第32話
翌朝、ナディアは朝の点呼の時間には戻っており、食堂で朝食を取って校舎へと移動した。
カサンドラは何も知らないふりをして、授業を受け×印がついた場所へ二人の領民を伴って向かった。
その先にあったのは、骨組みだけに見える建物。
「これは、なにかしら?」
カサンドラの目の前の骨組みは、高さ4.3メートル、幅2メート、奥行きは3メートル程の、言った通りの骨組み。
「骨組み、ですか?」
護衛として伴った領民の一人の視線は、少しばかりずれていた――彼にはそれが見えていなかった。
「そういうこと」
学園の敷地内地図を読めば、ここに用途不明の遺跡があることは書かれているが、林の中にあり、かなり興味がある者以外は足を運びそうにない所にある。
その上、特定の人間には見えない――
「内部を見てきます」
「要らないわ。そんな危険なこと、お前たちにさせるつもりはない。こういうのは、
*********
「俺たちと行くより、納得できるでしょう?」
その日と夕食後、部屋に戻ると、鈴を無数にぶら下げた謎の民族衣装ではなく、普通の恰好のトリスタンが、ベッドに座って待っていた。
ドアを閉めたカサンドラは、椅子の向きを変えて向かい合うように腰を降ろし、
「まあ、そうね。お前の部下たちなんて、信用できないもの」
見えない遺跡があることを教えたかったことに納得を示す。
「この前、姫さまと会ったあと、全員で反省したんだ」
「お前たちが反省? 似合わないことするのね。それで、なにを反省したの?」
トリスタンによると、彼らはジョスランが最初から自らの手で殺害できるという視点で考えていたが、自分の手は汚したくない、あるいは殺人をやり切る自信がない人間もいる――ジョスランはそういう人間なのではないかとし、
「イーサンとジョスランの体格差から見ても分かる通り、殺せるとは考えないのではないかということになった」
ジョスランはひ弱で、イーサンは渉外担当ではあるが、体格はジョスランよりも遙かによい。
ジョスランは学園内でも、体格的に恵まれていないので「会ったことのない、ジョスラン・ブラスローの本当の知り合い」のほうが、腕力があると予測したと思われる。
そして自分よりも強い相手を処分するときに使われるのが、毒やトラップ。
「毒、そしてトラップ。毒薬は購入すれば、あとあと恐喝される恐れがある。作ろうにも材料を買いそろえるのは、手間が掛かるし、やはり作れる人間が見れば、すぐに判明してしまう。だから証拠が残らないトラップを仕掛け、誘い込む方法をとったのではないか?」
ジョスランには毒の知識があったかどうかまでは分からないが、毒よりもトラップの知識のほうがあったのは、結果から推測できる。
「そのトラップが、あの骨組みということ?」
「そうだ。イーサンからの接触がある前から、あの遺跡を探っていた……ここに関しては証拠はないが、学園内の遺跡で仕掛けたトラップで殺害し、そのまま埋めようとした、このほうが理にかなっているのではないかと」
学園の外で殺害した遺体を持ち込む理由――もともと殺人も学園内で行い処理するつもりだった。
「続けなさい」
「はい、姫さま。だがジョスランは遺跡を完全に理解できていなかったし、制御しきれていなかった。
「お前たちが、そちらの大陸の技術者を殺して回ったからでしょう?」
「うん、まあそうなんだけど。でもジョスランも、俺たちとは大差はない――だから、遺跡を思う通りに動かせず、何も知らないノーラが、不幸にもトラップを仕掛けていた遺跡に足を踏み入れ死んだ」
今日、歩いてその場所へ行ったカサンドラは知っている。柵などなく、注意を促すような看板もなく、なんの立ち入りも制限されていない。
更に言えば、ノーラには遺跡が見えていなかった可能性すらある。
「……不条理ね」
ノーラが校則を破り、正門以外から帰宅しようとした結果だとしても、誰かが誰かを殺そうとしていたトラップに掛かり、殺されるのは不条理だった。
