 こいつが何者で何のためにどこから来たのか知るはずもない。コチの周りには、コチの知らない大きな力が溢れかえっていた。「どうして?」なんて、それをいちいち考えていては切りがない程だ。知ってもコチにはきっと理解ができやしないのだろう。


 今、この大きな重機は動かない。だからコチに危害を加えない。それが一番重要な事だ。


 それでいいじゃないか。


 抑えようとしてもコチの鼓動は激しくなった。コチは口から「叫び」に化けて、飛び出してきそうな鼓動を吐き出さぬように、ぐっと堅く口を閉ざす。でも、コチの脳裏に何度も一匹の蝶が通り過ぎ、それを邪魔する。コチは、その蝶を追い払うようにゆっくりと深呼吸をして、暴れまわる鼓動を落ち着かせて、言葉に変えた。


 「どうしようもないだろ?僕に何ができるっていうんだ・・」


 コチは、何もかもを追い払うように羽を動かした。


 「帰ろう。」


 コチは、独りぼっちの月に一瞥した。 


 「また、あの高い壁を登るのか。全く。趣味の悪い壁だ。」とコチは、気を紛らわすように近づいてくる壁をわざと煩わしそうに見つめた。そして、ため息をつく。体はとてつもなく重かった。コチはそれも気付かないふりして進んだ。


 「あなたは蝶々さん?」


 突然、声がした。


 コチはその声に心臓をギュっと掴まれ、そのまま引っ張られるように、咄嗟に瓦礫の影に隠れた。ドンドンドン鼓動は「どこどこ」と叫んでいる。コチはすぐに辺りを見回した。コチの目に映っているのは、やっぱり不規則に積み上げられた瓦礫の山。


 空耳だろうか?


 コチは月を見上げる。


 「しゃべった?」


 激しくなり続ける鼓動の音に気を逸らす為だ。


 でも、なんだか、月はさっきよりも輝いているように見えた。


 月明かりはゆっくりと下に向かって降り注ぐ。


 コチは月明かりに誘われるようにそこに視線を向けた。


 さっき通り過ぎた盛り上がった瓦礫の山と山の間。


 何だかその谷間に光が降り注いでいる。


 そんな気がした。


 コチは、羽を小刻みに動かす。


 さっき通った月光の落ちるその場所に恐る恐る近づいた。


 高鳴る鼓動。それを抑えるように息を殺す。


 もうすぐ・・


 そして、


 チラリと谷間を覗いた。


 あ、


 いた。


 そこには、半分砂に埋もれた一輪の花が咲いていた。


 


 「やっぱり来てくれたのね。蝶々さん。蝶々さん?あれ?」


 半分灰色の砂を被った花は、確かにコチを見て「蝶々さん」と言っていた。


 コチの体の中を何かがこみ上がる。こみ上げたものは困っただろう。せっかく来てもらったのに行き場所を失ってしまった。コチは、出て行かせるものかと、目と口を必死に閉ざしていたからだ。


 さっきから、コチの中には、色々なものが閉じ込められている。


 コチは、何も見なかったかのようにそのまま花の上を通り過ぎていた。


 「蝶々さん。私はここよ。」


 コチは、確かに聞こえる花の声に気づいていないふりをした。そして、何も見ていないと訴えるようにキョロキョロと下手な演技をする。


 「なんだろう?気のせいか?」


 三文芝居で空を見据えるコチの言葉は棒読みで滑稽で、バタバタと動かす羽はいつもより増してぎこちないものだった。


 「ここよ。ここにいるわ。」


 背中を追いかける花の言葉を無視してコチは花が見えないであろう所までやってくると急いで逃げるようにその場を離れた。


 この場所を囲む四方の高い壁が立ちはだかるが、コチの頭は真っ白だ。見えちゃいない。無我夢中で羽を動かしたコチは、あれだけ苦労して登った高い壁を難なく乗り越え、滑り落ちるようにそのまま壁の外側にしがみついた。


 「飛び越えられたじゃん。」


 コチの内なる声も今は聞こえない。


 「ここよ・・」


 最後に微かに聞こえた花の声は力なく、ただコチの聴覚にはしつこく鳴り響いた。


 コチの呼吸が整えるには随分と時間をかかった。


 その間、コチの様子を月は呆れたように見ていた。


 コチは月のそんな顔に気がついて、誤魔化すように話す。


 「見た?こんなに高い壁を簡単に飛び越えたぜ。どうだ。やればできるだろ?」


 コチがいくら花の出現をなかった事にしたくても、月の冷たい視線は、はっきりコチに訴えかけた。コチはすぐに月から目線を外す。


 「別に逃げたわけじゃないよ。」


 コチはチラッと視線を上げるが、また、すぐに下げた。


 「あの花。僕を蝶々だって?失礼しちゃうぜ。僕のどこが蝶だよ。」


 コチは、さも怒ったかのように振舞うが、月の視線は変わらない。都合が悪くなると、突然怒ったふりをするほど、カッコの悪い事はない。コチだって羞恥心くらい残っている。


 「まあ、別に勘違いなんて誰にでもあるよな・・」


 コチはさっきの怒りを撤回するように、ボソっと囁いた。


 「ただの勘違いさ。」


 続いて、コチは冷静に自分に言い聞かせた。


 「木枯し」というあだ名。


 時に花の悲鳴だって起こす奇跡のその名を何度も勘違いだって、何度もコチは自分にそう言い聞かせてきたんだ。


 


 「行っちゃった・・」


 壁の向こう側から声が聞こえた。花の声だ。


 「せっかく蝶々さんがここに来てくれたのに。私に気づかず行っちゃったね。」


 コチは壁の奥に顔を押し当てた。そして、何度も頭の中で繰り返し聞こえてくる花の悲しいあの声を消して上書き保存できないものかと聴覚を研ぎ澄ました。でも、聞こえてくるのは、また、悲しい声かもしれない。コチの心臓の音が花の声を聞く事をやたらと邪魔をする。


