3. 優斗君が怒ってくれるでしょ?

 清楚で大人びたデザインのワンピースタイプ。


「優斗君、これはどうかな」

「可愛いよ」


 スポーティーなビキニタイプ。


「これは?」

「可愛いよ」


 フリル多めでやや露出多めの男受けするビキニタイプ。


「これも着てみた」

「可愛いよ」


 紐。


「むぅ、ならこれとかどうかな!」

「それは彼方には似合わないよ」

「!?」


 何を試着しても可愛いを連呼する優斗を訝しんで卑猥なデザインの水着を着ようと煽ってみたら冷静に否定され、これまで何も考えてなかった訳では無く本気で可愛いと思ってくれていたことが分かり彼方は嬉しさで赤面してしまう。

 なお、紐以外は実際に試着して優斗に見せての感想である。


「それ持って赤面されるのは、その……」

「返して来る!」


 卑猥な水着を手に持ったまま照れしまったがゆえ、赤面の理由が違う意味に受け取られてしまいそうで彼方は慌てて返しに行った。


「最近優斗君動揺しなさすぎじゃない? 彼女さんが水着を着てるんですよ、カーテンを隔てた向こうでぬぎぬぎしてるんだよ?」

「いやいや、俺だって内心はテンパってるんだぜ。みっともない所を見せたくないから必死に平静を装っているだけだって」

「本当かなぁ~」

「本当本当」


 彼方がまだメンタル回復途中で恥ずかしい行為をやらかしてしまった時の優斗は目に見えて動揺していた。

 だが今の優斗は少し際どい水着を見せる程度では動揺が全く見られなかった。


「彼方は極端に卑猥な衣装は似合わないよ。ちょっぴりえっちでもやっぱり清楚だからさ」

「ちょっぴりえっちは余計だよ!?」


 などと突っ込みながらも清楚と言われて悪い気はしない彼方であった。


「優斗君も男の子だから凄くえっちな方が好きかと思ってた」

「いや、まぁ、嫌いじゃないけれど、下品なのは彼方に似合わないだけで……」

「ふふ、そっかそっか」


 紐のようなやりすぎなものがダメなだけで、攻めるのは大ありだった。

 清楚な女の子が大胆な水着や下着を着ていたらそのギャップで大興奮してしまうというのが男の性であるのだから。


「じゃあ大胆な水着持って来る!」

「彼方!?」

「だって二人っきりなんだから優斗君が一番興奮してくれる水着を着たいんだもん」


 確かに旅行先のビーチはプライベートビーチであるため二人きりであり、どれだけ際どい水着を着てもそれを見るのは優斗だけだ。


 しかし彼方は大事なことを忘れていた。

 確かにビーチは二人きりであるが、お店の中はそうではないことを。


「お客様。試着室に二人で入らないでくださいね」

「入りませんよ!?」

「ちゃんと着替えてからカーテンを開けて下さいね」

「当たり前でしょ!?」


 このまま店内でおっぱじめるのではないかと不審に思った店員にクギを刺されてしまったのだ。

 当然客からもチラチラと見世物を見るかのように見られていた。


「~~~~っ!」


 また外でやらかしかけていたことに気付き、彼方は優斗を連れて大慌てで店を出たのであった。

 水着は別のお店で購入した。


 この日は旅行の準備デートだ。


 水着はもちろんのこと、旅行用の日用品や遊具など様々なものを用意した。

 旅行は計画や準備している時が一番楽しいという人も居るのではないだろうか。

 彼方もまた心からの笑顔を浮かべて優斗とのお買い物デートを楽しんでいた。


 だからだろうか、最近は外でのイチャイチャ具合は普通だったのだが少し暴走気味であった。


「彼方!? こ、ここは流石に……」

「気にしない気にしない」

「気にするって!」


 それゆえ優斗を男性お断りの売り場まで強引に連れて来てしまったのだ。


「優斗君はどれが良い?」

「も、黙秘します」

「王道の白かな」

「…………」

「それとも大人っぽい黒かな」

「…………」

「紐」

「ほんと勘弁して!」


 魅惑のランジェリーコーナーにて優斗の好みの下着を聞くという鬼のような所業である。


 優斗は男の子が暴走しないようにと必死だ。 

