6. 怪しい郵便物
彼方の『好きな人』発言の後も、二人はこれまで通りの生活を続けていた。
変わったことと言えば、彼方が写真を撮るようになったことくらい。
やはり彼方は他意なくあの言葉を言ったのだろうか。
何も気にしていない様子だった。
そんなある日、優斗はリビングの机の上に妙な書類が置かれていることに気が付いた。
「督促状?」
高校生なら何のことか分からない人がいてもおかしくは無いが優斗は知っていたようだ。
「(え、まさか借金があるのか。見たらダメなやつだけど、彼方がトラブルに巻き込まれているかもしれないなら知っておかないとダメだよな。どうしよう)」
優斗がその書類を気にしていることに気が付いた彼方は、夕飯の準備を止めてトコトコと優斗の元にやってくる。
「見て良いよ」
「良いの?」
「うん」
「でもこれって見たらダメなやつじゃ」
「良いよ」
許可が出ても少し迷ったが、彼方が借金まみれになっている可能性を考えるとあまりにも不安になってしまい手を伸ばす。
「う゛っ……難しい……」
甲がなんとか、乙がなんとか。
大人の世界特有の堅苦しくて読みにくい表現に優斗は顔を
「二千万!?」
督促状には『三日月
「彼方、この『行人』って人……」
「お父さん」
息が止まった。
まさかこんなにも突然彼方の父親の話が出て来るとは思わなかったから。
これまで禁忌扱いで徹底して触れないようにしていた彼方の家族の話。
「(別に変化はない……のか?)」
だがこれまで恐れていたことが何だったのかと思える程に彼方は普通だった。
特に何でもないように『お父さん』と告げたのだ。
そのことに少し安心したものの、この書類はまったく安心出来ない。
彼方の父親が大金を借金していたという内容なのだ。
まだ高校生でこの手の法律に詳しくない優斗ならば、その借金を娘の彼方が返さなくてはならないと考えてもおかしくはない。
「(そもそもこれって本物なのか? 詐欺とかじゃないのか?)」
世の中には振込詐欺などの様々な詐欺が横行していることくらいは知っている。
これもその手の類のものではないか。
「これってマジ?」
「分かんない」
しかも彼方も父親の借金について知らないらしい。
やはり怪しい。
「そもそも何でコレがここに置いてあるんだ?」
これまで督促状に関する話なんてしたこともないし彼方が気にしていた様子もなかった。
突然これをテーブルの上に曝け出した理由が全く分からない。
「ポストに入ってたの」
単純な事だった。
つまり今日郵送されてきたという事。
「怪しいよな」
「うん。でも…………」
「でも?」
「ここ」
彼方は債権者のところを指差した。
そこには聞き覚えの無い会社名が書かれている。
「お父さんが働いてた会社」
「え?」
父親の名前とその父親が勤めていた会社の名前。
どちらも正しいとなると本当なのかもしれないとも思えてくる。
しかし督促状の内容はその会社が従業員である父親に大金を貸与したと書かれている。
そんなことがありえるのだろうか。
「考えても分からないよな。弁護士に相談しようか」
詐欺について相談するなら警察か弁護士。
警察はダメでも弁護士なら良いかなと軽い気持ちで口にしたのだが、それが大問題を引き起こす。
「ダメ!」
「え?」
ここしばらく強い感情を見せなかった彼方が大声をあげたのだ。
「ダメ! ダメ! ダメ! ダメ! 弁護士はダメ!」
「お、おい彼方」
「あ……ああ…………ああああああああ!」
頭を抱えて体を左右に大きく揺らし、叫びながらその場に崩れ落ちた。
「彼方、分かった。弁護士は止めよう」
突然のことだったが優斗は慌てずに彼方の肩を優しく抱いて落ち着かせようとする。
「(甘くみていた)」
ここしばらくの間、彼方が順調に復調していて壊れる気配を全く見せないからもう安心なのだと思い込んでいた。
やはり両親を失ったショックは大きく、ふとしたことでこうしてその傷が開いてしまうのだろう。
とはいえ、警戒していても弁護士という単語がNGだとは分からなかっただろうが。
「(この反応って警察や病院みたいな感じだ)」
彼方と最初に出会った時、警察という言葉に強く反応した姿を思い出す。
あの時の様子にかなり似ている。
優斗は何も言わずにそのまま彼方が落ち着くまで待つ。
あの時とは違って目が死んでいるということはないから、また元に戻ってしまうということは無いだろう。
「ごめん……なさい……」
「謝らなくて良いよ」
落ち着いてからの最初の一言が謝罪の言葉というのが彼方らしい。
「ソファーに座って休もう」
「うん」
優斗は彼方をソファーに座らせ、自分もその隣に座る。
すると彼方は優斗の肩に頭を預けた。
先日と同じような体勢だ。
しかし彼方はまだ小さく震えており、先日のような甘い雰囲気には一切ならない。
今やるべきことはこうして傍に居てあげることだろう。
彼方の心が少しでも早く癒されるようにと願って優斗は静かに座り続けた。
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