ネバーギブアップ~普通そこは主人公に転生でしょ~
宇乃雪夏奈
第1話 なぜ悪役令嬢に転生?
今、最後の戦いが終わろうとしていた。
場面は物語の最終局面、悪役令嬢が最大級の魔力を練り込んだ魔法を主人公とヒロインの2人に向かって放った。
魔法が放たれた瞬間、ヒロインが主人公の前に出て残りの魔力全てをつぎ込み、全力で魔法壁を展開した。
少女の展開した魔法壁に悪役令嬢の魔法が触れた瞬間、魔法が弾かれ明後日の方向に飛ばされていった。
主人公は、ヒロインのことを信じて、魔法が放たれた瞬間から反撃の魔法の詠唱に取り掛かっていた。
そして、悪役令嬢の魔法が少女の展開した魔法壁で弾かれた瞬間、悪役令嬢に向かって残りの魔力全てを注ぎ込んだ反撃の魔法を放った。
悪役令嬢は、まさか己の最大魔法が弾かれるとは思っていなかったのか、魔法が弾かれた瞬間、驚きで一瞬体が固まってしまい、主人公の放った魔法の対応に遅れてしまった。
迎撃の魔法の詠唱をする時間がなく、即座に魔法壁の展開を試みるが魔力が足りなく、不完全な魔法壁となってしまった。
この魔法壁で反撃の魔法を防ぐことが出来るはずもなく、魔法壁に反撃の魔法が触れた瞬間に、防壁が破れ悪役令嬢に魔法が直撃した。
魔法の直撃を受けた悪役令嬢は、後方に吹っ飛び、錐揉み状に地面を転がり壁に激突した。
ヒロインと主人公が悪役令嬢を捕らえようと近づくと、何とか意識を失わずにいた悪役令嬢が最後の力を振り絞り、転移の魔法を唱えた。そして、2人の前から一瞬にして姿を消した。
何度目かになろうか悪役令嬢の破滅エンドを見た後男は深いため息を吐き、部屋の天井を仰ぎ見た。
再びPC画面に視線を戻すとエンドロールが終わり、エピローグが始まろうとしていた。
エピローグでは、悪役令嬢を倒した後の話として、主人公とヒロインが仲睦まじく学園生活を送っていることが描かれていた。
そのエピローグが終わると一瞬画面が暗転し、主人公たちに敗れた後の悪役令嬢の話が始まった。
悪役令嬢は、学園から少し離れた学生街の一角、飲食店の裏手で殺されているのが発見された。
そして、そのことが学園に伝わると主人公は、悪役令嬢が今までに行ってきた悪逆非道な行いに対して恨みを持った者たちに殺されたのではないかと1人推論を述べたところで物語が終わり、ゲームタイトル画面に戻ってきた。
今男がプレイしていたゲームは、煌めく7つ星と学園というタイトルのギャルゲーで、学園生活を物語の主体としているゲームである。
このゲームは、ヒロインが6人おり主人公は学園生活を通して、ヒロインたちと学園で起こる問題の解決や学園イベントの参加により、ヒロインたちの好感度を上げていく内容となっている。
もちろん悪役令嬢も登場し、学園で悪事を働き問題を引き起こし、主人公たちと敵対する。
物語最後には、今までの悪事を暴露され、断罪された悪役令嬢は主人公たちと戦闘になり、追い詰められると転移の魔法を使い逃げていく。
そして、今まで働いた悪事が原因で殺されてしまうというのがこのゲームの悪役令嬢である。
男は、全ヒロイン攻略したにもかかわらず悪役令嬢を攻略しようとそのゲームを続けていた。
普通に考えて、ゲームのラスボスの悪役令嬢が攻略できるはずがない。
それでも男は悪役令嬢を攻略しようと選択肢と行動内容の総当たりを行い悪役令嬢ルートに入れないか試している。しかし、何度ゲームをしようが悪役令嬢ルートには未だたどり着けていなかった。
ここまで悪役令嬢に男が執着するのは、悪役令嬢の見た目が好みのど真ん中であった為である。
月明りのように儚げに輝く銀色の髪、サファイアとルビーを思わせる宝石のような青と赤の左右で色が異なる瞳、そして寂しげに薄く笑みを浮かべた少女が悪役令嬢である。
しかし、男にはこのように見えるだけで、他の人には、氷のように冷たく感じる白銀の髪、冷めた様に見つめる不気味なオッドアイ、冷酷な笑みを浮かべる少女に見える。
そして、ただ悪役令嬢が一番好きで、その思いだけで無謀な攻略をしているわけではなく、悪役令嬢が攻略できそうな根拠がこのゲームにはあった。
このゲームは全攻略ヒロインを攻略したにもかかわらず、CG回収率が100%にならず95%で止まってしまっている。
ここから、残りのCGが隠しヒロインではないかと考え、昨今のアニメ、マンガなどの悪役令嬢物の流行りから、このゲームでも隠しヒロインで悪役令嬢を攻略出来るのではと男は考えている。
しかし、ネット上ではゲームのバグや、悪役令嬢のメイドが隠しヒロイン説が有力な説となっている。
