第7話 スライム並みの強さしかありません。でもキングなスライムにきっとなれるよね
アリアは、先ほどの言動に後悔していた。
(なんか、段々と悪役令嬢みたいになっていかな、俺!?)
服の色を問われたぐらいで、恥ずかしくなり捨て台詞を残して食堂から飛び出してしまった自分の様を思い出して、アリアは気落ちして廊下をとぼとぼと歩いていた。
そんなアリアの下にシオンが追いついてきた。
「お嬢様、申し訳ありません」
アリアに追いついて早々に謝罪の言葉を口にした。
「なぜシオンが謝るのですか?」
気落ちしていた気持ちよりも、シオンに謝罪されたことをアリアは不思議に感じた。
「アレも一応は、私の部下に入るというか何というか・・・。まあ、同じお嬢様の使用人ですので、私が代わりに謝罪をいたしました」
そう説明されて、一応は納得したアリア。
「分かりました。でも、もう気にしませんから大丈夫ですよ!」
今度はどんな仕返しをしてやるか考えながらアリアは、無邪気に楽しそうに笑いそう言葉を返した。
シオンは、一瞬昨日までのアリアの幻影をその笑みに見たが、一度頭を振ってそれを追い払い、再びアリアを見て口を開いた。
「先ほど言い忘れていたのですが、私の方からお嬢様に代わり制裁をさせていただきました」
「そうなのですか!!ありがとう、シオン!」
心の中でざまぁと呟き嘲笑を浮かべたが、それを表情には噯にも出さずにアリアはシオンに抱き着きついた。
シオンの言葉と抱き着いている胸の温もりと柔らかさにさっきまで考えていた仕返しなど、どうでもいいやとアリアは思えてきた。
そして、しばらくその気持ち良さを堪能してアリアがシオンから離れた後、午後の予定を訊いた。
「シオン、午後の予定はどうなっているのかしら?」
アリアが離れてしまったことで、温もりが薄れていく胸に物寂しさを感じながら、シオンが答えた。
「午後の予定は魔法の授業になります」
「そう、分かりました」
アリアは、努めて平静を装い、落ち着いた声でそう返した。
しかし、心の中では魔法という単語に歓喜し、気分が最高に盛り上がっていた。
(キターーー!!これよ、これですわ!異世界転生といったら、チート魔法!さっきの翻訳能力が不完全だったのは、こっちにその値を全振りしているからに違いないですわ。ようやく始まるぜ!俺の異世界チート無双がよ!!)
いろいろおかしく心の中で叫びながら、自分の部屋までの道を歩いていった。
部屋に着いて一息吐いた後も、その盛り上がりは収まることはなく、ゲームで見た悪役令嬢の魔法の数々を自分が使えると思うと、アリアの気分が更なる盛り上がりを見せていく。
そして、アリアは1人、部屋で天を見上げながら大きくガッツポーズを決めていた。
「よっしゃあ!!もう、ハッピーエンドの未来しか見えないわ!これは勝ったな!」
自分の活躍が背景に映るエンディングを脳裏に思い浮かべながら、アハハハと止まらない笑いを浮かべてダイブしたベッドの上でゴロゴロ転がり始めた。
そんな風に1人で部屋で盛り上がっている内に午後の授業時間が近づき、ドアのノック音が聞こえた。その後、シオンの入室の許可を求める声が聞こえた。
アリアは、ピシッと姿勢を正すと、雰囲気を引き締め直しお嬢様スマイルを浮かべると落ち着いた声でシオンに入室の許可を送った。
「はい、どうぞ」
先程の失敗が生きた形であった。
「失礼します」
シオンが部屋に入り恭しくアリアに頭を下げる。
「お嬢様、そろそろ授業のお時間となりますので、訓練場へと向かいたいと思います。ご準備は宜しいでしょうか?」
「はい、出来ていますよ」
そう答えながら、準備って何があるのと心の中で首を傾げていた。
シオンは、アリアからの返事を聞くと訓練場に向かって歩き始めた。
アリアも先に行くシオンの後を追いながら訓練場へと向かっていった。
訓練場に向かって歩くアリアの足取りは軽やかで、鼻歌を歌いたいぐらいに明るい気分であった。
そんな気分よく軽やかにシオンの後に付いて歩いていると、いつの間にか屋敷の外に出ていた。
先ほどは、窓から眺めるだけで綺麗だなとしか思えなかった外の景色にアリアは、視覚だけでなく、全ての感覚で、今触れていた。
木々や草花に緩く波を作り迫ってきた風を全身で感じた。
大きく息をして胸いっぱいに吸い込んだ空気から花の甘い匂い、草の青臭さを感じた。
そして、先ほどは窓を隔てていたために聞こえなかった風の音、更に窓から見た時には感じなかった庭の景色の雄大さを、直接見ることによって感じた。
その身で感じたそれらの感覚に先ほどとは違う高揚感が沸きあがり、アリアの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「本当にただ眺めるだけでは、ここまで感じられなかったな」
感慨深さにアリアは思わず呟いていた。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
アリアの呟きを不思議に思いシオンが訊いてきた。
「何でもありませんよ、シオン。ただ、余りの美しさに思わず感嘆の声が漏れてしまいました」
いつも見ていた景色に対してそのように話すアリアが遠くに感じられて、何とも言えない不安が胸の内に沸いてきた。
「いつもご覧になっている景色にそのようにおっしゃるなんて、何か悩みでもあるのでしょうか?」
アリアを気にかけてそのように訊いた。
「いいえ、特に悩みなどありませんよ。ですが強いて言えば、お夕飯にわたくしの嫌いなものが出ないかが気がかりでなりません。出てしまったどうしましょうか。シオンが代わりに食べてくれますか?」
アリアは、シオンの問いかけに内心ドキドキひやひやしていた。
(やば、やば、やば!!ばれてる!ばれてない!ごまかし、効いてる?ダメ?)
