春臣&秋梨. 恩返し

「うわああああああああん」

「うえええええええええん」


 幼い頃、春臣と秋梨は弱虫で泣き虫だった。

 ケンカなんかしたこともなく、学校ではクラスの男子達に揶揄からかわれて泣かされていた。


 二人一緒ならば強くなれる、なんてことも無かった。

 秋梨の前で春臣が男を見せて虚勢を張って強くなる、なんてことも無かった。


 幼馴染であるが故、そしてお互いが気の知れた仲であったが故、素直な感情を見せ合っていた。


 お互いが似ているからこそ惹かれ合い、傷を慰め合うようにして仲が深まった。


 家族と春臣だけが居れば良い。

 家族と秋梨だけが居れば良い。


 二人は自分達の世界に閉じこもり、強くなろうとせずに、手を取り合って逃げ続けた。


 だが小学三年生の時、そんな二人の考えを大きく変える出来事が起こった。


「このクソガキ! 何しやがる!」


 学校からの帰り道、ガラの悪い男にぶつかってしまったのだ。

 しかも運が悪いことに男は酔っ払い機嫌が悪く、手に持っていた缶ビールが零れて服にかかってしまった。


「うわああああああああん」

「うわええええええええん」


 男は子供だからと容赦するタイプの人間では無かった。

 怒鳴られて泣いている子供を遠慮なく殴りつけるクズだった。


「止めろ!」


 だが二人が殴られることは無かった。

 彼らと同い年くらいの子供が男に体当たりし、男の注意がそちらに向けられたからだ。


「なんだこのガキ!」


 その子供は男の腰に抱き着いて離れない。


「逃げて!」


 こうして男を抑えている間に逃げるようにと二人に声をかけたが、恐怖のあまり腰を抜かしてペタリと座り込んでしまっていた。


「放せこのガキ!」


 男は子供を引きはがそうとするが、必死に抵抗されて中々離せない。


「クソが!」

「ぐっ」


 ついには蹴り、殴り、暴力を振るってまで力任せに腕を外そうとする。

 大人の攻撃を受けて子供が耐えられるわけが無い。

 その子は引きはがされ、追撃の蹴りで大きく飛ばされた。


「ああ……ああ……」

「ふええ……」


 そんな様子を二人はどうしたらよいか分からず見ている事しか出来ない。


「クソが、なんなんだよ!」


 男は怒り心頭と言った感じで、まだまだ暴力を振るってきそうな雰囲気だ。

 二人はあまりの恐怖で泣くことも出来ず、漏らしてしまいそうになる。


「止め……ろ……」


 全身傷だらけの子供がフラフラになりながらも二人の前にやってくる。

 そして男から守るようにと両手を広げて立ちはだかった。


「てめぇ!」


 その行為を舐められていると勘違いしたのか、男は激情してその子へ暴力を向けた。


「ぐっ……うっ……かはっ……」


 何度攻撃を受けても、その子は決して怯むことは無かった。

 大人の暴力という恐怖に負けることは無かった。


「…………」

「…………」


 だが二人はその小さくて大きな背中を見上げる事しか出来なかった。


 事件は唐突に終わりを迎える。

 そこは通学路。

 事件に気付いた他の生徒が防犯ブザーを鳴らして助けを呼んだのだ。


「チッ」


 男は慌てて逃げ出したが、すぐに捕まることになった。


「あはは、防犯ブザー持ってるの忘れてたよ。大丈夫だった?」


 その子は振り返ると、腫れた顔で無理矢理笑顔を作り二人に優しく話しかける。


「うわああああああああん」

「うわええええええええん」

 