そして公式サイトは、ゲームの発売日から半月更新が止まっており、更に男及び他の購入者が運営に問い合わせを何度か行ったが応えが返ってくることは一度もなかった。
最初の頃は、ネット上でもバグの修正を行っており更新する暇がないのだろうと思われていたが、更新が途絶えて半月、1ヶ月、3ヶ月と経つと、もう運営がバグを放置して逃げたと購入者が怒りを爆発させた。
そんな中でも男は、公式サイトの更新の有無の確認とゲームの攻略を進めていた。ただひたすら悪役令嬢ルートの存在を信じて・・・。
それから1年過ぎたある日、ふとゲームのことが頭に浮かび久しぶりに公式サイトを覗いて見ることにした。この頃になると男も流石に、ゲームを止めて生活の中心が仕事になっていた。
公式サイトは、つい最近更新があったらしくこれまでの謝罪と資金集めに関する説明がトップページ一面に表示されていた。
そして、一番新しい更新には、今週の金曜日にバグの修正と追加のシナリオデータを配信することが書かれていた。
ネット上では、運営がまだ生きていたことに関する驚きと追加のシナリオで誰が攻略できるようになるかで盛り上がっていた。
男もその知らせに驚き、そして、悪役令嬢を攻略できるようになるかもと喜びが身体の奥底からあふれ出した。それから、1年前の悪役令嬢を攻略するために傾けていた情熱が蘇えり、久しぶりにゲームでもしてみようかとPCに電源を入れた。
その日は、明け方近くまでゲームをプレイし、2時間ほど寝てから出社した。
そして数日が経過し、いよいよ今夜20時に修正パッチと追加シナリオの配布が行われる。
男はいつものように出社し、いつものように仕事をこなしていた。しかし、いつものように仕事をこなしているつもりだったが、今夜の追加シナリオの期待と不安のことで頭がいっぱいになっている所為か、思うように仕事が進まず、また小さなミスも連発してしまっていた。
そのせいで、就業時間が来ても仕事が終わらず、いつもなら家に着いているはずの時間まで掛かってしまった。
男は急いで帰る支度を済ませるとほとんど走りに近いような速足で会社を後にした。そして、会社の最寄り駅から電車に乗り時間を確認したところ、すでに追加シナリオ配信予定時間の20時を過ぎてしまっていた。
駅に着くまでただ電車の中で揺られているだけで手持ち無沙汰だったので、追加シナリオで誰が攻略可能になったのかをスマホで調べようと一瞬思ったが、楽しみは後に取っておこうと思い、スマホをポケットにしまった。
駅に電車が着きドアが開いてすぐ、速足で電車から降り改札を潜り駅の外に出たとたんに、男は走り出した。ただひたすらにゲームのことを一心に考え、自宅アパートまでの道程をひた走った。
アパート近くの交差点に差し掛かり、信号を確認すると丁度赤になるところだったので、一度止まり乱れた息を整えようと一息付いた。
信号が青に変わり走り出そうとした瞬間、突然目の前に銀色の髪の少女が現れた。そして、男を見上げ笑みを浮かべながら少女が一言呟いた。
「見つけた。」
少女はその一言を呟き男に触れた途端に、姿を消した。
男は今、何が起きたのか一瞬理解ができなかった。
しかし、少女に何事かを囁かれたとはっきりと理解すると、途端に背筋に冷たいものが走り、今かいている汗とは違う汗が全身から噴き出してきた。さらに、少女に触れられたことを思い出した途端、触れられた箇所がほのかに熱いような感じがしてきて、身体が勝手に震え出した。
恐怖に全身が包まれ、パニックに陥った男は、その場から早く離れたくなり、無我夢中で走り出した。そして、信号が点滅しているにも関わらずに、ただその場から離れ安全な家に帰りたい思いから道を渡りだしていった。
交差点を半分ほど渡り切った時に、突然耳にクラクションが鳴り響き、顔を向けた先には、白い壁があった。そして、”ドン”という音とともに身体が吹き飛ばされた。
男が何かに撥ねられたと理解できたのは、飛ばされた身体が地面に叩きつけられた衝撃からだった。
そして、地面の上を転がる身体が止まった後、男は自分を轢いたものが何かを確認しようと顔を向けた。そこには、トラックが止まっており、白い壁だと思ったものはヘッドライトだった。
命の危機を感じた男は、救急車を呼ぼうとスマホを取り出そうしたが、手が動かなかった。また、このまま転がっていては、後続車に轢かれる恐れがあると避難しようとしたが、身体に力が入らなかった。
唯一動く首を動かし身体がどうなっているか確認しようとしたとき、周りの様子が目に入った。
男に向かって必死に声を掛け続ける者、絶叫を上げ泣き出す者、口を押えて吐き気を耐える者、スマホを向け写真を取ろうとしている者など様々な人々の様子が伺えた。