アリアの内心の慌て様など知らないシオンは、アリアが自分の不安をくみ取ってくれて、励ましの意味を込めて冗談を言ってくれたと考えた。
シオンの胸に熱いものがこみ上げ、目尻に薄っすらと涙が浮かんだ。
感じていた不安も熱いものがこみ上げたことによって何処かへと消え去っていった。
「そうですね、もし夕食に苦手なものがありましたら、シオンにお任せください。トリカブトだろうが、生マンドラゴラだろうがなんでも食べてご覧にいれましょう!」
アリアは内心で否定しつつ、表情は可笑しそうに笑みを浮かべて見せた。
(いやいやいや、出ないかからそんな猛毒植物(?)。あのシェフが出してきたら驚きだよ。そんなん出て来たら、もう暗殺じゃないよ。本気で殺害しにきてるよ。というか、マンドラゴラあるんだ。流石異世界だよ!!)
「うふふ、そうね。もし出てきたらよろしくね、シオン!」
内心では突っ込み、上辺では冗談をシオンに言った。
「お任せください、お嬢様!」
アリアの冗談にそうシオンは軽く笑みを見せ、少し本気で返した。
そして、アリアはシオンの様子から偽物とばれていないと分かると、安堵しひっそりと息を吐いていた。
そんな冗談を言い合っている内に、アリア達は訓練場に到着した。
そこは、地面がむき出しの広大な土地であった。そして、その土地は、何かで出来た大きな窪みがあったり、丘のような大きな土の山があったりした。更に、端の方には、的が並んでいる射撃場みたいな小さな小屋までがあった。
アリアはそれらを見て、軍隊の演習場みたいだなと心の中で思った。
「シオン、ここで本日の授業を行うのですか?」
アリアはシオンに問いかけた。
「そうですよ、お嬢様」
シオンはアリアに答えた後、更に言葉を続けた。
「それと、お嬢様は久しぶりの授業となりますので、本日の授業はまず、魔力測定から始まると思います」
アリアは、それを聞いて内心でニヤリと静かに笑った。
(フっ!やばいな、俺が最強だってばれちまうじゃないか!)