 「ねえ。お月さま。私は本当に花を咲かせたの?ここじゃ誰も教えてくれないの。」


 「なんだ、あの花も月と話すのか。」とコチは月を見上げると月はまだ呆れた様子でコチを見ていた。


 「なんだよ。何が不満なんだよ。」


 コチは月を睨み返すが、バツが悪くなったのかすぐに月から目を逸らした。都合が悪くなると突然怒ったふりをする。変わらずコチはカッコが悪かった。ただ、どうする事もなく。羞恥心を見て見ぬふりをした。


 「僕を蝶々と勘違いするなんて、あの花はなんて間抜けなんだ。僕を蝶々だと思って追いかけてきた、あのバカな人間の子供と同じさ。全く馬鹿な花だよ。」


 コチは、一瞬、虫取り網を持った子供に追いかけられた記憶が蘇るがすぐに消えた。背筋が震えるような記憶だったが、さっきコチ自身がやってしまった三文芝居の方が、よっぽど背筋が震える記憶だった。無邪気さとは程遠い。少し歪んだ表情で再び空を見上げるコチ。コチの見上げる空にはやっぱり呆れた月がぽっかり浮かぶ。あの花の見る月も呆れ顔なのだろうか。


 月がいつ返事を返したのか。再び花の声が塀の奥から聞こえる。


 「そうよね。きっと私には綺麗な花が咲いているわ。なぜ、あの蝶々さんは私に気づかなかったかしら?やっぱり私が砂に埋もれてしまったせい?」


 月は、こいつのせいだと言わんばかりにコチを睨んでいる。


 「いえ、そんな事はないわ。こんなにお月様の光を感じるもの。きっとあれね。実は、私、よく見えなかったの。お月様はあの蝶々さんの顔を見た?きっと間抜けな顔をしていたはずよ。だって私の花に気づかないのだもの。」


 コチはまんまるな目で壁を見つめた。


 「フフッ。ひどい事言うわね。私。」


 笑う花の声にコチはムスっとしながらも、どこか、花の言葉に救われたようだった。


 良かった。笑っている。


 「よし。帰るか。」


 上書き保存完了だと、コチが欠伸して見上げた空。月は、まだコチを睨んでいた。


 「うるせえ。うるせえ。もう帰るよ。」


 その時、突然、コチのとまっている壁が激しく揺れガタガタと轟音をたてる。


 ん?


 次の瞬間、ビューっと強い風がコチを襲った。コチの羽は激しく乱れ、コチは振るい落とされないようガタガタと揺れる壁に必死にしがみついた。 


 「え、え、ナ、ナ、ニ、ナニ、ナニ?」


 コチの言葉も揺れる。コチは、まるで強風に煽られる旗のように上に下に右や左にと体をゆさ振られ、小さな細い手でなんとか壁に必死に掴まりながら飛ばされないように持ちこたえる。風は、壁の上から下へ、そして、壁の隙間から壁の中へ入ろうと何度も何度も壁を激しく揺らす。


 急に風は止んだ。何かを連れ去るかのようにヒューイとどこか遠くへと消えていった風の音。後には、また静けさが戻った。 


 「何よ?今の?」


 静けさに、コチの声が響く。コチの体の向きが気づけば逆さを向いていた。コチは乱れた羽を整えるように小刻みにブルッと羽を揺らしたが、ぴょんと寝癖のように一本羽が逆立った。


 静まり帰ったこの時間に突然歓喜の声が壁の奥から聞こえてきた。


 「わあ。見て!お月様。風が私の砂をどこかに連れていってくれたよ。」


 どうやら、さっきの風が花に覆いかぶさった灰色の砂を吹き飛ばしたらしい。


 コチは、あまりにも喜ぶ花の声に、壁の中の様子が気になった。でもコチは、ちらっとでも壁の中を覗く訳にはいかなかった。空には月がいる。気になっている所なんて見せる訳にはいかないのだ。「だったら、逃げるなよ。」なんて痛い所突いてくるに違いないのだ。コチは月の言わんとする事は全てお見通しなのだ。ここで花の声に耳を傾けている分には問題ない。ここなら幾らでも言い訳が言える。「花の声なんか聞いていない。そんなの聞こえた?」とか。「疲れたからここで休んでいるだけだ。」とか。「根拠を出せ!根拠を!」とか。言い訳ならいくらでも言える。


