餅を崇拝する宗教の話

輪島ライ

第1話 臼臼教

 人間関係のいざこざで新聞社を退職し、コンビニに置いてある週刊誌の記者を務めていた俺のもとに興味深いニュースが届いた。


 数年前から東京都内で餅を崇拝する宗教「臼臼うすうす教」が活動を始め、その宗教団体が運営する老人福祉施設では入居希望者を無償で受け入れているというのだ。


 老人に餅とは面白い組み合わせだと思った俺は臼臼教が保有する施設の一つに取材を申し込み、2月上旬の肌寒い日に雑誌記者として老人ホームを訪れていた。


「あなたが週刊乱流の望月もちづき磯雄いそお記者ですね。ようこそいらっしゃいました、本日は我らが臼臼教の教義や社会貢献活動について存分にご取材頂ければ幸いです」

「こちらこそこの度は取材を許可して頂きありがとうございます。記事にする前には必ず校了紙ゲラをお見せしますね」


 真っ白な装束を着た教団の幹部にして施設経営者を務める男性は俺を施設の中へと案内し、アクリルの窓から見える部屋の中では老人たちが昼食を口にしていた。


「こちらの教団は餅を崇拝されているということですが、入居者のお年寄りも餅を召し上がっているのですか? どうにも危ないような気がしますが……」

「ご安心ください、確かに臼臼教の教義では信徒は三食必ず餅を食すことになっていますが、ここは老人福祉施設ですから、給食の餅は喉に詰まらないサイズにカットしています。この施設は今年で運営4年目になりますが、それまで給食で誤嚥ごえんや窒息を起こした入居者は一人もいないのですよ」

「なるほど、よく考えられているのですね。部外者の勘繰りで失礼しました」


 老人たちの給食のトレーには主食として餅、汁として雑煮らしきものが置かれていたが確かにいずれも餅は小さくカットされており、近くには複数名の介護士が控えているため万が一の事態にも対処できるようだった。


 教団幹部は俺にも入居者と同じ給食を振る舞い、思ったよりも上等な味に感心しつつそれを食べ終えた俺は午後からのリハビリテーションの見学へと案内された。


「ふんっ! とおっ!!」

「鈴木さん、お上手ですよ! 谷口さんも手をつかれないようお気をつけて!」

「まだまだ若い人には負けませんよ、さあどうぞ!」


 リハビリテーション室では男性の入居者が大きなきねを振り上げて臼の中にある餅をつき、女性の入居者はそれに応じてぬるま湯を手につけ餅の形を整えていた。


 近くでは女性の介護士がその様子を見守りつつ声援を送っており、餅を崇拝する宗教だけあってリハビリにも餅つきを応用しているようだった。


「見事な光景でしょう? 最初は介護士の介助を受けたり補助具を使ったりして餅をつく入居者も多いのですが、リハビリが進んでくると独力で餅をつけるほどになります。筋力トレーニングはもちろんのこと、自分でついた餅を食すことでリハビリへのモチベーションもさらに向上するのですよ」

「全く感服ですね。ここまでよく考えられたリハビリが行われているとは記者として感動を隠せません」


 まだ料金が完全無料である理由の説明は受けていないが、この施設は予想していたよりもちゃんと老人のことを考えており、これなら入居者が絶えない理由も分かると思われた。



「さて、そろそろ祭典の時間です。望月さん、実は取材日を今日に指定させて頂いたのは、ちょうど教祖様がこの施設を訪れて祭典をり行われるからなのです。最後にそちらを見学していって頂けませんか?」

「ここまで見せて頂いた以上、もちろん見学させて頂きますよ。教祖の方にお会いするのも楽しみです」


 教団幹部はそう言うと少し待ってから俺を施設内のホールに通し、学校の講堂のような作りのそこでは壇上にいる教祖らしき中年男性が演説を行っていた。


餅神様もちがみさまは仰いました。この世に餅あれ、平和のために餅をつけ。その教えが世界中に広まれば、この世から戦争や犯罪は根絶されるでしょう。その第一歩として、私は皆様に餅神様の恵みを配ります。そーれ、さあ、どうぞ」


 教祖はそう言うと手元のかごに入っていたパック入りの餅をホールに集まって座っている入居者たちへと投げつけ、老人たちは投げられたそれを我が先にと拾い集める。


 パック入りの餅はそのまま食べられる程度に調理されているようだが、驚いたことにその餅はカットされていなかった。


「私だ、私が餅神様のお恵みを頂くんだ!」

「これは私のものです! これを食べれば、もう誰にも邪魔ものにされないの!!」

「やった、捕まえたぞ! 食べる、食べるんだ、ん、ぐ、がああああ……」


 男性の入居者は右手でパック入りの餅を受け止めると包装を破いて口に放り込み、咀嚼そしゃくを始めて間もなく餅を喉に詰まらせた。


 周囲の入居者たちはその様子を意にも介さず自らも餅を食べようと教祖が投げつけるパック入りの餅に殺到し、その間にも次々と入居者は餅を喉に詰まらせていく。



 隣にいる教団幹部は満面の笑みでその様子を眺め、教祖はそーれ、そーれと唱えつつパック入りの餅を配り続ける。


 その異様な状況に、俺は完全に硬直していた。

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