そして、脳裏で余りの魔力の多さに測定器の針が振り切れ、警戒音を響かせて計測器が壊れてしまうシーンを思い浮かべた。
更にそれを見たシオンと教師が驚愕に目を見開き、その凄まじさに口も開けなくなった2人がアリアを畏怖と尊敬の眼差しで眺めた後、地面に平伏して口々にアリアを称賛する言葉を贈るシーンも脳裏に浮かんできた。
アリアの顔には、内心では我慢できなくなった笑いが浮かんでしまっていた。
シオンは、そんなアリアを見て、久しぶりの魔法の授業に喜んでいると思っていた。
(そうですよね。しばらくさぼっていたとはいえ、やっぱり自分の成長が実際に見られる魔法は楽しいですものね)
幼い頃の自分を見ているような気がしたシオンは、アリアに愛おしさを感じて優しい笑みを浮かべた。
そして、シオンがもう一度アリアを見て、ほっこりと気持ちを和ませた後、徐に懐から懐中時計を取り出し時間を確認すると、まもなく授業開始の時間となるところだった。
「お嬢様、まもなく授業開始の時間となります」
シオンがアリアにそう伝えた時、それを待っていたかのようにアリアに声をかける男性の声が届いた。
「お久しぶりです。アリアお嬢様」
アリアは、シオンとその男性の声を聞いて顔を上げるといつの間にかシオンの隣に60代中盤の老境に差し掛かった男性が立っていた。
シオンは、気づいていたらしくその男性を一瞥すると、一度頭を下げて後ろへと下がっていった。
「お久しぶりです。先生」
その男性に、言葉を返して微笑みかけた。
それから、アリアはその男性をよく観察した。
髪は白く染まっていたが、背筋はすっと伸びており、視線は穏やかながらもその奥には鋭さを宿しており、口元は真一文字に結ばれていた。髪型は、前髪を上部に向かって撫でつけ、髪全体をポマードなどで固めていた。服装は、上等なスーツを着ており、それにはしわが一つも見えず身だしなみに隙が一切なかった。更に、雰囲気は固く締まったもので、見ているだけで気持ちが圧迫されるような厳しさがそこから感じられた。
アリアは、その洗練された佇まいから緩んでいた気持ちが一気に引き締められた。
それにより、どうせ転生ボーナスでチート魔法が使えると軽く考えていた気持ちを捨てさり、真剣に魔法というものを考えようと気持ちを改めた。
甘い考えを捨てたアリアは、真剣な眼差しでその教師の顔を見つめた。
老教師は、真摯に魔法を学ぼうとするアリアの姿勢に、久しぶりに教えがいを感じて口元を思わずほころばせた。
「アリアお嬢様、本日の魔法の授業ですが、ずいぶんと久しぶりになりますので、まず魔力がどのようになっているかを調べたいと思います」
そうアリアに説明した後、後ろに控えてアリア達を見守っていたシオンに教師がお願いをして、魔力測定の機器を持ってきてもらった。
その装置は、まるでタブレット端末のような薄くて平たい、滑らかな表面をした四角形の形をしていた。
アリアは、その魔力測定器にシオンの言うとおりに手を翳した。すると、魔力測定器の表面が淡く光を放ち始めると、アリアの手を光が包み込みほのかな温かさを感じさせた。
それは数秒で収まると、表面に文字らしきものが静かに浮かび上がってきた。
アリアは、文字が読めないのでシオンにそれとなく結果を尋ねてみた。
「どうですか、シオン?前回から少しは成長しているのかしら?」
アリアはそう尋ねた後、測定器の画面らしき所をのぞき込んでいるシオン達の顔を窺った。
しかし、シオンと老教師は、アリアの声が聞こえていないのか画面を食い入るように見つめていた。そして、その顔が徐々に驚きへと変わっていった。
その様子を見たアリアは、さっきまでの意気込みは一体どこへと、心の内で喜びの声を上げていた。
(キターーー!!チート魔法ゲットだぜ!!やっぱり、こっちに翻訳能力分の値が振られていたか。ふっ、やっと転生無双の始まりだ。神様ありがとう。やっとハッピーエンドまでの光明が見えましたよ!)
アリアは天に心の中で感謝して、これからの自分の活躍を脳裏に思い浮かべると思わずにやついてしまった。
アリアは、笑顔を浮かべて得意げにシオン達にもう一度測定結果を聞いた。
「どうです、シオン!わたくしの魔力はそこまですごいのですか!!」
アリアの問いかけに我に返ったシオンは、若干言い辛そうな苦々しい表情でアリアの顔を見た。
アリアの無邪気に微笑んだ顔を目に入れた瞬間、思わず視線を外してしまったが、覚悟を決めると重々しく口を開いた。
「アリアお嬢様、大変お伝え辛いことなのですが、お嬢様にはほとんど魔力がありませんでした」
「え!?」
アリアは、最初何を言われているのかが理解できなかった。
しかし、時間が経つにつれてシオンの言葉の意味が徐々に理解できて来た。
アリアは、血の気がいいたような真っ青な顔で、声を震わせながらシオンに今の事を訊き返した。
「え、どういうことですか、シオン!?わたくしには魔力が無いのですか?」
そう問い返している間に、瞳から涙が溢れて来た。
「わたくしは、魔法を、使うこ、とが、出、来ないの、です、か!?」