男は、その様子に恐怖を感じ自分の身体がどうなっているのか急いで確認しよう顔を身体に向けた。
するとそこには、胸から下に何もない人間の身体があった。
男は、そこから全てを悟った。もう助からないと・・・。
そして、目の前が暗くなり始め、周りで男を呼びかける声が遠くなり始めた時、男の頭にやり残したことに対する無念と後悔が浮かんだ。
追加シナリオで攻略出来るヒロインは誰かを確認しておけば良かったと、またそれが、悪役令嬢であったならば、もうそれを攻略し破滅エンドから救い出すことができないことへの無念が頭に浮かんだ。
暗闇に沈みゆく前、男の中にある感情が芽生え、それを心の中で叫んだ。
「今度は必ず君を救ってみせる」
そして、それらの思いを抱えながら男は、二度と浮かび上がることのない暗闇に沈んでいった。
目を覚ますと見知らぬ天井が広がっていた。いつも見ているアパートのベニア板に塗料を塗した安い天井とは違い、映画に出てくる洋館のような細かな細工が施された重厚な天井が広がっていた。
そして、カーテンの隙間から差し込む光に照らされた部屋は、マンガが山積みされ、テーブルや床に物が雑に置いてある自分の部屋ではなく、綺麗に掃除された部屋でクローゼットや化粧台などがある女性らしい部屋だった。
寝起きでボーとしていた頭は、これらの異変ですぐ覚醒し、慌ててベッドから飛び出した。そして、自分はどこかのお屋敷に酔っぱらって不法侵入をしてしまったかと思い、誰かに見つかる前にここから逃げ出そうと考えた。
ドアに近づき、外に誰もいないかドアに耳を付け外の音を探った。そして、何も音が聞こえなかったので、ドアを開け外の様子を確認しようとドアノブに手を伸ばした。
ドアを開ける直前、不意に視界の端に人影が入り、そこには中腰でドアに耳を付け、ドアノブに手を掛けている少女がいた。すると、その少女はこちらを確認したからか、徐々に目を見開いていった。男はそんな少女の姿を見た瞬間、床に頭を付け土下座の体制を取った。そして兎に角、少女に向かって謝罪と言い訳を始めた。
「待ってくれ、すまない、君がいるとは知らなかった。俺は、酔っぱらってこの部屋に迷い込んだだけで、何かをしようと思ったわけではないんだ。お願いだ、叫ばないでくれ。本当にただ迷い込んだだけなんだ。直ぐに出ていくから、叫ばないでくれ。・・・・・」
しかし、いくら待っても叫び声が聞こえなかったため、少女が思いとどまってくれたのかと思い顔を上げると、少女も同じように土下座の恰好から顔を上げた格好をしていた。男はその動きを見ると、もしかしてと思い少女を落ち着いて観察した。
まず、男は少女を見つめながら右手を挙げてみた。すると少女は左手を上げていた。次に男が万歳をすると、少女も同じように万歳をしていた。そして、男は少女に近づいていった。
男は少女に近づくと、少女に手を伸ばした。すると、果たして伸ばした手に硬い感触が伝わってきた。少女もこちらに手を伸ばしており、透明な板1枚を隔てて触れ合っているようであった。
「はあ、鏡かよ。びっくりした」
そこには、頭の天辺からつま先まで全身を映せる大きな鏡があり、そこに銀髪で瞳の色が左右で違った少女が映っていた。
鏡に映っただけの少女だったことに安堵し、ホット一息ついた。そして再び、この屋敷から抜け出そうとしてドアに近づいた時、また少女が鏡に映りドアに取り付き開けようとしていた。
それを見た男は、はははっと鏡に驚いていた自分を軽く笑い、外の様子を伺うための作業に戻ろうとした。しかし、笑ったことにより落ち着き冷静さを取り戻した男は、鏡に映っている少女に驚愕し、そして氷水をぶっ掛けられたかのように身体の体温が一気に冷えていった。
もう一度鏡の前に進み、鏡に映る少女を見た。
銀色の髪に左右の色が異なる瞳をした少女が、不安げな表情で見つめていた。
男の中で生まれたありえない考えが浮かび、今この瞬間に現実のものになった。
自分が交通事故で死んだこと思い出し、酔っぱらってどこかのお屋敷に不法侵入をしたのではなく、少女に転生してこの部屋で寝ていたと今はっきりと分かった。しかも選りによって煌めく7つ星と学園の悪役令嬢に転生してしまっていた。
「なんじゃこりゃあ!?」
某ドラマに出てくる刑事みたいなセリフを叫んだ。そして、最後に願った願いが捻じれて叶ったことに男は再び不満を叫んだ。
「そこは、悪役令嬢本人じゃなくて主人公に転生だろう!!」
こうして、悪役令嬢に転生してしまった男の戦い(いろいろな意味で)が始まっていくのでした。
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