 水着を買うと知っていたので念のためにジーンズを履いて来て本当に良かった。


 顔を真っ赤にして何も言おうとしない優斗の耳に彼方は顔を寄せて囁く。


「それとも優斗君が脱がしやすいのが良い?」

「彼方ぁ……」


 旅行の夜の事を考えてデート中に妙な雰囲気にならないように気を付けていたのに、そんなことを言われたら想像してしまうではないか。

 彼方は顔を少し赤らめながらも楽しそうに優斗をからかう。


「(からかい返したら本気でやりかねないな)」 


 えっちなことにはえっちなことで返すと彼方が可愛らしく反応してくれるのがいつものパターンなのだが、今は妙にテンションが高いためやってはいけないことをやりかねない。

 優斗は彼方のえっちなトラウマがこれ以上増えないようにと、あるいはクッションで頭突きをしないようにと気を使いながら振り回され続けた。


 ちなみにどの水着と下着を買ったのか優斗は知らない。


――――――――


 デートを終えたその日の晩。


 二人は彼方の家に戻り旅行の準備を進めていた。

 親族の男がやってきて再度部屋を荒らされた後、二人は閃達の力を借りて片付けてからまた彼方の家で生活するようになった。


 昼間のように彼方が優斗を振り回すことなく、二人は穏やかな時間の中で旅行について語らった。

 その様子からは親族についてのあれこれに悩んでいる様子はまったく見られず、純粋に旅行を楽しみにしているようにしか見えなかった。


 もちろんそんな筈はない。

 智里から出された宿題について考えなければならず、内心では様々な感情が渦巻いているはずだ。

 昼間のデートでテンションが少し高めだったのも、その感情を強引に振り払ってデートや旅行を楽しみたいという気持ちの表れだったのだろう。


 そして本人はそのことを十分に理解しており、優斗へ助けを求めた。


「優斗君、こっちに来て」

「え?」


 それは夜も更けて寝ようとした時のこと。

 彼方は自分のベッドに、優斗は簡易ベッドに横になり手を繋いで寝るいつもの形式。


 だがこの日は彼方が優斗を自分のベッドに誘ったのだ。


 普通ならば色々と考えて動揺してしまう所だが、アレをやるのは旅行の時と決めてあるのにその前にそのお誘いが来るとは考えにくい。

 そう勘違いされそうなお誘いを敢えてしているということは、彼方にとって勘違いされる危険性を犯してでもやらなければならないことがあるということ。

 そして彼方が優斗に触れたがり温もりを求めるのは、発情している時以外では心が弱っている時だった。


 それゆえ優斗は少しだけ照れたものの、邪な気持ちを捨てて彼方のベッドへと潜り込んだ。


「(柔らかい……)」


 彼方はすぐに優斗の胸に顔を押し付けるような形で体をくっつけてきた。

 女の子特有の柔らかさや香りに下半身が反応しそうになるが、彼方が少し震えていることに気が付くとすぐに冷静になる。


「私ね、旅行の時は余計なことを考えずに目一杯楽しみたいの」


 親族のことやトラウマのことなど考えずに、ひたすら遊んで楽しんで愛を求めあう。

 それが彼方の希望だった。


「でも多分ふとした時に辛い気持ちになっちゃうから、忘れさせてほしいの」


 どうやれば良いのか、なんて野暮なことは今更聞かない。

 これまで優斗は彼方の傍に居て愛という名の温もりを与え続けることで心を癒して来た。

 やるべきことは変わらない。

 ただ今までよりも少しだけ激しいものになるかもしれないが。


「仕方ないさ。宿題考えなきゃとか思っちゃうもんな。分かった、俺に任せろ」


 そんなこと言われなくてもやるのが彼氏の役目だと優斗は本気で考えている。


「ううん、宿題は関係無いの」

「え?」

「宿題だけじゃない。お父さんとお母さんが亡くなって悲しいとか、フルートが心配とか、それも本当は大丈夫なの」

「…………」


 彼方の空気が変わった。

 何かとても大事なことを伝えようとしているようなそんな真剣な声色。

 優斗もまた彼方の言葉を受け入れようと覚悟を決める。