震える口から途切れ途切れに、聞きたくはないけど、知らなければならない事実を訪ねていく。
シオンは、そんな痛々しい様子を見ることが辛くなり、思いっきり自分の胸にアリアを抱きしめた。
「いいえ。お嬢様は、魔法は使えます」
シオンは、アリアを宥めるように優しく撫でながら丁寧にゆっくりと聞き取りやすいように口から言葉を紡いでいく。
「ただ、魔力がほとんどないために、あまり魔法を扱うことが出来ないのです」
その事実をもう聞きたくないアリアは、シオンの胸に顔を強く押し付けた。
アリアの涙で服が濡れてしまうことも構わずに、シオンも押し付けられた頭を柔らかく包み込んだ。
そして、しばらくの間シオンに宥められていると、アリアの気持ちも落ち着きを取り戻してきた。
アリアは、ゆっくりと顔を上げると赤く腫らした目でシオンを見た。
そして、先ほどのシオンに聞かされた魔法がほとんど使えないことを思い出し、また涙を流しそうになったが、どうにか堪えて先ほどの話の続きを訊こうと口を開いていった。
「それでシオン・・・。わたくしの魔力はもうこれ以上は・・、増えないのですか?元には、戻らないのですか!?」
もしもこれ以上魔力が増えなかったら、このまま魔法がほとんど使えない状態で学園に通うことになったら、ゲームの時のように戦うことになったら、戦いの時誰もたすけてくれなかったら、もしもの時の転移魔法は、もしも・・・。アリアの頭の中に次々と不安が浮かんでくる。
それらの不安に押しつぶされそうになりながらも、シオンに自分の魔力の事を訊いた。
アリアは、シオンから聞かされる事実に耳を塞ぎたい思いであったが、懸命に襲い来る不安に抗って、その赤と青の瞳でシオンを見上げながら答えを待った。
「心配は、ありませんよ。魔力は、ちゃんと元に戻りますし、成長も出来ますよ」
その答えを聞いた瞬間、張りつめていた気が抜けて身体から力が抜けてしまった。
シオンが慌ててアリアの身体を支えた。
アリアは、支えられながらもう一度シオンに問いかけた。
「本当に、わたくしの魔力は元に戻るの?また、前みたいに魔法を使うことが出来るようになるの?」
必死に言葉を紡ぐアリアに、シオンは笑顔を浮かべて答えた。
「ええ本当に、戻りますよ。そして、以前の様に魔法を扱えるようになります」
ここで、アリア達の様子を見ていた老教師もシオンの言葉に続くように、アリアに穏やかに話し始めた。
「シオン女史の言う通りです。お嬢様の魔力はしっかりと元に戻りますよ。それに、ワシが付いているのですよ。前以上に、お嬢様を成長させて見せましょう!」
ニコニコと笑い、そう伝えてくれた。
アリアの瞳から再び涙が溢れて来た。
今度の涙は不安や絶望ではなく、2人の温かさを感じたこと、不安が消えて安堵したこと、魔力がここから増えていくことへの安心感と喜びから溢れたものであった。
「良かった」
そう零した一言には、抑えていた不安と成長できる安心が含まれていた。
シオンはアリアの瞳から零れた温かい涙をハンカチで拭っていった。
一頻り涙を流して全てを出し切ったアリアは、浮上しきったさっぱりとした気持ちでさっきの測定結果をシオンに訊いた。
「さっきは、途中で終わってしまいましたが、わたくしの結果はどうだったのですか?」
もうどんな酷い結果が待っていようが、負けない、大丈夫という気持ちでシオンの言葉を待った。
シオンは強い決意をアリアから感じて、それに答えようと濁さずはっきりと伝えていった。
「それでは、こちらをご覧ください」
シオンは、測定機に浮かび上がった文字列の一部を分かり易いように指で示した。
「ここに、お嬢様が使える魔法の属性が書かれています」
文字が読めないアリアは、分かった風にうんと相槌を打って先を促す。
「お嬢様は、光と闇の2種類の魔法を使うことが出来ます」
真剣にシオンの話に耳を傾けて、適当に相槌を打っていく。
「そして、こちらが現在のお嬢様の魔力の値になります」
シオンが、属性が書かれていると思われる文字列の下の行を指差した。
既に心構えができているアリアは、先をシオンに促した。
「結果ですが、アリアお嬢様の魔力量は闇が2、光が8となっています」
その酷い数値を聞いても平然とアリアは、今度は取り乱すことなくその結果を受け入れた。
「普通の一般人で平均が100ぐらいなので、お嬢様の魔力量は非常に少ない値となっています」
それを聞いたアリアは、余りのひどさに今度は涙ではなく嘲笑が零れた。
「本当にひどい値ね。まるで、スライムのようだわ」
あはは、と笑えたおかげで心の中で肯定的な考えが浮かんできた。
(酷い結果!まるでスライムみたい。こんなスライムじゃ、跳ねるくらいしか出来なさそうね。でも、スライムだってバカには出来ないわよね。キングなスライムになれたり、魔王になって国を作ったスライムだっているものね)
そうしたことを考えていると益々可笑しなことが浮かんでくる。
(ゲームだとこんな感じかしら。悪役令嬢が現れた。跳ねるを使った。何も起きない。悪役令嬢が仲間を呼んだ。誰も現れない。みたいにきっとなるんでしょうね)
