7. 優斗の本当の姿

「ちょっと優斗君!」


 珍しく彼方が怒りを滲ませて大声をあげている。

 リビングのソファーでスマホを弄っていた優斗は突然のことに驚き口を半開きにして掃除中の彼方の方に目線をやった。


「俺、何かやっちゃいました?」

「そういうの良いから」

「ごめんなさい」


 ちょっとしたボケも流してくれない程におかんむりらしい。


「でもマジで俺が何かやっちゃったのか?」


 自分では普通のことでも相手にとっては嫌なことなど良くある話だ。

 もしかしたら彼方はこれまでずっと優斗の行為で我慢してたことがあったのかもしれないと思い、内心結構焦っていた。


「優斗君、お話があります」

「ハイ!」


 有無を言わせぬ迫力に思わず背筋をピーンと伸ばして力強く返事をしてしまった。


 彼方は掃除を一旦中断し、優斗の隣に座る。

 この二人が会話する時は常にソファーに並び向かい合う形になる。


「ねぇ優斗君」

「…………」


 責めるような拗ねるような目で見つめられ、優斗は心臓がバクバクだ。


「可愛い」

「ふぇ!?」

「あ、ごめん」


 本気で怒っているというよりもジト目に近い感じだったからか、怒られる恐怖よりも可愛らしさの方が上回ってしまった。


 そして可愛いと思ったらすぐに口に出てしまうのが今の優斗なのである。

 想いをちゃんと伝える日本人らしからぬタイプだった。


「もう、茶化さないで!」

「本気だよ? あ、ごめん」

「も、もう! もう! もう!」

「だからそれ可愛いから逆効果だよ!」

「もう!」


 まだ彼方は優斗の突然の攻撃に慣れていないため、カウンターを発動できずに牛さんになってしまうことが多かった。


「優斗君、聞いて!」

「はい」


 少し赤らめた顔がまた可愛いなぁなどと思っているけれど流石に今回は自重した。

 あまりにやりすぎると本気で拗ねられるかもしれないからだ。

 あるいはイチャイチャモードに入ってしまうかもしれない。

 例の痴態を思い出し、羞恥で僅かに鳥肌が立った。


「あそこの棚の周り、掃除した?」

「ああ、花に水をやるついでにちょっとだけ。もしかしてやり方がまずかったのか?」


 埃が目についたからついでに掃除をしたのだが、家事マスターの彼方から見たらやり方がダメダメで不満を抱いたのかもしれない。

 しかし彼方の怒りは全く別の理由によるものだった。


「やり方は問題無いよ。隅の隅までちゃんと掃除出来てたし、手が届きにくい棚の裏までピカピカだった」

「それじゃあ何が問題だったんだ?」

「なんで掃除しちゃったの!」

「えぇ」


 まさかの掃除したことそのものに対するダメ出しだった。


「掃除は私の役割なのに」

「マジか」


 趣味でもあり大好きな掃除を僅かとはいえ奪われてしまったことに怒っていた。


「というのは冗談だけど」

「おいコラ」


 流石にそれは冗談だったようだが。

 本当にこのレベルで怒ったら面倒臭い女と思われても不思議ではない。

 怒ったフリをしたのはちょっとしたいたずらだった。


「でも優斗君、掃除ちゃんと出来るんだね、っていうのは失礼かな」

「もしかして、家に初めて来た時のことを言ってるのか?」

「うん」


 当時はゴミ屋敷とまでは行かなくとも、ゴミが床に散乱している酷い有様だった。

 優斗が掃除や片づけが出来ない男性だと思われてもおかしくは無い。


「でも良く良く考えてみると優斗君の部屋の本棚は綺麗に並んでるし、机の上もいつも整頓されてるし、ゴミをちゃんと細かく分別して捨ててるし、使った食器はすぐに洗うし、洗濯物を畳むのも丁寧だし、雑どころかちゃんと整理整頓してるんだよね」