 コチのくだらない思考を喜ぶ花の声が消した。


 「今度またあの蝶々さんが、ここに訪れてくれたら、今度は私の花に気づいてくれるかしら?」


 花の声は希望に満ちていた。


 「いくら間抜けでも今度は大丈夫よね。フフフッ」


 そよ風のような笑い声。


 コチは、ちらっと月の顔色を伺った。やっぱりコチの予想通り、「早く戻れ」と急かすようにコチを睨んでいる。


 「だから、僕はチョウ何かじゃないよ。僕が戻った所であの花は、きっと間違いだって事に気付くんだ。もう少し、お前の光を僕にあててごらんよ。きっとお前も納得するさ。」


 コチは月に訴えるように話すが、月はただ睨むだけで、コチの言葉に納得していない様子だ。


 再びコチの羽が揺れる。勢いはないが、風がまた戻ってきた。コチは、少し嫌な予感がした。


 「なんだ?また戻って来たの?」


 風はしきりにコチの羽を揺らしていた。


 「おいおい。また急に暴れたりするなよ。君たちの仕事はもう終わったはずだ。あの花の砂をどかしてやったんだから。よくやったじゃないか。褒めてやろう。」


 コチは、不審な面持ちでさらさらと揺れる羽を見ていた。


 「なあ。いつまで僕の羽を揺らしているつもりだい?」


 「そうか。僕にさっきの事を謝りたいのかい?いいってもう。過ぎた事だ。」


 生暖かい風は、今にも走り出しそうだ。


 「ほら、もうどっかに行きな。ほら、喜ぶ花の頭でも撫でてこいよ。」


 そう言いながらもコチの手足には力が入っていた。春疾風がいつまでも黙っているはずはない。今か、今かと吹くかもしれない強風に対して身を構えていた。


 すると風が止んだ。


 「風さん。ありがとう。そうね。今度はきっと気づいてくれるわ。」


 風は本当に花の頭を撫でに行ったのか。壁の奥から、花の声が漏れる。風が離れた事を知り、コチの体の強張りが溶けた。


 次の瞬間、突風が吹いた。


 待ってましたとばかりに、風は猛スピードでコチに襲いかかった。不意を突かれたコチは、空中に投げ出される。ビューっと吹いた風は、コチを遊んでいるかのように、無邪気に上下左右と宙に転がした。空中でコチの羽はくるくると絡み合うようにに踊り狂う。悪態を口にする余裕はコチにはなかった。回る頭の中で、言葉が一緒になって回る。その光景は月が引くほどだった。


 「今、僕はどんな状態?」くるくると回る朦朧とした意識の中で、どっちが空でどっちが地面か、答えを探した。進んでいる先が地面だと分かるのがもう少し遅かったならコチは、風の勢いに乗って、工事現場の瓦礫の山の中に突っ込んでいたかもしれない。急ブレーキをかけるようにコチは空中に止まった。


 恐怖で閉じていた目をゆっくり開く。


 花がいた。


 コチの目の前に月光できらめく花が再び現れた。こんなに近ければ、もう見て見ぬフリなんて出来やしない。遠のく意識の中コチは言った。


 「やあ。」


驚いた花の顔が徐々に笑顔に変わる。


 「やっぱり見つけてくれた。」


 静かな夜だから安堵と喜びに満ちた花の声が月まで聞こえただろうか?さっきまでコチを乱暴に運んだ風が優しく花びらを揺らし通りすぎた。


 花は小さな声で「ありがとう」と囁いた。


 そして、コチは、くるくると回る視界の中でとうとう意識を失っていた。喜びを分かち合おうとやってきた風のハイタッチに、叩き落とされそのまま地面にポトリと落ちた。


 「蝶々さん?」


 コチの意識にようやく花の声が届いた。コチはいつの間に眠ってしまっていたらしい。いや、あれは気絶だ。暴風が嘘だったかのようにやけに夜は静か。何も見なかったとばかりに月も薄い雲に隠れぼんやりと淡い光を浮かべる。


 静寂な夜。花の声だけがそこに響いていた。


 「蝶々さん。大丈夫?どこにいるの?」


 何度も聞こえる花の声。花の声はコチのすぐ近くから聞こえた。雲に隠れた朧月を見上げながら、コチは、聞こえてくる声から花の場所を探した。


 目の前に花が現れてそこからよく覚えていなかった。ポテッと落ちてコロコロと瓦礫の山を転がっていったのだろう。瓦礫の山を一つ隔てて、コチと花は隣にいるらしい。どうやら、花の場所からは、コチの姿が見えないようだ。


 なんとなく今の状況を把握したコチは、ムクッと起き上がり、体の調子を自分の体に伺った。特に痛むところはないし、羽も傷ついてはいなかった。ただ、体を動かすとそれに反応して得体の知れない化け物が腹から頭をぐるぐると這いずり回った。


 「うぅ。気持ち悪い。」


 コチは頭を押さえ、なんとか化け物を落ち着かせる。月は雲に隠れ、コチの様子を伺っている。不機嫌に体の砂をはたくコチ。月がコチのご機嫌を伺いながらそぉっと雲の間から顔を出した。コチは月を見ようともしなかった。コチは、静かに少しずつ羽を動かし、少し動くたびに、気持ち悪くなる頭を宥めながら山を登る。


 コチは頂まで来ると花に気付かれないように隠れながらゆっくりと谷底を覗いた。そして、花の横顔を見つけた。さっきは一瞬で分からなかったが、花にかぶった砂は綺麗に風が運んでいた。花びらは月明かりに照らされ、淡いピンク色がかすかに夜に浮かんでいる。心配そうにキョロキョロと辺りを探している花。声には、徐々に悲しみが現れ始めていた。


 

 月はとにかく心配だった。


 いくら何でもあの風はやりすぎだ。でも、あんなにめちゃくちゃに飛ばされた虫を見て、何故だろう、思い出すと笑いそうになるじゃないか。いや、笑ってはいけない。あんな勢いで飛ばされたんだぞ。気を失うくらいで済んでまだ良かった方だ。怪我でもしたらどうするんだ。笑うなんてけしからん。そう思えば思うほど、笑いそうになるのだ。まだ、雲の間から顔を出すには早かったんじゃないかな?月が心配なのは、今のコチを見て吹き出して笑ってしまう事だけじゃない。あんな飛ばされ方をされたコチの気持ち。あんな飛ばされ方をされたのに笑いの対象にされているコチの気持ち。あのちっぽけなコチの気持ちを考えると心配だ。きっと、あいつはヘソを曲げている。月の嫌な予感。今、必死にコチを探すあの花の言葉をきっとコチは無視するだろう。さっき、やったみたいにきっと花を傷つける。ましてや、闇雲に暴言なんて吐かなきゃいいが。月は心配そうにコチを見ていた。

         


 「あれ・・?見間違いだったのかな。いえ、私はちゃんと見たわ。声だって掛けてくれたもの。大丈夫よ。大丈夫。」


 しきりに自分に言い聞かせる花の声が静かな夜に悲しく響く。もちろんその声は、そばにいるコチの耳にも届いていた。


 ほら、やっぱり。あいつは無視をするんだ。月は、もちろん知っていたさ、と予想の範疇であると自分に言い聞かせ、溢れ出てくる苛立ちを抑えようとしていた。


 声がした。


 「ここだよ。ここ。」


 


 ・・あれ?