自分で考えたことだが、本当に可笑しくてアリアはクスクスと静かに笑った。
そして、もう自分にはチート能力やチート魔法が無いことがはっきりしたアリアは、胸がすく思いがして、ここから本当に頑張っていこうと強く心に決めた。
そう心に決めたアリアは、シオンと老教師に頭を下げてお願いした。
「これから、よろしくお願いします」
シオンと老教師は、そのお願いを快く受け入れてくれた。
「頑張りましょうね、お嬢様」
「ワシも以前よりも厳しくいきますので、気を引き締めしっかりとついてきてください」
アリアはやる気十分に魔法の授業に取り掛かろうとした時、シオンが取り出した懐中時計を確認した。
「あ、お嬢様一旦ここまでにして、休憩を挟みましょう」
初っ端からずっこけた。
「え、今から始めるのではないのですか?わたくしは別に休憩などは要らないので早く始めましょう」
折角のやる気が無駄になりそうだったので、シオンに軽く抗議した。
「いいえ、ここは一端休憩にするのが一番です。何事もほどほどが一番ですし、根を詰めすぎても良い結果が得られるわけではありませんから」
そう言うとシオンは屋敷の方に向かって歩いていった。
アリアは、残った老教師に視線を向けたが、首を横に振られてしまった。
「シオン女史の言う通り一旦ここまでにしましょう。最初から張り切り過ぎてしまいますと最後までもちませんので」
アリアは内心で納得がいかず眉間にしわを寄せていた。
(一旦ここまでって、まだ何もやってないけど?)
一人悶々と自分がおかしいのかと悩んでいると時間が過ぎていき、シオンが何人かの使用人たちと帰ってきた。
シオン達は、訓練場から少し離れて開けた平らな地面の場所に午後のティータイムの場を設置した。
まだ、納得がいかず難しい顔を浮かべているアリアをシオンが案内して席に着かせた。
「本日のティータイムは、紅茶とパンケーキとなっております」
シオン達の準備が終わる頃を見越したように、ティーセットを持ってきた使用人がアリアの前にパンケーキとフォークとナイフを置いていった。
「ありがとう」
お礼を言ってから、パンケーキを見るとまだ湯気が立っていてそれに乗って甘い香りをアリアに運んできた。そして、バターが溶けていくとまた違ったミルクの様な香りが広がっていった。
アリアがパンケーキに見惚れているとシオンが訊いてきた。
「お嬢様、シロップはいかがいたしましょうか?」
「そうね・・、たっぷりと掛けてください」
一瞬悩み、どうせタダならいっぱい掛けてもらおうとアリアはお願いした。
「畏まりました」
シオンがパンケーキの上にシロップを掛けていく。掛けられたシロップは、溶けたバターと混ざって表面に広がっていき、端までいくと側面を伝って下の皿にゆっくりと流れていった。そして、たっぷりとお願いしたこともあって、パンケーキの皿がシロップでいっぱいになるまで注がれていった。
アリアは、シロップの湖に浮かぶパンケーキをナイフで切り分け、フォークで口に運んでいった。
口に入れた瞬間、シロップの甘い味が口いっぱいに広がりそのおいしさに、思わず顔いっぱいに大輪の花を咲かせた。
はぅ、とため息が零れた。
「シオン、とても美味しいですね。シオンの言う通りに休憩をして正解でした」
傍らに控えているシオンに、嬉しそうに話しかける。
微笑みを浮かべてアリアの見守りつつ、口を開いた。
「それは、良かったです。ところでお嬢様、お飲み物はいかがいたしましょうか?」
その問いかけに対して、何があるのか知らないアリアは変に疑われないように無難な答えを返した。
「いつものをお願いするわね」
それを聞いたシオンは、ティーカップを準備してそこにティーポットから紅茶を注いでいった。
それを見たアリアは、こちらに転生してからの夢である紅茶を注いでもらい、「お嬢様、紅茶でございます」と言って目の前に紅茶を出してもらうシーンが叶うことに感動し涙した。
紅茶を注ぎ終えたシオンは、ティーポットを置くとカップに、湯気が薄く立つ白色の液体をガラス瓶から注いでいった。
そして、出来上がった紅茶をアリアの前に置いた。
「お待たせしました。いつも通りのミルクをたっぷり使ったミルクティーでございます」
シオンが白色の液体を注ぎ始まった時点で何が出てくるかほとんど予想が付いていたが、実際に言われてアリアは、心の中で元アリアを愚痴った。
(いやもう分かったけどさ、お嬢!そんなにミルクを飲んでも胸は大きくならないぜ。諦めて自分の胸を受け入れよう。大丈夫、きっと何とかなるからさ)
もう定番になった食事シーンでのミルクの登場に苦笑しつつ、シオンが入れてくれた紅茶に口を付けた。
「???」
頭が混乱した。
もう一度口を付けてからティーカップをソーサ―の上に置いた。
その紅茶の味にアリアは、どう表現してよいか途方に暮れた。
そして、異世界に来て本当に良かったと心の底から思えた。
「美味しい」
そう一言だけ呟いて、紅茶の味と香りに驚嘆した。
(何これ!?本当に前世で飲んでいた紅茶と同じもの!)