 緊張が切れた二人はいつものように泣き出し、その子は優しく二人を抱き締めた。

 これが春臣達と優斗の出会いだった。


――――――――


 強くなりたい。

 そして今度は僕達がセンパイを守りたい。 


 その想いが春臣達を変えた。


「お父さん、僕強くなりたい」

「お祖父ちゃん、私強くなりたいの」


 幸いにも強くなる環境には事欠かなかった。


 優斗への恩返しと憧れ。


 強い二つの想いを支えに必死に心と体を鍛え続けた。


 そして強くなった。

 強くなり過ぎた。


 だがこれで優斗がピンチになった時に助けられる。


 しかし二人は知る。

 世の中には強さだけではどうにもならないことがあるのだと。


 家族を亡くした悲しみは決して暴力では救えない。

 強くなったのに、優斗が苦しんでいるのに何もしてあげることが出来ない。


「アキちゃん、僕達傍にいることしか出来ないッスかね」

「うん。でも多分それで良いんだと思うよ」


 あの時、優斗は勇敢で力強かった。

 でも優斗が教えてくれたのはそれだけではない。


 力がなくても、傍にいてくれるだけで温もりを与えてくれるということを。

 その温もりが支えになってくれるということを。


 だから二人はもどかしさを抱えながらも、優斗の傍に居続けることで支えようとした。


 その優斗が最近女の子に興味を抱いている。

 そしてその女の子へのいじめの話を耳にした。


「センパイ達が狙われてるッスか!?」

「ハル君!」

「うん!」


 あの日の恩を返す時がやってきた。


「やろう、ハル君」

「もちろんッスよ、アキちゃん」


 優斗と、優斗が大切にしている彼方を絶対に守り切って見せると二人は誓った。


「それじゃあ役割分担するッス」

「片方が護衛、片方が調査よね」


 一人が優斗達の登下校に同行して彼らを守る。

 そしてもう一人は敵の調査だ。


 まずはボディーガードについて。

 優斗の家は何度も遊びに行ったことがあるから知っているが、彼方の住所は知らなかった。


「うわ、センパイって同棲してるの!?」

「マジッスか。やるッスね」


 こっそりと後をつけたら一緒の部屋で寝泊まりしていることが分かり驚いた。

 それはそれで守りやすいからむしろ良かったが。

 これならマンションを出るところから学校までの間で漏れなく守ることが出来る。


 次に敵の調査について。


「動いてくれると良かったッスのにね」

「お祖父ちゃん頭硬いんだもん」


 まず最初に考えたのはここら一帯の裏社会のボスである秋梨の祖父の力を借りること。

 しかし家族に手を出さないことを条件に地域の組織にある程度自由にやらせていたため、孫のお願いであっても動けないらしい。


 それゆえ自分達だけで調査するしか無かった。


「あいつら隠れるのヘタ過ぎッス」


 四人で遊んだ日、カラオケボックスから出た時に春臣と秋梨は不審な視線に気が付いた。

 そしてその日以降、頻繁にその不審な視線を感じるようになった。


 見られているのは優斗と彼方。

 誰が何処から見ているのかは、とっくに気が付いていた。


「今日は僕が調べるッス」

「分かった。気を付けてね」


 春臣達は逆にその不審人物を尾行してアジトを突き止めた。

 そして更にそのアジトを出入りする人物を尾行して、彼らが三か所の拠点を持っていることが分かった。


「あんまり規模は大きくないみたいッスね」

「三か所もあるの面倒臭いなぁ。いっそのこと二つ潰しちゃうとか」

「そんなことしたら完全にこっちが犯罪者じゃないッスか!」

「別にセンパイを守れるなら良いじゃ~ん」

「それに相手が警戒してやりにくくなるッスよ」


 中途半端に手を出して逃げられたら、いつまた狙われるのかと優斗達を心配させ続けることになってしまう。

 確実に潰しきれる確証が無ければ動けなかった。


――――――――


 調査がかなり進み、そろそろ痺れを切らして敵が行動して来るのではと思っていた矢先のこと。

 優斗が一人で彼方の家を出たことで状況が動いた。

 実はあの時、秋梨が彼方の家をマークしていたのだが、小腹が空いたのでコンビニに向かっている途中に優斗が出て来てしまった。

 そして秋梨が戻って来た時に丁度優斗が攫われていった。


「まさかこのタイミングでセンパイが出て来ちゃうなんて。私の馬鹿!」


 こうなったら彼方を家から出さずに引きこもってもらい、優斗を救出に向かうしかない。

 だが彼方は一人になると心の傷が開いてしまうことを優斗からそれとなく聞き出していた。


 本当は自分が優斗を助けに行きたいけれども、戻って来た優斗がボロボロになった彼方を見てショックを受けるかも知れなかったため、救出は春臣に任せて仕方なく彼方の元へと向かった。