 月は、あいつ?と宙を舞う風に問う。


 「ここにいるよ。僕が見える?」


 恥ずかしそうに、でも優しいコチの声が確かに月まで届いた。ぼんやりした月明かりじゃなかったなら、あの日のようにコチの真っ赤に染まった顔が見えた事だろう。


 月の安堵したため息を夜風が運ぶ。


 


 夜風が花の頬を撫でる。花は、積もったばかりの悲しみを息と一緒にふーっと吐き出し、その風は閉ざされたひとりぼっちの部屋の扉を開いた。


 


 「ど、どうも。えっと、ごきげんよう。あっ、いや、こんばんは?」


 花の声は緊張した様子で、所々上ずっていた。それでも、なんとか、明るい印象を与えようと、何度言葉がつまずいたり、転んだりしても話し続けた。


 「お、お会いできてとても嬉しいわ。えっと、あなたはどこにいるの?ここからでは、あなたが見えないみたいなのです。」


 花は、必死で見えない相手の顔色を伺うように話していた。コチはというと、なにやらモゾモゾ動いている。コチは、「別に大した事じゃないだろ?」と自分に言い聞かせ、月に、その余裕ぶりをアピールするようにその場所で、楽な体勢がないかと、何度も体の向きを変え、月と花の見える絶好の位置を探していた。「こりゃ良い。」と最適な体勢で月を見上げるコチ。早く返事をしろ、と、そんなコチを月が睨む。そこでは、月を見上げ、横を向くと花の横顔が見えた。花の横顔は、コチの返事を待ち望んでいた。コチは、ばれないようにゴクリと息を飲む。そして、ゴッホンっと息を整えた。


 「君の近くだよ。とっても月が良く見える場所さ。」


 花は、まだ、コチの事を探していた。声から近くにいる事は分かっても見つける事は出来ないようだ。ドキドキと瓦礫の山の上に寝転がるコチだったが、コチは、花が、自分の事を探せない理由をすぐに理解した。コチの羽の色はくすんだ色で瓦礫によく溶け込んだ。弱い月の光では、発見は難しい事だろう。第一に花はコチの事を蝶々だと思い込んでいる。見つかるわけがない。


 「私の場所からも月がとっても良く見えます。すぐ近くにいるんですね?でも、ごめんなさい。やっぱり暗がりであなたを見つける事が出来ないのです。」


 花はお月様とは言わず、コチに合わせるように月と呼んだ。


 「見えなくて当然さ。月の光は弱いから、音の方が良く見える。だから話をするには、月の世界はもってこいの世界なんだよ。」


 月は自分のせいにされている事が不服だったに違いない。


 「ここは、月が良く見えて寝心地の良い場所だから、今日はここで君とお話をしながら眠る事にしよう。いいかな?」


 不服そうな月の視線に気付かないコチ。


 「もちろん。」


 「嬉しいです。ずっと誰かとお話しがしたかったから。」


 優しくコチの耳に触れる花の声。花は、もう、コチの姿を見たいとは言わなかった。


 「それは良かった。」


 でも、コチは話をしようと言っときながら、何を話していいか、分からなかった。花はずっとコチに気を使いながら話をしているし、コチは、そんな風に話される事に慣れていない。コチも花に対して、そうやって話さなければならないような気がする。相手に気を使った言葉をコチはいくつ知っている?そんな事を考えていると、自然と沈黙が現れる。すると、花から口を開いた。


 「今日はとても月が綺麗な夜ですね?」


 せっかく花から話を振ってくれたのに、空に浮かぶ月を花に合わせて褒める気にはなれなかった。月の話をしていると、月の視線が気になって仕方がない。月は澄まし顔。コチは月に言うように答えた。


 「そうかな?いつも通りさ。今日もお月様は不機嫌そうな顔をしているよ。」


 花は、思っても見ないコチの返事に少し戸惑った様子だったが、何か解放されたかのように花は少し語気を強めて答えた。 


 「不機嫌?私には、お月様が笑って見えるわ。」


 コチもいつの間にか語気を強めていた。


 「月が笑うだって?僕は月に笑いかけられた事なんて一度もないよ。ひどいやつだよ。あいつは。きっと相手を選んでいるんだな?」


 真面目に言っているのか?花は、月をけなすコチの言葉が、妙に親近感があって可笑しかった。花は、クククッと笑った。


 笑わせるつもりではなかったのに、花の笑う横顔を見てコチは何だか不思議な気分だった。悪い気分じゃない。壁の外からでは覗けなかった花の笑う横顔が、ようやく見えたからだ。


 「お月様が相手を選んでいるなら、光栄だわ。お月様は、いつも私のそばに来て笑っていてくれるから、私はとても安心するのよ。だからあなたと一緒にお月様の悪口は言えないわ。」


 花の言葉からは、もう緊張の糸は解けていた。


 「それは、残念だ。今日は、月に言ってやりたい文句が山ほどあったのに。君が参戦してくれないならやめておくよ。月も君に感謝すべきだな。」


 「そうね。やっと少し恩返しできたかしら。」


 そして、花はクククッと笑った。コチはきっと気付いていないだろうが、この時コチも一緒になって笑っていた。


 なかなか良い雰囲気じゃないか、と見ていていたのは、やっぱり月。その会話のほとんどが私の会話だとまんざらでもない表情だったが、コチは、ほとんどもう月を見ていなかった。花が良く笑うものだから、その表情を見る事で忙しかったのだ。「なかなかうまくやれている。」コチもきっとそう思っていたのだろう。でも一瞬忘れていた事が突然、花の言葉によって思い出された。