前世で飲んでいたティーパックの紅茶と比べてはおこがましいが、ティーパック式の紅茶にはない、香り立つ芳醇さ、口に一切渋みが広がらない茶葉本来の味にアリアは、言葉が出なかった。そして、やっと一言出せたのがさっきの美味しいであった。
アリアは、紅茶そのものにも感動したがミルクティーには心の底から感動を覚えた。
(えっ!?ミルクティーってこんなに美味しいの!)
アリアは、前世でテレビに影響を受けて作った我流ミルクティーの味を思い出して、虚しい気持ちになった。
テレビを見た後、急に飲みたくなった前世の自分はティーパックの紅茶を作りそこに冷蔵庫の中にあった牛乳を入れて、出来たと喜んで飲んだら、紅茶の味が薄まり代わりに牛乳の生臭さが濃くなってしまった事が脳裏に蘇えり、更に虚しく哀れな気持ちが心の中に広がっていった。
(何やってたんだろうな、前世の俺は)
黄昏れてそう呟き、虚しい気持ちで、ミルクティーを飲むとそのおいしさに虚しさと嬉しさの両方が一気にアリアの胸の中に襲ってきた。
「美味しい。本当、美味しいわ!」
泣き笑いを浮かべて紅茶とパンケーキを味わっていった。
何だかわからない混沌とした感情でティータイムを満喫し尽したアリアは、やっと魔法のスタートラインに立とうとしていた。
そして、いよいよ始まる魔法の授業にわくわくした。
アリアがティータイムを楽しんでいた傍ら、紅茶だけを貰いじっとアリアを観察して、思考の海に沈んでいた老教師は、アリア達が席を立ったことを確認すると残った紅茶を飲み干すとその後に付いて訓練場に戻っていった。
訓練場に立つとアリアは、早速老教師に訊いた。
「先生、今日は何をするのでしょうか?」
「そうですね、本日は久しぶりの授業となしましたし、お嬢様の今の魔力の事も考えて基礎から始めましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
そう言い、アリアは一礼する。
老教師は、アリアの顔を見て魔法の説明を始めた。
「魔法を使う上で一番大切なことは形をイメージすることです。魔法は、自分の中にある魔力を練り上げ、そしてイメージしたものを外に現象をして起こすのです。よく見ていてください」
そう言った途端、訓練場に強い風が起こり、むき出しの地面をさらい土埃を上げていった。更に、ただアリア達の背から奥の訓練場に吹き抜けていた風が、徐々に一か所に集まり出すとそこを起点として風が規則正しく渦を巻き始めた。
最初は小さなつむじ風だったが次第にその地点に向かう風の量が増えていき小さな竜巻がアリアの目の前に現れた。
アリアは、始めてみる魔法に感嘆とともに恐怖も覚えた。
「すごい!」
そう言葉を零して目の前の竜巻を見つめた。
そして、これを起こしている隣の老教師を尊敬と憧憬の眼差しで見上げた。
アリアに見つめられることに気を良くした老教師は、竜巻を縦横無尽に訓練場内で動かし始めた。
アリアの見ている前で竜巻はどんどんと周りのものを飲み込んで大きくなっていった。
ここで、気になることが出来たアリアは老教師に質問した。
「どうして、わたくしたちの周りは風がないのですか?」
不思議そうに首を傾げて問いかけてきたアリアに、教師は笑って丁寧に説明してくれた。
「それはですね、お嬢様。ワシが風を操作してこの周りに吹かないようにしていることともしものために結界を張っているためです」
説明を聞いて納得したアリアは、今度はシオンのことが心配になり大丈夫なのかと辺りを見回して呼びかけてみた。
「シオン、大丈夫ですか?」
「心配してくださりありがとうございます。私はお嬢様のすぐ後ろにいますよ」
声が聞こえた後ろに振り返ると、老教師が張った結界内にちゃっかり避難していた。
それに感心するのと同時に呆れもしていた。
「さすがシオンですね」
アリアは心配して損をしたと皮肉を込めて褒めていった。
「お嬢様ありがとうございます」
皮肉が通じず褒められたと嬉しそうに、シオンが感謝した。
そうシオンとやり取りしている間に目の前の竜巻が徐々に勢いを無くしていき、最後に小さくなってから消えていった。
