第15話 夕食です。努力はきっと報われるはずですわ!

 夕食の時間になり、部屋に迎えに来たシオンと一緒に食堂までの道程をアリアは歩いていった。

 その道中、アリアはシオンから哀の籠った視線で見つめられた。そして、シオンの顔を窺うと、優しく見つめ返してくれた。


 (俺は、ミスったのか!)


 そう心中で、嘆きを零したのだった。

 そうして、アリアは浅慮な愚行を後悔しながら廊下を歩いていくと、食堂のドアの前に到着した。


 (ここで、一旦気持ちを切り替えよう。こんな気持じゃ、夕食が不味くなる)


 アリアはドアの前で、一度息を吐き出すと気持ちを切り替えた。

 そして、シオンの顔を見据えると、厳かな姿勢で名前を告げた。


 「シオン」


 それを見て、シオンはゆるみを引き締めるとアリアを見つめた。


 「はい、アリアお嬢様」


 シオンは、アリアの次の言葉を緊張の面持ちで待った。

 そして、アリアはシオンを見据えながら、一度うんと頷くと重々しく言葉を話していった。


 「シオン。・・・。本日の夕食が楽しみですね」


 一転、相好を崩し朗らかな笑みを顔に浮かべた。


 「さぁ、行きましょう。わたくしを夕食が待っていますわ」


 ドアを一気に開けて食堂にアリアは、入っていた。

 シオンもアリアの様子に少し口角を上げ、アリアに付いて食堂に入っていった。

 そして、アリアは夕食の時の食堂の光景に見入った。


 (気持ちを切り替えて正解だったな)


 心中でそう零し、蝋燭の炎で薄暗く照らされた食堂を感嘆のため息と共に見渡した。

 食堂は、中央の天井から吊るされた巨大なシャンデリアによって薄く照らされていた。そして、白いクロスを上に敷かれているテーブルはオレンジ色に照らされ、上に置かれた燭台に揺らぐ、蝋燭の火が作り出す影によって幻想的な雰囲気を作り出していた。

 更に、目の前の一枚ガラスから見える月明かりに照らされた庭の景色にも感動した。それは、白い月光に照らされ、幽かに植物の輪郭が見えるだけであったが、ぼやけた様が幽玄の趣を深く表現しており、言葉では言い表すことのできない美であった。

 アリアは、静かに2つの美を観賞した。

 入り口付近で固まってしまったアリアに、シオンは躊躇いながら声を掛けた。


 「アリアお嬢様、いかがなさいましたか」


 声を掛けられたアリアは、楽しそうに口を開いた。


 「ごめんなさい、シオン。朝と同じになってしまうけど、この場所から見える光景の美しさに夢中になっていたわ。すごく綺麗よね」


 瞳を輝かせて見上げてくるアリアをシオンは優しく見つめた。


 「そうですね、お嬢様」


 シオンは、そう返してアリアを席まで案内した。






 席に着くといつの間にか傍にいた執事長のジェームズがアリアに語り掛けてきた。


 「お嬢様、先ほど食堂の入り口で何をなさっていたのですか?」

 「ああ、ジェームズ。そうね、絵画の観賞かしら」


 アリアが、柔らかい微笑みを浮かべた。


 「左様でございますか、お嬢様」

 笑顔でそれに答えたジェームズは、アリアにナプキンを付けていった。

 そして、アリアに慇懃に頭を下げると、口を開いた。


 「それでは、夕食の準備をして参ります」


 奥の厨房に向かうジェームズの背にアリアは声を掛けた。


 「お願いしますね」


 ジェームズは、こちらに一礼をしてから奥の厨房に消えていった。

 そして、数分後ワゴンを押してジェームズが帰って来た。

 アリアの傍に着くと、テーブルに夕食を並べていった。

 テーブルの上には、魚のムニエルとサラダ、玉ねぎとジャガイモのポタージュ、蒸かしたジャガイモが並べられていった。

 そして、最後にカップに温かいミルクが注がれた。

 料理を並べ終えてジェームズは、アリアの後ろに下がりシオンの隣に並んだ。

 それと入れ替わるように、シェフが本日の夕食の説明をしていった。

 説明が終わるとアリアに頭を下げた。


 「昼食の時はすまないな、お嬢。それと、食べてくれてありがとうよ」

 「いいのですよ。嫌いなものがあるわたくしが、いけないのですから。それに、シェフの腕のおかげで、嫌いなはずのピクルスを食べることが出来ました。シェフがわたくしのためにと調理してくれたおかげですね」