「学園でも、殺人は想定していなかったのでは?」
学園内に人をおびき寄せ、殺害して埋めて痕跡を消そうなどと考えて、実行に移す人間の存在が想定されていなくても、仕方のないこと。
「普通はそうでしょう。それで、ノーラがあの遺跡で殺害されたという根拠は?」
「フレームにノーラの着替えが入った大きめなバッグがぶら下がっていた」
「そのバッグは?」
「ノーラのものかどうかの確認に、母親のところへ持っていった。ノーラのもので、間違いないそうだ」
バッグの端が、突起に掛かっている状態で――その遺跡は何のためにあるのかは分からないが、建物内に足を踏み入れると、その者は瞬時に高所に持ち上げられ、そしてすぐにその力は消え、床に叩き落とされる。それは人間を即死させるのに、充分なものだった。
「用途は分からないが、試してみたらそうなった」
”あれなら、普通の人間は即死だろうね”と事も無げにいうトリスタン――カサンドラも「そうでしょうね」としか思わなかった。
「ふーん。それで、遺跡を止めてノーラの遺体を運び出した……けれども、宰相の息子には高所に掛かった、着替えが入ったバッグを降ろすことはできなかったのね」
「バッグは斜めにかかっていたから、バレッタだけが滑り落ちたのではないかな……と考えている」
帝国からきた、己の過去を知らない者を殺すために用意したトラップ。直前にもトラップを確認しにきた――そこで、同級生が死んでいた。
「死体が丸見えのトラップに、本命の獲物を連れてくるわけにはいかないから、急いで片付けようとした」
「ありそうね」
「とりあえず、遺体だけを回収して、バレッタはあとで見つけたんじゃないかと」
「そこから足が付くと困るから、部屋に戻したということ?」
「そうなんじゃないかな。ノーラの遺体を隠してから、遺跡を動かしてみたら、今度は動かなかった。だから諦めて、イーサンに直接手を下すことにした」
「動かなかったとは?」
「よく分からないけれど、俺の次に早暁が飛び込んだが、動かなかった……なんというか、よく分からないがそうなった」
「お前たちに、遺跡が負けたとかではなく?」
トリスタンはカサンドラの邸の遺跡の一つである離れを、易々と破壊した――人間は遺跡に立て籠もり戦ったが、神兵たちはその遺跡ごと破壊し侵略していったのは、有名な話だった。
神兵にはもちろん階級があり、下の神兵は遺跡を壊しきれないが、皇帝候補ともなれば、遺跡を完全破壊できると――オデットが先日の僅かな情報の対価として教えた。
「それも考えたんだが……」
「まあいいわ。ノーラのバッグが、高い位置に引っかかったまま放置されていた、その状況から見て遺跡に飛ばされのは事実だもの。自分にまったく関係なく、人が死んでいたらすぐに助けを呼ぶし隠しはしない。でもそれをせずに、遺体から身分証の類いを剥いで埋めた。もうこれは、言い逃れできないわ」
よく分からないものを、上手く使ったつもりで、無関係な人間を殺害した――
「たぶん、これが真相に近いのではないかと」
「そうね。でも分からないのは、学園内の遺跡がもう使えないと分かったのならば、イーサンの遺体を学園内に運び込む必要はなかったのでは?」
「ジョスランはアクシデントに弱いのではないかと、沖天は言っていた。予定外のアクシデントに上手く対応できず、また優秀な自分が立てた計画を捨てることもできない。行き当たりばったりのほうが、まだましだと。勢いで始まりの愚王を切って捨てた
優秀な愚か者の計画の結末――整合性がとれなくなっても、計画にしがみつき、自分が思い描いた結果のみを追求する。
「最悪ね。そしておそらくそうね。腹立たしい終わりだけれども、こういったことの終わりが爽やかになることはないもの」
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