「奴らがまだいる。三日月センパイを呼び出す気なのかな」


 彼方のマンションの近くには怪しい男達が再度集まり、怪しい車がまた止まっている。

 今度は彼方を攫おうとしているのかもしれない。

 インターフォンを鳴らし、優斗の安否を仄めかせば部屋から出てくる可能性が高い。


 奴らよりも先にと秋梨は彼方の部屋に向かったが、ここで予想外の事が起きる。

 彼方が今の事態を理解してしまい、家を飛び出して連中に捕まってしまったのだ。


「ああもう、どうしてこうも上手くいかないの!」


 慌てて階段を駆け下り、彼方が連れ去られる前に間に合った。

 男達は彼方を人質にしようとしているが、どうせ手を出せないことは分かっている。

 秋梨ならば秒殺で救出することが出来るだろう。


「(あれ、でも待てよ)」


 しかし秋梨はここで妙案を思いつく。

 ここで自分も誘拐されたら優斗の元に連れて行ってもらえるのではないか。

 春臣は三か所のアジトを虱潰しに探しているはずで、バッドエンドの場面に間に合うか分からない。


「(それにこれならお祖父ちゃんも動いてくれる!)」


 そして大事なのは、裏社会のボスである祖父の『孫娘』が誘拐されたという事実。

 その事実こそが祖父を動かす大事な鍵だった。

 敵は『孫娘』に手を出さないことで保護されているのだ。

 手を出してしまったらどうなるかなど明らかだ。


 ゆえに秋梨は無抵抗で男達について行った。


 ちなみに車の中で秋梨は襲われそうになったが撃退した。


「なぁあの女はダメでもこいつは良いよな」

「ガルルルルル!」

「うわ、暴れるな!」

「おい馬鹿やめろ。着くまで待てねーのか」


 リーダー格の男が止めてくれたから良かったものの、強引に迫ろうものなら拘束を引きちぎってぶっ倒し、春臣が優斗を助けるまで時間稼ぎで逃げるつもりだった。


 そうはならなかっため、車は男達のアジトの一つに順調に到着した。

 秋梨は彼方とは別の部屋に連れていかれる。


「(ハル君はもう来てるんだ)」


 アジトの入り口付近の木に、春臣からの合図であるハンカチが巻きつけられていた。

 春臣はすでに潜入済みであり優斗の近くに居るのだろう。

 彼方はそこに連れていかれるはずなので、後は恋人に任せれば良い。


「(それなら向こうは安心かな)」


 秋梨が押し込まれた部屋はベッドだけが置かれている小さな部屋だった。

 部屋の中では三人ほどの男が待っていて、厭らしい笑みを秋梨に向けている。


「(うげ、さいってー)」 


 その部屋の中は異様に男臭く、床には様々なオモチャが散らばっている。

 何を目的とした部屋なのかは一目瞭然だった。


「おら、ベッドに乗れやチビ!」


 背中を押されて秋梨はベッドの傍まで歩かされた。

 誘拐する時はガキには興味が無いだのなんだの言っていたくせに興味津々ではないか。


「悪いけど、私の大事なとこに触れて良いのはハル君だけなんだ、よ!」

「あ?」


 拘束をぶち破り、背中を押した男を一撃で打ちのめす。

 驚いている隙に残りの三人も瞬殺した。


「さぁって、後顧の憂いを絶つとしましょうか。あれ、この表現で合ってるんだっけ?」


 優斗達の部屋に応援を送らせないため、虐殺ショーが始まった。




 一方、先に忍び込んでいた春臣だが少し困った状況に陥っていた。


「(隙が無いッスね)」


 ベッドの傍でナイフを弄っている男。

 そいつだけがこの中で別格の強さだったのだ。


 大男を含めてそれ以外の敵は簡単に無効化出来るが、そのナイフの男だけは優斗を守りながら倒しきれるか微妙なところだった。


「(こっちの気配には気付いていないみたいッスけど)」


 春臣は気配を消して男達の仲間のフリをして紛れ込んでいる。

 堂々と部屋の中にいるのに、誰もその存在を認識していない。

 それこそが春臣の技であった。


 しかしその技を駆使しても、ナイフの男だけは近寄ったらバレてしまいそうな予感がある。


「(しまった。時間切れッスか)」


 彼方が部屋に連れ込まれてしまった。

 しかも最悪なことに彼方の傍にナイフ男という位置取りだ。


「(あいつさえ倒せばどうにかなるッスけど)」


 どうにかしてナイフ男に隙を作りたい。

 そうすれば一撃で仕留める自信があった。


「(仕方ないッス。センパイに協力してもらうッスか)」


 春臣は鏡を通して優斗に自分の存在をアピールした。

 そして注目を浴びて欲しいと合図をした。