 「ねえ。蝶々さん。あなたはどこから来たの?」


 花は、笑いながらあまりにも自然にコチを蝶々さんと呼ぶものだから、コチも危うく「なんだい?」なんて返事をしそうになってしまった。そうだった。花はコチの事を蝶だと思い込んでいるのだ。勘違いは継続中だった。そうだろ?だから、あんなにたくさん笑っているんだ。あの笑い声は自分に向けられたものではないとそう思い、コチは返事に困ってしまった。コチは、何も答えない。沈黙が、なんだい?と現れた。


 月は、どうした?と心配そうに遠い空からコチの様子を見守った。


 「蝶々さん?・・」


 花は、どうしてお前がやってきたのかと訪れた沈黙を追い出すようにコチに聞いた。


 意を決したコチの不自然な笑い声が夜空に響く。


 「ハッハッハッ。僕が蝶だって?何を言っているんだよ。僕は蝶なんかじゃないよ。」


 「えっ?」


 やってしまった、と月が頭を抱えるようだった。


 コチはまるで降臨してきた大魔王のように、空を見上げ、ハッハハハ、と声を出し笑う。


 また、あの三文芝居だ。うんざりするような月の視線を感じる。でも、そうする事で、花の悲しむ顔も悲しんだ声も見なくてすむ。心を閉じるようにコチは大きな声で笑っている。


 異様な笑い声の隙間から、花の声が聞こえた。


 「・・なさい。」


 うるさいコチの笑い声が花の一言によって止まった。


 なんて言ったのだろう。悲鳴ではなかった。コチは、恐る恐る花の横顔を見た。花の表情はやはり曇っていた。花のあの笑っている顔は、もうまぼろしのように遠くへ行ってしまった。「大丈夫さ」コチには、瓦礫に溶け込むくすんだ羽がはっきりと見える。「大丈夫。大したことじゃない」と羽で瓦礫の表面を軽く撫でる。


 静かになった夜。月の世界では、花の声がやっぱりよく聞こえた。


 「ごめんなさい。私、ひどい勘違いをしてしまったのね。失礼な事を言ってしまって本当にごめんなさい。」


 花の言葉は案の定、悲しみに満ちていた。でも、それは、悲鳴のようなコチを追い出す悲しみではなかった。花の悲しみの中にはちゃんとコチがいたような気がした。大声でバカみたいに笑っていた自分が急に恥ずかしくなった。


 「おいおい。謝らないでくれよ。別に構わないよ。僕はそんな蝶のような大したやつじゃないから、間違えてくれて光栄さ。」


 コチは花を慰めるため、今まで思ってもみなかった事を口にした。コチはすぐに自分が言ってしまった事を後悔する。思わず蝶なんかを持ち上げてしまった。小さなコチの小さなプライドだ。そんな小さな舌打ちはきっと花には聞こえなかっただろう。


 「本当にごめんなさい。恥ずかしいわね。飛んでいるあなたを見て蝶だと思い込んでしまったみたい。実は、私、この世界のことをあまり良く知らないの。ここには、ほとんど誰もこないから。お話するのも久しぶり。最初、私の会話おかしかったでしょ?本当に笑われてしまわないか、ヒヤヒヤしてたわ。」


 コチは、壁の中で広がる瓦礫の山を見回した。ここで独りぼっちの花が謝るにはどうしてもおかしい状況だ。


 「実はさ。君が不自然に「ごきげんよう」とか言った時、必死で笑いを堪えていたんだよ。でも、心の中では爆笑さ。だから、もう謝らないでくれよ。そんなに謝られたら、今度、ふと、君を思い出した時に思い出し笑いがしづらくなっちゃうだろ?」


 コチは笑いながら話す。花は、恥ずかしくなったのか。大きな声を出した。


 「ひどいわ。やっぱり笑っていたのね。」


 「だから笑っていないって。必死で堪えたって言っただろ?でも、君は見たかな?あの時、月は腹を抱えて笑っていたよ。やっぱりあいつはひどい奴だな。デリカシーを知らない。」


 唖然と空にぽつんと浮かぶ月。


 「嘘ね。あなたはさっきお月様の笑った顔を見た事がないって言っていたわ。また、お月様を悪者にして。ひどいわね。」


 ホッと月は空に浮かぶ。


 「やっぱりダメか。君と一緒に月の悪口を言う事は、どうやら今日は本当に難しいみたいだ。もう諦めるよ。」


 花は、また、クククっと笑っていた。


 「私とお月様の関係は特別よ。そんなに簡単に切れないわ。お月様が来てくれなかったら夜が寂しくてしょうがないもの。」


 「それは、悪い事をしました。」 


 「謝らないで。あなたも私の失礼を許してくれたんだから。これでお相子になるかしら?」


 どんな計算をしたらそれがお相子だと導く事が出来るのだろう?こんな難問、人間だってきっと解けやしない。コチは、少し後ろめたさを感じながらも「うん。」と小さく頷いた。