 微笑みを浮かべてアリアは、そう返した。


 「そうかい」


 満足に表情を緩めて答えた。


 「シェフにお願いがあります。またピクルスを出して頂けませんか。やはり、苦手なままではいけないと思いましたので。お願いします」

 「分かったよ、お嬢。食べやすいようにしてやるからな」


 そう言うと後ろに下がっていった。

 アリアは、目の前の料理を見つめて「頂きます」と手を合わせて呟くと、サラダから手を伸ばしていった。

 サラダを口に入れると、今回はシャキシャキ感ではなく、軟らかい歯ごたえが伝わった。更に少し温かい感じがして、温野菜サラダであることが分かった。

 夕食後にお腹が冷えないようにと、消化をしやすいようにとの気遣いであると考えられた。

 少しだけ口角を上げた後、次に主菜の魚のムニエルに手を付けた。

 アリアは、ナイフとフォークで一口サイズに切り分けると口に運んだ。それは、軟らかく軽く噛むだけで身が解けていき、優しい味わいを与えてくれた。そして、口の中にバターの風味と塩コショウの塩味が広がった。そこから食べていくと、アリアは一つ気づいたことがあった。それは、骨が無いことである。シェフが下ごしらえの時に骨を身から抜いてくれていたのである。

 ここにも気遣いが感じられ、アリアはもっと嬉しくなった。

 そして、半分くらいムニエルを食べ終えると、主食の蒸かしたジャガイモに行く前に口の中を湿らす意味でスープを口に運んだ。

 そのスープは、玉ねぎとジャガイモがすっかり溶けており、何時間も煮込んでいたことが窺えた。

 そのおかげで、玉ねぎの甘みがしっかりとスープに馴染んでおり、ジャガイモもとろとろに溶けていて、口当たりが柔らかいものになっていた。

 アリアは、そのスープに満足すると主食の蒸かしたジャガイモにナイフを入れた。そして、小さく切ると湯気が幽かに上るジャガイモを口に運んだ。

 シンプルな塩気だけの味であったが、ジャガイモの甘みを引き立てており、こんなにも味わいが深くなるものかとアリアを驚かせる一品であった。

 ジャガイモを食べていると口がパサパサとしてくるので、アリアはミルクを口に含んだ。そのまま、一気に飲み干すとジェームズにおかわりを頼んだ。

 口が潤ったアリアは、再びジャガイモを食べ始めていった。

 そして、全て食べ終えて、最後にミルクをおかわりして2杯を続けて飲み終えると、後ろに控えている3人に口を開いた。


 「ごちそうさま。とても美味しかったです」


 シオンとジェームズは畏まると頭を下げた。そして、シェフはそんなアリアをニコニコと見つめた。






 少し休んだ後、部屋に戻るために席を立った。


 「さて、部屋に戻りましょうか」


 シオンに伝えて、食堂の出入り口に向かおうとした時、先ほど考えた事をお願いしようとシェフに顔を向けた。


 「えっと、お願いがあるのですが、わたくし明日の夕食は鳥の胸肉が食べたいです」


 そうアリアは、シェフにお願いした。


 「おう、任せておけ、お嬢!」


 快く引き受けてくれた。


 「ありがとうございます。それとできれば、毎日とは言わず、週に何回かは胸肉を食べたいのですが、お願いできますか」


 アリアのお願いにうんうんと頷くと快く承諾してくれた。


 「ませておきな、お嬢。お嬢が飽きないように、色々な料理を作ってやるからな!」

 「まぁ、お気遣いありがとうございます。では、よろしくお願いします」


 アリアは、嬉しそうな表情で部屋へと帰ろうした。

 しかし、そんなアリアの背にシェフの声が掛かった。


 「お嬢。ちょっとだけ言いたいことがあるのだが、いいか?」

 「何ですか」


 小首を傾げてシェフを見た。


 「お嬢、そんなにミルクや胸肉を食べたって、おっぱいは大きくならないぜ!」


 そして、アリアの可哀そうな胸に憐みの視線を送った。

 アリアはシェフの言葉と胸を見られていることが何となく分かり、思わず胸を隠した後、顔を恥ずかしさと悔しさで真っ赤に染めた。そして、笑顔から一転怒りの表情を浮かべると、キッと睨みつけて、口を開いた。


 「覚えてらっしゃい。絶対に!!大きくしてみせますわ!!」


 そう捨て台詞を残すとアリアは、食堂からまた飛び出していった。

 残されたシェフは一瞬ポカンと呆気にとられたが、次の瞬間、頭を思いっきり殴られた。


 「お嬢様になんてこと言うんですか!」


 シオンがシェフの頭を思いっきり殴っていた。


 「セクハラですよ!!このクズが!!」


 冷たくシェフを睨んだ後、アリアを追いかけてシオンが食堂から飛び出していった。


 「お嬢様、お待ちください!」


 廊下からシオンの叫び声が食堂内に聞こえてきた。

 その後、偶然食堂の前を通りがかった使用人のスイとその子供達がゆっくりと食堂に入って来た。スイは、アリアとシオンの叫びが聞こえていた。

 そして、ジェームズに「これを少し借ります」と言葉を掛けると、奥の厨房に引っ張っていった。

 その際、シェフにスイが言葉を掛けた。


 「これは、家族会議ですね。もちろん、言い訳は一切聞きませんよ、あなた」


 フフフと怪しい笑いを零しながら子供達2人と共にスイは厨房に消えていった。

 それを見ていたジェームズは、時間が掛かるなと外の空気を吸いに行った。




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