 この場に春臣がいると分かれば優斗が安心してくれるだろうとの目論見もあった。

 しかし優斗のとった行動はあまりにも予想外なものだった。


「(ちょっ! センパイ何してるッスか!)」


 まさか自分の体を犠牲にして派手に注目を浴びようとするとは。

 騒いだり挑発するくらいを想定していたのに。


「(くそ、これでも動揺しないッスか!)」


 だがナイフ男は興味なさげに、ナイフを弄っている。

 このままでは優斗の決死の行為が無駄になってしまう。


「(こうなったらやるしかないッス)」


 春臣は賭けに出た。

 失敗してもまだ秋梨が残っているから大丈夫だろうと信じて。


 春臣はビデオカメラをセットしていた男をこっそり倒して注目を浴びようとしたのだ。

 賭けは成功し、ナイフ男はようやく隙を見せる。


 その隙を逃さず昏倒させると、そのタイミングで秋梨が乱入して敵全滅。


 これがあの日に起こった出来事だった。


「(センパイを守れなかったッス……)」


 血の滲むような努力をして強くなったのに、肝心な時に役に立てずに優斗が病院送りの怪我をしてしまった。

 そのことを春臣は悔やんだ。


「(私がちゃんと家を見張っていれば、センパイが誘拐されることは無かったのに)」


 秋梨もまた、自らのミスを悔やんでいた。

 凹んだ後輩コンビに、彼方に支えられて立った優斗が声をかける。


「二人ともサンキュな。マジ助かったぜ」


 あの幼い日と同じだ。

 痛くて痛くてたまらないはずなのに、優斗は春臣達のことを気遣ってくれる。


「(もう二度と……絶対に……)」

「(この生涯をかけて、ハル君と一緒に、あなたを守りたい)」


 そして二人は再び、優斗のために生きたいと心に誓うのであった。




「にしても、強いとは知ってたがここまでとはな」

「まだまだッスよ」

「そうそう。こんなんじゃダメダメ」

「あ、秋梨様。お疲れ様でーす」

「ちょっと止めて下さいよ! いつも通りにして下さいって!」

「いやぁ、そんな恐れ多いですよ秋梨様」

「蹴りますよ」

「ば、止めろって。冗談だ冗談!」


 優斗の前で秋梨が本性を見せてしまったのはこれが初めてだ。

 怯えられるのではないかと内心びくびくしていたが、いつも通りにふざけて絡んでくれたことが実は滅茶苦茶嬉しかった。


「にしても、こんな派手にやって大丈夫なのか。ほら、報復とか。いつの間にかあいつも逃げてるし」


 このままここから脱出しても、ここの連中に報復される恐れがあるのではないか。

 それに彼方のことを執拗に狙う玲緒奈を捕まえなかったのも痛い。


 優斗はそう思っているようだ。


「大丈夫ですよ。お祖父ちゃんが動きますから」

「お祖父ちゃん?」

「あれ、センパイってアキちゃんの家の事、知らないッスか?」

「牧之原の家?普通の家だろ?」


 小さい頃に遊びに行ったことがあるから覚えている。

 普通のマンションに住む普通の家庭だったはずだ。


「あれ、言ってませんでしたっけ? 私のお祖父ちゃんって、こいつらの親玉なんですよ」

「は!?」


 秋梨の両親はその道に入らず、一般人として暮らしている。

 だから優斗はそのことに気が付かなかったのだ。


「え、マジ? でも良いのか?」


 優斗には不思議なことがあった。

 秋梨が裏社会の関係者であるならば、何故春臣と一緒に居られるのか。


「だって春臣の家って警察関連の家系だろ?」


 絶対に交わらない筈の家庭の子供達が恋人関係になっているのだ。

 驚くのも当然だ。


「まさか禁断の恋? 禁断の恋なのか!?」

「興味津々なところ申し訳ありませんが、残念ながらそんな夢のある話じゃありませんよ」

「世の中には知らない方が良いってこともあるんス」

「マジかぁ。そっちかぁ……」


 思いがけず社会の闇の部分に触れてしまったが忘れることにした。

 そんなことよりも優斗には彼方の事で考えることがいっぱいあるのだから。


「ということで、もう狙われることは無いと思いますので安心して下さいね」


 玲緒奈はもう二度と優斗達に手を出すことは出来ないだろう。

 そしてこの麻薬犯罪組織も完全に潰されて復讐など出来ないように処理されるだろう。


 玲緒奈によるいじめから始まった一連の事件は、これにて終わりを迎えたのであった。

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