 「良かったわ。これであなたも思う存分、思い出し笑いができるわね?」


 「そうだね。でも、なるべく控えるよ。」


 花は、ほっとしたように、コチに言った。


 「あら、優しいのね?」


 クククっと笑う花の笑い声は確かにコチに向けられていた。


 「ねえ。さっきの話だけど、ここには誰も来ないの?」


 何気なく聞いたコチだったが、花は、一瞬、黙った。でも、コチが自分の軽々しい質問を反省する前に、花はすでに笑顔に変わっていた。


 「そうね。誰も来ないわ。でも、お日様が昇るとここには、人間がやってきて、ものすごく賑やかになるのよ。」


 「げぇ。人間か。」


 コチは、気を紛らわすように、嫌な声を出した。


 「あなたは、人間が嫌いなの?」


 「嫌いって訳じゃないけど、苦手だよ。だってあいつら不気味だろ?いったい。何を考えているか全然分からない。」


 「そう?」


 花は、どういう事なのか、コチの言葉にコチの世界を探した。


 「例えばだよ。人間が歌を歌う姿を想像できるかい?」


 花はクククッと笑った。良かった。今度は無理に作った笑顔じゃない。


 「あなたはびっくりするかもしれないけど。私、人間が鼻歌を歌っている姿を見たことがあるわよ。」


 「またまた。冗談だろ?」


 コチは、からかうように花に言った。


 「本当よ。人間は歌も歌うし、とても物知りなのよ。人間は私に色々と教えてくれるわ。」


 「そんな事言って。君は人間の話す言葉がわかるの?」


 「ええ。わかるわよ。」


 花は自慢気に言う。


 「どうだかねえ?」


 コチは、半信半疑に花に答えるが、花は、コチの反応を知ってか知らずか、話を続ける。


 「ここは、賑やかな場所だから、普段聞こえる人間の声は、叫ぶような声だけど、突如、音が止まるとね、人間の声は穏やかで、人間同士話を始めるの。まあ、物を知らない私だから、物知りな人間の言う話はほとんどチンプンカンプン。」


 コチは、当たり前のように人間の話を続ける花に困惑しながらも聞き耳を立てていた。


 「でもね。今日、人間が話していた話は、とても素敵な話だったのよ。」


 急に花の声色が変わった。


 「ねえ、人間が今日話していた素敵な話を聞きたい?」 


 花は、弾むような声でコチに聞いた。コチは、はしゃぐ花を見て、少し照れてしまった。それは、花の言っている事が馬鹿げた事だとか、そういう訳ではない。月は徐々に遠のいて行くのに、楽しげに話す花が眩しいほどに輝くのだ。花が人間の話を聞けることなんて別に大した事ではないなんて思えてしまう。


 「どうせ、人間の言う事なんて嘘ばかりさ。」


 コチは照れを隠すように、興味のないふりをした。


 「いいから聞いて。今日は特別な日なの。あなたは流れ星を見たことがある?」


 「ナガレボシ?」


 「そう。流れ星。時々、夜空にヒュンって、光の線が見える事があるでしょ?あれをね、流れ星っていうの。」


 「へえ。あの走る星にそんな名前があるのか。」


 「そうよ。素敵な名前でしょ?でね。人間が話していたんだけど、その流れ星には、不思議な力があるのよ。」


 「不思議な力?」


 「流れ星が空にヒュンっと現れるでしょ。流れ星が現れて消えるまでのその間に願い事を言うの。そうすれば、その願い事を流れ星が叶えてくれるんだって。」


 「なんだそれ?やっぱり人間はとんだホラ吹き野郎だ。」


 「でも素敵な話でしょ?私は信じるわ。」


 クククっと笑う花。花が信じる空には、月がまだ端の方で、「お邪魔かな?」と淡い光を夜空に照らす中、星がちらほらと小さな光を撒き始めていた。


 「今日、流れ星は来るのかな?」


 コチが何気なくそう言うと、花は、その言葉を、待っていました、とばかりに話を始めた。


 「人間の話には、まだ続きがあってね。今日は特別な日なの。」


 「特別?」


 コチは花の横顔を見ながら答えた。


 「流星群よ。」


 花は、自分が集めた宝物箱から、一番とっておきの物を出すようにコチに言った。


 「なんだよ。それ?」


 「流星群っていうのはね。流れ星の集まりなの。流れ星が、空一面に現れて、空は降り注ぐ星でいっぱいになるのよ。」


 「ふーん。なんで?」


 「流れ星が空に現れるのって、一瞬でしょ?突然現れて、願い事をする前にすぐに消えてしまうから、みんな願い事が出来ないのよ。だから、きっと流れ星は、みんながお願い事できるように、集まる約束の時間を決めたのよ。でね。でね。」


 「あー。特別な日?」


 「そう。今日がその約束の日なのよ。」


 楽しげに話す花の声。傍で聞くコチが見つめる先には、一面の瓦礫と、大きな機械。コチは静かに口を開く。


 「今日が?」 


 「ふふっ。信じていないのね?」


 「だって人間が言った事だろ?人間はろくな事をしないからな。」


 「でも、私は信じるわ。今日は本当に素敵な夜だから。」


 花は微笑みながら答えた。


 そっと風が、花びらとコチの羽をそよそよと揺らす。あまり相手にされなくなった月がもう遠くへ移動し、それでも、二つの揺れる影をしっかり浮かばせていた。二人の間を何度も戯れるように優しい風が通り過ぎる。コチと花の間に優しい時間が時を刻む。


 「ねえ。あなたは流れ星に何を願うの?」


 花は思い立ったようにコチに聞いた。


 「えっ?」


 コチは突然の花の問いかけに言葉を詰まらせた。


 「だって、流星群は今日なのよ。ちゃんと準備しとかないともったいないわ。ほら、ねえ。何を願うの?」


 花は、執拗にコチに問いただし、その答えを待った。願いなんてものは、近頃のコチは考えた事もなかった。まだ葉っぱを齧っていた頃には、願いはすぐ近くでたくさん飛んでいたものだ。いつからだろう。「近寄るな」と距離を置いて離れていった。今はもう遠く見えないところまで行ってしまったようだ。近頃、とんと音沙汰がない。


 「そうだな。やっぱり世界征服だな。」


 そして、コチはあの大魔王降臨の笑い方をした。コチが出した答えに対して、花は吹き出しながら笑った。


 「あなたもホラ吹き野郎ね。」


 花は笑ってくれた。花はまだ側にいてくれている。


 「じゃ君の願いはなんだよ?」


 「えっ?私の願い?」


 花は少し言葉を詰まらせて、でもコチのそれとはちょっと違う。手探りで適当に今探している訳じゃない。逃げないように、大事に握りしめていたそれを、少し照れながら、開いていく。


