3. 今は待とう
彼方が羞恥心と戦っている間、優斗もまた戦っていた。
二人が通っている学校は定期テストが火曜から金曜にかけて行われ、その週だけは必ず土曜が休みになる。
その最終日の金曜に色々と起こってしまったがゆえ、学校という逃げ場がなく土日の間ずっと一緒に居ざるを得なかった。
彼方は恥ずかしくて距離を取りたいはずなのに、持ち前の生真面目さゆえか極端に距離を取ると優斗に悪いと思い照れながらなんとか傍に居ようとする。
しかも後遺症で時々とんでもないことを漏らすのだから大変だ。
例えばちゃんと寝ないと体を壊すからと必死の説得の末に再び彼方の部屋に入り添い寝しようと思ったら震える声で『しないの?』などと言われたり、洗濯物を干す時に外からも中からも見えないコーナーが増えていてきっと下着なんだろうなって察してドキドキしたり、『一緒に行きたいの』って言われて買い物に出かけたり、偶然ちょっと体が触れそうになっただけなのに『ごめんなさい! もうちょっと待って!』などと謎の台詞を言われたりと、とにかくイベントが多すぎた。
全て説明したら全く話が進まなくなるため残念ながらカットである。
それはさておき、このように優斗は恋心と羞恥が入り混じる彼方の扱いに四苦八苦していた。
しかしその対応で大きな失敗はしなかった。
「(気付けて本当に良かった……)」
その最大の理由は彼方の恋心を認めてしまっていたからだ。
彼方が恥ずかしがる原因は優斗視点でも色々と思い当たることはあるが、その中で『優斗が好きだから』という理由はとても重要だった。
もし単に男子と一緒だから恥ずかしいのだろう、なんてことを考えていたらラブコメ主人公のようにデリカシーの無い対応をして悲しませてしまったかもしれない。
自分が想われていることを前提で彼方の行動の理由を考え対応することで、パーフェクトコミュニケーションを連発したのだ。
尤も、そんなことをしたら好感度が更に上がるだけなのだが、そのことには気付いていなかった。
そんなこんなで土日を終えて彼方の様子は少し落ち着いた。
まだまともに会話することすらままならないが、このまま一週間もすればマシになるのではないか。
優斗は希望的観測を胸に、照れて俯きもう服の裾をつまもうとはしない彼方と一緒に登校する。
「(左手が所在なさげな感じだなぁ。つまみたいのかな、まさか手を繋ぎたいなんてこと無いよな。許可出してあげた方が良いかな。でも照れて困らせてしまいそうだ。ううむ、難しい)」
無感情で足を動かすだけ、腕にしがみ付く、服の裾をつまむ、からの照れて俯いて並んで歩く。
接触が減っているにもかかわらず傍から見るとイチャラブな雰囲気が増えているように見えるのが不思議である。
「それじゃあ彼方、また後……でな」
教室に彼方を送り届けた時、自然といつもの言葉が出そうになったけれど少し言葉が詰まってしまった。
「(あれ、今の彼方と一緒に昼飯食べられるのか?)」
クラス中に見られながら一緒に手作りお弁当を食べるなど、恋人同士ですと宣言しているようなものだ。
そんな羞恥プレイに果たして彼方が耐えられるのだろうか。
そのことに気付いて戸惑ってしまったのだ。
「(ちょっと考えるか)」
昼休みまではまだ時間があるのでその間に対策を立てようと考えながら優斗は自分の教室に向かう。
「はよっす、委員長」
「おはよう、色男さん。大丈夫?」
「格好良い男は辛いぜ」
「ふっ」
「調子乗った俺が悪いけど、正直少し傷ついたわ」
なんて軽口を叩き合えるこの時間が優斗にとっての安らぎの一時。
そしてその安らぎをくれる相手がもう一人。
「おはよう、優斗。大丈夫?」
「閃か、おはよ。全然大丈夫さ。それより一昨日連絡したアレなんだけど」
「そのことなら安心して。適切に対処するから」
「そうか、サンキュな。マジで助かったぜ」
「でも本当にあれだけで良いの?」
「あ~うん、ちょっと事情があってさ」
優斗達が直近で抱えている問題は彼方の羞恥心だけでは無い。
その直前に遭遇した偽の借金取りという大きな問題があるのだ。
その件について優斗は閃に相談した。
閃ならばなんとかしてくれる可能性があることを知っていたから。
優斗は全てを自分で何とかしようと考えるのではなく、他人に頼れる人間だった。
「何の話かしら」
「優斗からちょっと相談されてね」
「あら、私には相談してくれないのかしら」
「委員長にも本当は相談したかったんだよ。でも理由があって今回は閃にお願いしたんだ。本当だぞ? 除け者にしたわけじゃ無いぞ」
「ふふ、焦らなくても大丈夫。分かってるわ」
そして委員長もまた、閃と同様に頼れる何かを持っている人物。
彼方関連の問題について、とある障害が無ければ真っ先に相談していた相手だった。
「でも優斗、あっちは僕が対処するから良いとして三日月さんとの関係はどうなったんだい?」
「うっ……」
「私も気になるわ。ケンカしたんじゃないかって噂になってるもの」
「もう噂になってるのかよ!」
登校中の二人の様子がこれまでと違って大人しく、彼方が優斗の服を掴んでいないことから様々な憶測が流れていた。
「僕は優斗がついに手を出したから三日月さんが恥ずかしがっているんじゃないかって聞いたけど」
「おい誰だその噂流した奴は」
「都成って人らしいよ」
「おいコラ!」
閃が噂を流したというのは冗談であるが、その噂が流れているのは本当だ。
「ふふ、その様子だとまだのようね」
「いつまで待たせるのさ」
「いやいや、まだとかそんな予定無いから。待っても何も変わらないから」
「…………」
「…………」
「無言で呆れたような目で見ないで!?」
そりゃあ見るだろう。
「はぁ」
「はぁ」
「本気で溜息つかないで!?」
そりゃあ溜息も出るだろう。
「優斗いい加減にさぁ」
「それで良いの?」
「微妙にぼかして意味深なこと言わないで!?」
そりゃあ言いたくもなるだろう。
「はっきり言って良いの?」
「はっきり言って良いの?」
「ごめんなさい」
優斗にだって分かっているのだ。
答えを出す時が来たのだと。
彼方が正常な心を取り戻し、自分に恋心を抱いていると気付いてしまった。
ラブコメ主人公に徹して知らんぷりすることなんて出来るはずが無い。
「(でも今の彼方はまだダメだよな。少しだけまだ時間があるはず)」
今はまだ待とう。
ヘタレだからではない。
彼方の心が羞恥心により安定していないからだ。
優斗の答えがどのようなものであれ、今伝えてしまったのならば受け止め切れるか分からない。
だがそれもほんのわずかな猶予期間だ。
この土日だけでも目に見えて落ち着いてきている。
数日の間にはまともに会話が出来るようになるだろう。
目安はテスト返却期間が終わり夏休みに入る前後辺り。
果たして二人はどのような夏休みを過ごすことになるのだろうか。
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