「お、おう。そこまで見られてると思うとなんか恥ずかしいな」


 好きな人のことなのだ。

 部屋の様子や行動など、逐一気になってしまうのは仕方のない事だろう。


「お母さんから『片付けなさい』って怒られたことある?」

「んん~どうだったかな。小さい頃はあったかもしれないけど覚えが無いな」

「やっぱり優斗君って生活力があったんだ……」

「なんでそこで残念そうにするかな!?」


 確かに優斗は雑な生活を送っていたが、それはあくまでも母が病気になりしかも失ったショックによるものだ。

 本来の優斗は母の教育のおかげか、自立して生きられる人間だったのだ。


「だって私が尽くせないじゃん!」

「えぇ……」


 家事が大好きで好きな人の面倒を見るのも彼方は大好きなのだ。

 優斗がしっかりした人間であればあるほど、自分の能力を発揮するチャンスが減ってしまい寂しいのだろう。


「(だめんずにひっかかりそうだな)」 

「優斗君、何か失礼なこと考えてない?」

「な、ないぞ」

「私が好きなのは優斗君だけだからね!」

「(なんで心が読まれ……いや、自覚してるのか?)」


 自分がダメな男になびいてしまいそうな性格だと彼方は分かっていて、優斗から心配されることも想定済みだったのだ。


「それに優斗君ズルいよ」

「ズルい?」

「だってダメだと思わせておいて本当はちゃんとしてるなんてギャップ見せられたら益々好きになっちゃうじゃん!」

「あ~それは分かる気がするな」


 いわゆる悪い人間が善い事をすると普通の人がやるよりも善い事のように見えてしまうアレである。

 尤も、優斗の場合は悪い人間では無いのだが、ダメなところが本当はダメでなかったケースでも似たような効果はあるだろう。


「せっかくだからこの際もう一つ聞くけれど、優斗君って本当は頭も良いでしょ」

「いやいや、俺の成績知ってるだろ」

「私が知ってるのは今の成績だけだよ。中学一年生までの成績はどうだった?」

「…………まぁそれなりに、かな」

「正確に」

「学年で上位レベルでした」

「やっぱり」


 今でこそ優斗の成績は平均程度だが、中学二年生のある時まではトップクラスとまではいかなくとも上位レベルの成績だった。

 何故成績が落ちてしまったのか。

 それもまた母の病気により勉強が手につかなくなったからだ。


 しかしそれでも平均程度を維持できるほどの実力があるのだ。

 元に戻った優斗が真面目に勉強すれば、上位返り咲きとまでは行かなくても平均に届く届かないで苦労することは無くなるはずだ。


 そしてその片鱗を彼方はもう察知していた。


「優斗君ったら教えた事をすぐに理解するからおかしいと思ってたんだよね」


 実は優斗は彼方に夏休みの宿題とは関係なく勉強を見て貰っていた。

 少なくとも彼方と同レベルの成績にまで上げて一緒の大学に行く選択肢を作るためだ。


 その際に優斗は今の成績では考えられない程にぐんぐんと分からない部分を克服しており、彼方は違和感を覚えていたのだった。


「頭が良くて自立出来て優しくて格好良いなんて私をどこまで虜にすれば満足なの?」

「で、でもほら、俺って料理は出来ないし。それに彼方が苦手なゲーミングシリーズが大好きだし」

「その欠点があるから猶更良いの!」


 完璧超人よりも多少は欠点があったほうが好感が持てるというものだ。

 料理が出来ないのはむしろ彼方が作ってあげられるからポイント高く、ゲーミング関連に関しても子供っぽい感じがあって母性の塊でもある彼方的には微笑ましく感じられる。


「おお。欠点もアリなら久しぶりに料理を」

「絶対ダメ」

「彼方さん怖いです」


 優斗のことを何でもウェルカムな彼方であっても譲れないものが当然ある。

 どれだけ優斗が努力して彼方を癒したとしても、このトラウマだけは永遠に残り続けるのではないだろうか。

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