 「ねえ。あなたは虹を見たことがある?」


 「えっ?今度は虹かい?」


 コチは何かを思い出した。


 ずいぶん懐かしい話。今は音沙汰のないあいつがまだ傍にいた頃の話だ。コチは虹を見たことがあった。


 それはまだ、コチの羽が生まれたばかりの頃だった。コチはまだ、うまく飛ぶことのできない羽を夢中で動かし、飛ぶ練習をしていた。コチの空にはまだ太陽がまぶしいほどに輝いていた。


 「次はあそこまで飛んでみよう。」必死に羽を動かすコチの上を鳥が風に乗って空高くから追い抜く。「すごいな。高いな。」コチはすぐに草の葉の上に体を休ませた。コチが葉の上で休みながら、次の目標を探していると、昨晩降った雨だろうか、水たまりを見つけた。水たまりはキラキラと太陽の光を浴び光っている。そこに見たことのない光が漂っている。


 「次はあそこまで行ってみよう。」


 見たことのない光に向かってコチは、また羽を動かした。バタバタと不器用に羽を動かすコチの頭上に3匹の蝶が現れた。


 「見てみろ。枯葉が飛んでいる。」


 蝶は、風に合わせてひらひらと優雅に空を羽ばたきながら笑っている。コチは、蝶が一体何を言っているのか分からなかった。コチは、出会い頭の挨拶として、「こんにちは」と声をかけようとするものの、まだ、飛びながら話す事を同時に行う余裕はなかった。蝶を見上げながら印象悪くしないよう顔だけは必死に笑顔を作っていた。


 「あれはなんだ?木枯らしか?」


 「おいおい。縁起でもない。せっかく春が来たって言うのに、木枯らしが吹く訳ないだろ?・・あれ?本当だ。木枯らしだ。」


 ゲラゲラと笑う3匹は、コチを馬鹿にしたままコチの上を通り過ぎた。


 「みんな逃げろ。木枯らしがやって来るぞ。」


 遠くの空から3匹の蝶の笑い声がこだまする。木枯らし?


 「よし。やったぞ。」


 コチは無事に水たまりまで辿り着くことが出来た。3匹の蝶の笑い声はもう届かないほど遠くへ行っていた。コチは「こんにちは」と見えない相手に呟いた。きっともう届かない。コチは、あの3匹の蝶が話していた意味が分からないままだった。


 辿り着いた水たまりの水面を見下ろすと、七色の光が風に揺れゆらゆらと揺れていた。


 「わあ。これが虹か。」


 虹の傍に、ゆらゆら揺れるもの。


 「ん・?」


 コチは、初めて虹を見た。そして、この時、初めて水面に映った自分の姿を見た。さっき、上を通り過ぎた3匹の蝶の笑い声が脳裏に再び現れる。木枯らし?「そういう事か。」


 コチが空を見上げても、虹は空にかかっていなかった。虹は、水たまりの中に閉じ込められたまま。水たまりには、虹とコチがゆらゆらと揺れていた。一緒にゆらゆら揺れる太陽がコチにはあざ笑っているように見えた。


 


 空は、暗い夜に戻る。


 花の話は続いていた。


 「私も虹を見たことがないの。」


 虹の話をする花の声はコチの声とは違い、流れ星の話のように弾むようなウキウキとした声だった。


 「ねえ。今度は虹の特別な話を聞きたい?」


 「なんだよ。また、人間に教えてもらった話かい?今度はどんなホラ話さ。」


 「残念。今度は、あなたが大好きな人間が教えてくれた話じゃないわ。これは、人間も知らない話よ。私が知っている特別な話なの。」 


 「君だけの話?」


 「そうよ。私の特別な話。きっと興味はないわよね。」


 花は遠慮がちにコチに聞くものだから、ひねくれ者のコチは、聞きたくて仕方がない。


 「散々人間のホラ話に付き合ったんだから、たまには君の話も悪くはない。どんな話さ?」


 花はふふふっと笑って、話を始めた。今にも消えそうな揺れる灯をそっとコチに差し出すかのように。


 まだ、花が、蕾だった頃の話。


 蕾の頭上を、高く伸びる草の葉がいくつも重なっていた。小さな空から見えるのは、ほっそりとした光でひっそりと空に浮かぶ月。賑やかに、音を奏でる虫たちの歌の間から声がする。


 「やあ。こんな所で、こんな可愛らしい蕾に出会えるなんて、今日はなんて素敵な日なんだ。」


 蕾が小さな空を見上げると、淡い月明かりに月影が羽ばたいていた。


 「また、来てくれたのね。あなたは誰?」 


 「俺は蝶さ。あれ?君とは二回目だったかな?いや、こんな可愛らしい蕾を俺が忘れるはずがない。どこかに、記憶を落としてきてしまったのかな?急いで拾いに行かなくちゃ。きっと、もっと俺の世界が色鮮やかに輝くぞ。」


 蝶々は、たくさんある葉っぱの一つにそっと腰を下ろした。


 「ふふふっ。ありがとう。蝶々さん。でも、良かったわ。私、まだ花を咲かせていないから、あなたとの約束を叶えられないのよ。」


 「約束?」


 「あなたが春を告げに来てくれるって話。忘れてしまったのよね?仕方ないわ。私、なかなか花が咲かないから。」


 蝶々さんは一瞬言葉を詰まらせた。そして、明るく蕾に話す。


 「残念だな。それは、きっと俺じゃない。でも、安心しなよ。蝶は約束を破らない。きっと君との約束を叶えるはずさ。」


 その優しい蝶の声は、どこか、蕾を安心させた。


 「ねえ。蝶々さん。世界は広いの?」


 「広いさ。こんなに。いや、こーんなに。」


 「ねえ。蝶々さん。世界は美しい?」


 「美しいさ。それに君が花を咲かせたら、もっともっと世界は美しくなるはずさ。」


 「ふふふっ。」


 「そうだ、君さ。虹を見たことあるかい?」


 「虹?」


 「大空を架ける大きな虹さ。」


 「私、見たことがないわ。」


 「これは自慢だからよく聞いてね。俺は、虹を見たことがある。俺が、小さくまだ葉っぱを齧っている頃さ。何、心配するなって。俺ももう大人さ。君の葉っぱを齧ったりしないよ。俺が夢中で大きな葉っぱを齧っていると、見上げた空に、大きな虹が架かっていたんだ。それはとても美しくて、空一面、手を繋いだようにどこまでも伸びているんだ。それから、俺は空にかかる美しい虹によじ登ろうと短い手を必死になって伸ばしているとさ。俺に羽が生えたんだ。」


