第30話

「よくもまあ……お前たち、暇なのかしら?」


 週末、カサンドラが自宅へと戻ると、まだ壁の一部が直っていない離れに、トリスタンにメリザンド。カエターンにイーサン、そして遺体を学園敷地内へと運び込んだ二人――全員が揃っていた。


「退位した皇帝というのは、暇なものなのだよ」


 深い皺が刻まれているカエターンの言葉に、カサンドラは”あ、そう”と軽く頷き、ソファーに腰を降ろすと、イーサンたちに学園に忍び込んだときの話を聞いた。


「やっぱり、そうだったの」


 イーサンたちは当然ながら正面玄関ではなく、外壁の通れるところを探し、そこから忍び込んだと――


「学園の外周は、乗合馬車も走っていないので、人目を気にしなくていいので、探すのはわりと簡単でした」

「忍び込むときは楽だった」

「死体を埋めた穴にもっとも近い、通れる場所ですか? この辺りです」


 学園内の地図を前に、イーサンたちが喋りながら指差す。カサンドラが予想していた辺りだった。


「問題はノーラがそこを通過できたかどうか……もう死んでいるから、確かめようはないけれど……」


 外壁に作用する力を持っているかどうか?

 遺跡に作用する力は、親子でも引き継がれないことも多く、使える能力がまったく違うこともあるので、こればかりは確かめようがないのだ。


「姫さまは、ノーラが外壁を通ったと考えて?」


 メリザンドに聞かれたカサンドラは、乗合馬車の停留所や、その日は雨だったことなどから――


「ショートカットか。あまり変わらないけどな」

「これしきの外周を持て余すとか」

「雨に濡れるの、楽しいじゃん」


「お前たちとは違うのよ。わたくしも、外周を歩いてみたけれど、ショートカットしたいと思ったもの」


 この場では圧倒的少数のカサンドラだが、ノーラは自分寄りだと信じ――


「たしかにへ進む理由になるだろう。雨足も強かったそうだから、ギヌメールがなにかしていたとしても、気付かなかった恐れがある」

「それはないわ」


 カエターンの意見にカサンドラは首を振る。


「違うと?」

「宰相の養子はひ弱なの。そんなひ弱な男が、雨の中、一人で穴を掘れると思う? 掘ったとしても、しばらくは体調を崩すわ。イーサン、お前が宰相の養子と会ったとき、体調悪そうだった?」


 ノーラが行方不明になった日付と、イーサンが襲われた日時は判明しており――ノーラの事件のほうが先なのだけは、確かだった。


「以前会ったときと、変わりませんでした」

「お前たちにはわからないでしょうけれど、人を殺す前に、体調不良になるようなことはしないはずよ」


 トリスタンやメリザンド、カエターンは納得していなかったが、それ以上なにも言わなかった。


「だから少しだけ、不思議なのよね。雨の日に遭遇したとして……どうにか誤魔化せたんじゃないかしらって。ノーラだって、早く帰りたいだろうから、無視すると思うのよね。そして、これだけど――」


 カサンドラは先日、トリスタンが持って来た報告書を手に取る。ホルスト公ジローが調査し、まとめた報告書だが、ノーラが帰宅したと証言した守衛は、どこの貴族とも繋がりはなかった。

 だが、ノーラが行方不明になった当日の守衛の一人が、行方不明になっていることが判明した。

 ジローはこの行方不明になった守衛を追わせているが、いまだに見つかっていない――


「その行方不明の守衛が事件に関わっているとしたら、出遅れもいいところでしょう」


 カサンドラが言う通り――そしてジロー自身、出遅れたという気持ちが強い。父の庶子の事件が、帝国まで巻き込みここまで大きくなるとは、彼自身思ってもいなかった。

 もっと早くに動いていれば、帝国側に弱みを握られることもなかったのに……とも。


「偶然、時期が重なっただけということもあるが、それを証明するためにも、見つけ出す必要がある。なにごとも、初動が大事だということだ」

「そうだけど。お前、偉そうね」

「いやいや、闇の女王ほどではない……あなたを見ていると、本当に懐かしい気持ちになる」


 カエターンは目を細め、かつて滅ぼした神代の時代から続いた一族の者たちを思い出し、カサンドラに重ねた――


「昔の者だから、わたくしより偉そうだったでしょう?」

「いやいや、あなたほどでは」


 カエターンの昔話に付き合ったあと、カサンドラはふと思い立ち、邸の庭に穴を掘らせた。


「たしかに浅いわね」


 もちろん再現したのは、イーサンが埋められた穴――ジョスランが掘ったと考えられる浅いもの。

 その隣に「お前たちならどの程度の深さまで掘るの?」と――実際に掘らせてみたところ、底にカサンドラが立っても出られないような穴を掘った。


「こっちに埋められていたら、助からなかったでしょうね」


 カサンドラはのぞき込み、


「この穴を掘れる腕力がある人に殴られたら、一撃で即死です」


 イーサンは”深さ以前の問題です”と。


「それもそうね……こちらの浅い穴に横になってみたいから、布を敷いて」


 その言葉にピクニックシートが運ばれ敷かれ、カサンドラは穴に横たわる。

 掘ったばかりの土は、土独特の臭いが強く――シートを敷く前にほどよく解された土は、カサンドラが思っている以上に柔らかかった。


「姫さま、なにか思いついた?」

「なにも思いつかないわ……ただ、ノーラの死因ってなんだったのかしら」

「意外と、突然死だったりして」

「あり得ないこともないのだけれど……」


 それが繋がらないまま、その日は全員を晩餐に招いた。

 ――三日後には、外周の外から中へと入れる”綻び”が書き込まれた地図が、カサンドラの寮の机の上に乗っていた。


「まったく……あら? こちらは」


 地図はそれだけではなく、学園内の敷地の詳細な地図と、一箇所赤いインクで×印が付けられていた。地図の他には、メモ書きなどもなく、


「ここに足を運べとでもいうのかしら。なんでわたくしが、こんな謎解きのようなことをしなくてはならないかしら」

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