第28話

 モニカをパートナーにと選んだカサンドラは、すぐに行動にうつした――もちろん、短絡的にすぐにノーラが埋められている場所へと向かったのではなく、学舎や寮の周辺から、徐々に遠いところへと足を伸ばす形で。


「あちらへは、行かないで欲しい?」


 そろそろ人気のない方へ向かおうとした頃、学園長に呼ばれて、カサンドラが足を運ぼうとしていた方角へは、行かないで欲しいとお願いされた。


 モニカを伴ったカサンドラの散策だが、二人きりではなく、最低でも領民を三人は連れて歩いていた。

 護衛や小間使いを兼ねた領民たちは、事前にカサンドラから「あちらへ向かう」と希望を聞くと、すぐに施設管理者のところへ足を運び、危険はないか? 休める施設はあるかなどを確認して「何日の何時から、何処へ向かう」という軽い届けを出していた。


「はい。あちらには……」


 学園の敷地内は原則として、自由に移動できる。それを学園長自らが止めるということは、


(宰相の養子がなにかしたのでしょうね。でも、どうやって?)


 何者かが、それらしい理由を付けて、生徒の行動を制限したということ。カサンドラは「何者」には心当たりがあるが、理由までは分からなかった。


(馬鹿正直に遺体を埋めているから……なんて言わないでしょうし)


 ノーラの遺体が埋まっている場所へ行けないのは、カサンドラとしては些細なこと。この状況を作った人物と、上手く言いくるめた理由が知りたかった。


「とくに危険なものはなかったはずよ。ああ、嘘はつかなくていいから。危険がないことは、。学園長、あなたも分かるわよね?」


 朽葉色の髪の毛に所々混じっている、闇の王家をあらわす銀の髪の房を指で弄ぶ。


「はい、危険はまったくありません。むしろ、休憩できる場所すらあります」

「そう聞くと、是非とも足を運びたいのだけれど、どうして駄目なのかしら?」

「宰相の子息からの連絡です。そこで、とある貴人ハルトヴィンが、学生の時分にしかできない一時を楽しんでいると」


(へえ、やるじゃない。宰相の養子)


 ハルトヴィンとナディアの密会場所とし、それを学園長に伝えて、他の生徒が来ないようにするよう手を打ったジョスランのことを、小馬鹿にしつつ褒めた。


「ふーん。学内では、相手のことを怒鳴りつけていたけれど、諦めたのかしらね」

「人目につかないようにすることを提案したようです」

「学内でも、いままでと変わらずに見えるけれど……まあ、そういうことなら、近づかないであげるわ」

「ありがたい」


 学長室を出たカサンドラは寮へと戻ると、オデットとロザリアを呼んでお茶会を開き、情報を共有する。


「そうなの」

「分かったわ」


 学園長が口止めしなかったということもあるが、こういった出来事は共有して、危険を回避しなくてはならない。


 小花を散らした柄のティーカップを口元へと運び、茶の香りを楽しみながら、三人は会話を続ける。


「それにしても、トーマス王の血なのかしら? どちらも密会好きね」

「あら、カサンドラ知らないの?」

「オデット、なんのこと?」

「ハルトヴィンはトーマス王の子ではないわ」

「あら、知らなかったわ。詳しく教えてもらえるのかしら?」

「ええ」


 オデットの話では、ハルトヴィンはオルフロンデッタ王の息子。なので王家の傍系ティミショアラ公爵家の娘フレデリカが婚約者に選ばれ――王妃を務めるような能力はないが、血筋が大事なので降ろされずにいるのだと。


「……って、最近聞かされたわ」


 話し終えたオデットが、少し温くなったお茶で喉を潤す。


「まあ、あの飢饉の状況を聞けば、それを受け入れてもおかしくはないわ。そしてフレデリカのことも」

「フレデリカの浮気が見過ごされているのって、も関係しているのかもね、カサンドラ」

「オルフロンデッタの血を拒むということ? 食糧支援してもらっておきながら、随分ねえ。わたくしが言うのもだけれども」

「ほんと。ところでカサンドラ、あなたの太陽のことだけれど、どうするつもり?」

「わたくしの太陽? ……ああ、あれのこと。なにもしないわ。勝手にすれするといいのよ」

「父が調べたのだけれど、あなたの太陽の別名・黎明だけれど、まったく情報がないの。黎明と呼ばれているだけあって、太陽の王家の血が濃いのだけは分かっているけれど、本当に不明なの」

「そうなの。わたくしは興味がないから、詳しくは聞いていないのだけれども、オデットのお父上は、詳細を知りたいのかしら?」


 ティーカップをソーサーに置き、小首を傾げる。銀色の髪の房が頬から口元へとかかり――まったく油断できない笑みを浮かべた。


「知りたいか、知りたくないかで問われたら、知りたいでしょうけれど、対価を考えれば、知りたくないを選ぶでしょうね」


 オデット自身は、とくに知りたいとは思わないが、帝国のは太古より続く一門にとっても知りたいと思う情報。なにせ彼らは太古の神々の血を取り込んで大きくなった国。その血を強く引いている、オデットやロザリアの一族は、取り込まれる恐れがある。


「そう。そうね、わたくしが退位した皇帝から聞いたのは、わたくしの太陽? が、黎明のオフターディンゲンで、一緒にいる金髪の女が早暁のブリッツ。二人とも師団とのこと。それ以上は聞かなかったわ、だって興味がないから」


 ゼータ一族は闇の王家ということもあり、反対側に位置する帝国は、取り込もうとしない――それは今までの態度、そして帝国のカサンドラに対する態度からはっきりとしていた。

 闇も光も取り込もうとすると、互いに粉々になり、無惨な欠片を残すだけ――という伝承が残っている。


「早暁のブリッツは、現皇帝の妹だそうよ」

「あら、そうなの。知らなかったわ。良く知っているわね、ロザリア」

「なんでも、民族衣装を作るから、ニヴェーバの絹をその生地にしたいって接触してきたの」

「あれたちの民族衣装?」

「ないから、これから作るとのことよ。破壊だけではなく、創造にも力を入れると言っていたわ……どこまで本気かは知らないけれど」

「破壊を捨てないあたり、太陽の王家あれたちらしいわ。でも上得意を手に入れてよかったじゃない」


 その他にも幾つか情報交換をし、


「え、あ……わ、わぁ」


 モニカにも包み隠さず事情を伝え、


「仕方ないから、別の所へいくわ」

「あ、はい!」


 遺体が埋まっている場所へは近づかずに、別のところから探ることにした。


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