「お嬢様、魔法のことが分かりましたか?今お見せしたものは、ワシの風属性魔法で風が吹いてくるとイメージして風を起こして、次いで竜巻を起こしたいとイメージしたことで竜巻という現象が具現化されたのです」
分かったような気がする曖昧な感じだが、一応アリアは分かった風に頷いた。
「まあ、説明だけでは分かりませんよね。実際にやってみましょうか」
「分かったわ。では、いきます!」
アリアは、意識を集中した。
(闇と言ったら暗黒、冥界なんたらが定番よね)
アニメ、ゲームなどから得た知識を元にイメージを起こしていく。
(カッコいい詠唱も唱えていくわよ)
「冥界の奥深くに封じられし者よ、我の呼びかけに応じ給え。我は、其方を欲する者。其方は、我を要する者。我と其方の血の盟約に従い今ここに顕現せよ。冥王竜カオス・イーター」
アリアはどや顔で、訓練所に向かって手を翳す。
何も起きなかった。
アリアは、正面に手を翳したまま固まってしまった。
そして、無言で手を下すと自分に言い訳をしていた。
(ちょっと調子が悪かったのかしら?まだ、光属性が残っているし、光と言ったら天界とか神聖とかよね)
気を取り直して、今度は光魔法に挑戦していく。
「天界を守護する聖なる御方。私は、あなた様の力を必要とします。どうか、私に力をお貸しください。召喚!光輪竜天照」
今度はどうだ、という思いで正面に手を翳した。
数秒間待ったが何も起きなかった。
「・・・」
アリアは、虚しさに1人涙した。
見ていた2人も何も言えなかった。
「先生、何も出ませんでした」
振り返り、涙目でそう口にした。
「申し訳ありません、お嬢様。初めに説明しておくべきでしたが、お嬢様の今の魔力量では属性魔法は使えません。ですので、属性がない一般的な魔法を使いましょうか」
それを早く言って欲しかったと思い、それならあんなお手本見せんなよとアリアは胸の内で毒づきながら頷いた。
「基本の魔力玉を作ってみましょうか。では、お手本を見せます」
老教師の前に、バスケットボール大の魔力の塊が現れて空中に漂っていた。
それを見て、これならば出来そうだとアリアは思い、老教師の言葉を待った。
「それでは、やってみてください」
アリアは、早速魔力玉をうみだそうとした。
「いきますね!」
“出ろ!”と念じながら手を翳した。
しかし何も出てくれなかった。
半泣きで、老教師の顔を窺った。
「お嬢様、魔法はイメージです。さぁ、もう一度しっかりとイメージしてください」
今度は、しっかりとイメージを浮かべていこうとアリアは考えた。
(タマよね、タマ!丸いもの。タマっていうとなんかイメージが悪いし、悲しい気持ちになってくるから違うタマでイメージしましょう。ああ、タマはタマだけど魂でイメージしましょう。わたくしの属性に合って良そうな感じがしますし、何だかぴったり嵌る感じもしますし出来そうな気がします)
そうして、再び手を翳した。
果たして翳した先には、魔力の塊が浮いていた。
「やった、出来ましたよ!見てください、2人とも!!」
無邪気に笑顔で喜ぶアリアを他所に、2人はアリアが生み出した予想外のものに唖然としていた。
翳された手の先には、確かに魔力玉が浮かんでいた。しかし、それは青白い光を淡く放ち、霞のようなものをまとっていて、その回りだけ薄暗い感じがするものだった。
2人は、引き攣ったような笑みを浮かべてアリアを褒め称えた。
「ええ・・・。すごいです、アリアお嬢様」
「さすが・・・、アリアお嬢様です」
シオンと老教師が一瞬詰まりながらも、そう賞賛を口にした。
そして、アリアが生み出したものは、数秒ですぅ~と溶けるように消えていった。
魔法が成功したことに、喜び浮かれていたアリアは、2人の微妙な雰囲気には気づけなかった。
しばらく浮かれていたアリアだったが、突然強い脱力感が襲ってきた。
「うっ!?」
身体から力が抜け、足元から崩れ落ちた。
地面に倒れる寸前にシオンがアリアを受け止めた。
「お嬢様、大丈夫ですか」
心配してアリアに声をかけた。
「ええ、大丈夫ですよ。ただ、身体から力が抜けただけですので」
気だるげに口を動かし、心配するシオンに微笑みかけた。
アリアの様子に安心したシオンは、両手にアリアを抱え上げた。