 「いいな。私も虹を見てみたい。そしたら私にも羽が生えるかしら?」


 「君に羽が生えるかは分からないけど、きっと君も大空を飛べる日が来るさ。そうだ。俺は、君が花を咲かせたら、大きな虹をここに呼んで来てあげるよ。」


 「ここに虹を?」


 「そうだよ。ここに虹を呼んで。もう一匹の蝶と一緒に君の春を祝福しよう。」


 「素敵ね。それは約束?」


 「えっ?」


 「蝶は約束を破らないって、さっき教えてくれたから。」


 「もちろんさ。」


 花の話は静かに終わった。


 「それから、その蝶はここに来たのかい?」


 花は静かに首を横に振る。


 「その蝶は一体どこに行ったのだろうね?」


 「きっと虹を探しているのよ。」


 コチは、透き通るような花の声を聞き、苛立ちを覚えた。


 「馬鹿な奴だ。虹なんてただの揺れる光だろ。」


 コチは、花に聞こえないように、空に向かって誰かに囁いた。


 「ねえ。あなたも蝶に会った事あるのよね?」


 コチは「えっ?」と聞き返した。コチは、蝶をもちろん知っていた。


 「さっきあなたは、蝶は大した奴だって言っていたわ。蝶はあなたと何処が違うの?」


 コチのよく知っている蝶は一匹だけだ。どこが違う?何から何まで違う。


 「いろんな蝶がいるだろうけど、僕の知っている蝶は、ロクでもない。蝶なんて奴は現実も見ずに大きな羽で夢見がちにただひょうひょうと飛んでいるだけさ。自分勝手で。マイペースで。おまけに大層口が悪い。ただ、簡単に約束を破るような奴じゃない。」


 「良かった。やっぱり蝶は約束を守ってくれるのね。」


 「でも、僕の知っている小さな世界の話だよ。」


 「うん。」


 花は、頷いた。


 「虹か。それが君の願いなの?」


 「うん。」


 花は静かに返事をした。


 「でも、星はこんな願いを聞いてくれるかしら?」


 「まあ。そうすれば、今、必死に虹を探しているその蝶もきっと助かるだろうね。」


 花とコチは空を見上げた。花の笑う声が聞こえる。


 


 空には、相手にされずすねてしまったのか月はいなくなっていた。代わりに、星が夜空に集まり、光をチカチカ。何を話しているのか、やけに楽しげだ。すると一筋の光が夜空を翔ける。


 流れ星?


 コチは急いで花の顔を見ると花も流れ星を見ていた。花は時が止まったように、空を見つめていた。そして、みるみる顔を輝かせ歓喜の声を上げた。


 「わあぁ。」


 一面、満点の星空の間を、次々と光の線が降り注ぐ。


 「見て、見て。ほら、流星群よ。」


 花は急かすようにコチに言った。


 「うわぁ。」


 一筋の光から、溢れかえるように、次々と夜空を翔ける星がコチの小さな世界に現れた。コチも思わず声を漏らした。


 溢れるような星の数は、次々と降り注ぐ流れ星によってまるで増えているようにも感じられた。


 そうだったよね?て、コチに聞いてみるといい。コチは、きっと、あやふやに答えるだろう。コチはきっと覚えていない。コチはというと降り注ぐ流れ星に一瞬心を奪われながらも気がつくと花の喜ぶ横顔ばかりを見ていたからだ。 


 「いけない。忘れていたわ。早くお願い事をしないと。ほら、あなたも。早く、早く。」


 花は、急いで空を見上げて願いを込めた。 何度も繰り返すように。コチも花の急かす声に後押しされて、手を合わせる。


 願い事、願い事。なんだったけ?世界征服?違う、違う。そんなもん。どうでもいい。なんだ?なんだ?


 焦る気持ちから何となく開けたコチの瞳の先に、必死に願う花が映る。


 コチは静かに流れ星に願いをかけた。


 


 夜空は、落ち着きを取り戻した。時折、集合時間を間違えたのか、一筋の光が夜空を翔けるだけとなった。


 「本当に今日は素敵な夜だった。ね?人間の話を聞くのも時には良いものでしょ?」   


 「まさか。本当にあんなに星が降るとはね。全くここは、不思議な世界だ。」


 「ホラ吹きだなんて言って、人間に謝らなくちゃね?」


 「謝るのはまだ早いよ。願い事は叶っていないからね。」


 クククッ。花の変わらない笑い声。


 「そうね。願い事。叶うといいわね。世界征服。」


 「そんな願い事をいう奴はきっとホラ吹きさ。君も、虹が見られるといいね?」


 「あっ、いけない。私、急いでいたから別の願い事をしてしまったわ。」


 「えっ?別の願い事って?」


 「それは、内緒。」


 花は眠ってしまったようだ。


 空はだんだんと闇が溶け、薄く白けた空が広がっていく。もうすぐ太陽が空に現れ、色とりどりの世界を見張る時間になる。コチは花が目を覚まさぬように、そっと花に声をかけた。


 「そろそろ行くよ。」


 コチは、静かに花から去っていった。コチは太陽の視線に見つからないようにコソコソと寝床に向かった。

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