「優斗君には知っててもらいたいの。私が今一番何に苦しんでいるのか。何であの人達のことを話せなかったのか。その本当の理由を」

「…………」


 彼らの仕打ちがあまりにも惨いものだったから、辛くて思い出すことを脳が拒否していた。

 母親の形見が破壊される恐怖に打ち勝てなかった。


 それらの理由ももちろんある。

 だけれどもそれ以外にも彼方が苦しんでいるとても大きな理由があった。


「怖かったの」

「…………」

「あの人達に醜い感情を抱いてしまいそうになるのが怖かったの。それを優斗君に見られるのが怖かったの」

「…………え?」


 醜い感情。


 怒り、憎しみ、あるいは殺意。


 彼方はこれらの感情を抱くのを恐れ、必死に抑え込んでいた。


「でもあんなことされたらそんな気持ちになるのは当然だろ? 例えば彼方が滅茶苦茶怒って奴らを口汚く罵倒したとしても別に嫌に思わないぜ」

「分かってる。優斗君は優しいからそう思ってくれるだろうなってちゃんと分かってるよ。でもね、見せたくなかったの。誰かに対してそんな醜い感情をぶつける自分の姿を好きな人に見せたくなかったの」

「…………」


 もしも今の気持ちを素直に表現したら、彼方は彼らの事を文字通り殺したいほどに憎んでしまうだろう。

 彼方の境遇を考えれば誰もが納得出来る姿であり、実際彼方も心の奥底ではそう思っているからこそ苦しんでいる。


 だがどんな正当な理由があったとしても、彼方にとって人が人を憎む姿は醜いものであり、そんな姿を優斗には見せたくなかったのだ。


「でもあの人達のことを説明しようとすると、ううん、少し考えるだけでも自分の中のドス黒い気持ちが湧き上がって来て狂ってしまいそうになって、そんな姿を優斗君に見せたくなかったらどうしても口にすることが出来なかったの」


 だがそんな強い気持ちを抑えつけ、吐き出さないで溜めてしまったら心が壊れてしまう。

 そんな時こそ優斗の出番である。


「だから私がおかしくなりそうだったら優斗君に抑えて欲しいんだ」


 狂う暇など与えないくらいに愛を与えて、幸せな事しか考えられないようにして欲しい。


「任せろ。と言いたいところだが、本当にそれで良いのか? 程度の問題はあっても少なくとも怒ることは自然なことだと思うぞ」


 殺したいほどの憎しみに囚われなくても、本気で怒ることで心のガス抜きをすることは自然な反応だ。

 それに怒るくらいならば彼方の言う醜い感情には含まれないのではないか。


「そうだね。でも、お父さんもお母さんも怒って無かったから」

「!」

「少なくとも私の前ではお父さんもお母さんもあの人達のことについて怒ったり文句を言ったことは一度も無かったの。私よりも長い間、多分相当理不尽な目にあってきたのに、だよ。それなのに娘の私が怒ったらダメかなって思うの」


 父と母が親族たちの理不尽に耐え続けていたから自分も耐えなければならないという話ではない。


「お父さんとお母さんは私を愛してくれることの方が大事だったから気にならなかったんだと思う。私も優斗君を愛することの方が大事だから……」


 憎むよりも愛することを優先したい。

 だから彼方は負の感情に支配されるのを心から嫌って必死に戦っていたのだ。

 だから彼方は優先したい愛を優斗から貰うことで負の感情の呪縛から解放されたのだ。


「それに優斗君が怒ってくれるでしょ?」

「ああ!」


 彼らに然るべき報いを与えるのは優斗に任せる。

 頼りになる友達に任せる。


 自分は醜い感情と戦い優斗と愛を育むことに注力したい。

 当事者なのに彼らの事を他人に任せて自分は愛する人との未来を作りたい。


 これは彼方のわがままだった。

 もちろん優斗がそれを受け入れないわけが無い。


「…………」


 優斗は震える彼方の体を優しく抱き締めることで答えとした。


「優斗君……ありがとう……」


 彼方は優斗の温もりに包まれながら、心の澱みを少しずつ振り払う。

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