「ソウシ様、本日の授業はここまでにしましょうか」
「ええ、そうですね。ここまでにしましょう」
2人の話を聞いたアリアが慌てて口を開く。
「いや、わたくしはまだ出来ますよ。ちょっと浮かれすぎて立ちくらみを起こしただで、まだまだ元気とやる気はあります。シオン、下してください」
シオンは、アリアのお願いとは反対に更に力を入れてアリアを強く抱き上げた。
「いいえ、それには応えることは出来ません。アリアお嬢様、本日はここまでにしましょう、ね!!」
有無を言わせぬ圧力をかけて、アリアに言葉をかけた。
「ここで無理をしては、お嬢様のお身体に障ります。ワシの見立てでは、お嬢様は魔力切れを起こしています。ですので、ここは安静にご自身の身体を労わりください。それに」
一旦話を止めると、老教師はスーツの裏ポケットから懐中時計を取り出すと時間を確認した。
「まもなく、終了時刻となりますので本日の授業はここまでにしょう、お嬢様」
2人から注意を受けたアリアは、渋々引き下がっていった。
「分かりました」
アリアの答えを聞いた老教師は、シオンに「それでは」と挨拶をしてさっと足元を反転させると、屋敷の正面に向かって歩き始めた。
アリアは、その背中に声をかけた。
「どうすれば、魔力は増えていくのですか?」
アリアの問いかけを受け、振り返った。
「魔力は、魔法を使っていく内に身体が生み出す量が増えていきます。ですので、お嬢様も魔力を使うたびに身体が魔力不足に順応するように生み出される量が増えていきます。少しずつ授業の中で魔法を使って魔力を鍛えていきましょう」
そのように答えるとアリアに一礼して屋敷の正面に向かって歩いていった。
見送り終えたアリア達も屋敷に向かって歩いていこうとした。
「さぁ、夕食前にお身体を綺麗にしましょうか」
アリアをしっかりと両手で抱き上げてお姫様抱っこをすると足取り軽くシオンは屋敷に向かって歩いていった。
アリアは、またお姫様抱っこで羞恥プレイを楽しみながら風呂に向かうのねと憂鬱な気分であった。
その中でアリアは、去りゆく訓練場を見つめながら新たに決意した。
(待ってろよ。絶対に2頭のドラゴンを従えて主人公の前に立って自慢してやるからな!)
バッドエンドの死の恐怖もなくヒロイン達とイチャイチャしている主人公に自分の境遇分のストレスをこれで発散してやるとアリアはそう強く心に決意した。
そして決意を新たにしたこの時、アリアの脳裏に重大な問題が浮かび上がった。
「ところでシオン、召喚魔法ってあるのかしら?」
「ありますよ」
ここで、シオンにこの重大な問題の核心を訊いてみた。
「わたくしって、召喚魔法を使うことは出来るのかしら?」
「出来ませんね。お嬢様がご契約なさっているお姿を拝見したことがありませんからね」
早くもアリアの決意が揺らぎ始めた。
しかし、いないならいないで探して契約すればいいやとアリアは、前向きに考えていった。
シオンは、そんなアリアの前向きな気持ちを感じ取り、ここまで成長されたのですねと喜びを胸に大事そうにアリアを抱えながら屋敷へと戻っていった。
アリア達と分かれた老教師は、迎えの馬車に乗り込むと今日のアリアの事を考え始めた。
「なぜ、あれほどあった魔力が無くなってしまったのか?」
アリアの魔力がほとんど無くなっていた事を思い返して、思わずそう疑問を口にしていた。
(魔法を使いすぎて魔力が無くなってしまったなら因果関係がはっきりしているのだが、お嬢様の場合は、魔法をそこまで使った様子などありそうもなかったし、またお身体を崩された様子もなかった。更に、本日お会いしたお嬢様は、魔法そのものを忘れてしまっていたように思えた)
そこまで考えた老教師は、懐からケースを取り出すと葉巻を一本を取り出し吸い口をカッターでカットして作ると、火を点けて口にくわえた。
ふぅ~。葉巻の香りを味わいながらゆっくりと一息吐くと、遠ざかっていくお屋敷を眺めながら一言呟いた。
「一体、お嬢様の身に何があったのか」
馬車に揺られながら、1人静かに考えていた。
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