第42話 画面越しの密談
正体を知っている。と、匂わせるSNSを利用した通知に、小夏は警戒した。
無視をするか、探るか、迷っている間に、次の連絡が授業中に来た。
パソコンを使った授業中。思い悩んでいる小夏のパソコン画面にダイアログボックスで
『スコラリス・クレキストに、アングザイエティーズ・キスを助けてほしい』
と、表示された。
ダイアログボックスとは、Windowsを利用しているとエラーが起きた際に表示されるアラートボックスと同じものだ。
小夏は知らないが、実はこの機能は表示されたというログがどこにも残らない。もちろんメッセージ内容も残らない。OKをクリックして画面から消してしまえば、痕跡が一切残らない通告手段となる。
スクリーンショットやスマートフォンで撮影する、もしくはコピペなどの手があるが、小夏はそこまで発想が至らず、OKをクリックしてすぐにボックスを消してしまった。仮に行ったとしても、誰が表示させたなどの情報は一切残らない。
姿の見えないメッセンジャーに、小夏はタイダルテールにも感じたことのない恐怖を覚えた。
悪の組織も形無しであった。タイダルテールの今後の活躍に期待である。
「どうしようか。すごい気になるんだけど、これ」
「罠だったらどうするんだい、小夏ちゃん」
パソコンを使った授業が終わり休み時間、校舎の目立たない階段下で、小夏はミンチルと相談する。
「罠……罠かぁ。アングザイエティーズ・キスが姫子さんだった場合……助けてほしいっていうの、なんとかしたいんだけどなぁ」
「賛成したいけど、賛成しがたいね」
ミンチルも難しい問題と判断しているようだ。
「これがさー。ただの変態おじさんの脅迫とかで、お前の正体を知っているぞ! エッチなことさせろ! とかならぶっ飛ばして、逆に脅して背後関係とか他に知ってる人を探るだけなんだけど」
「待って。待って、小夏ちゃん。小夏ちゃんが集めてるカラーシャー芯より突っ込むところがあるけど、ちょっと待って」
発想がぶっ飛んでいる小夏に、ミンチルがブレーキをかけないとと焦る。
「はは、冗談、冗談だよー。それに今回はそういうのじゃないっぽいし」
「目が笑ってない……」
手を振って否定する小夏だが、ミンチルは信じられないと白眼視だ。
「真面目な話、接触はしたいんだ。変身したまま、会うことも考えたが、それはそれで正体をバラしたようなもんだし、ここは正体を知ってるぞってイタズラにノッたという形で会うのがいいと思うけどどうかな?」
「いいんじゃないかな。具体的にはどうするの?」
唯一相談できるミンチルが、それでいこうと同意し計画を尋ねる。
「なんかこう、呼び出しってなに~? 告白~? あたしってあの可愛可愛でつよつよなスコラリス・クレキストに似てるもんね~。まいっちゃうなぁ。って感じで勘違いしつつ、探りを入れる作戦で」
「どこを勘違いしているという設定なんだい、小夏?」
「ん? 告白で呼び出されたんじゃないかな、というとこだけど?」
「うん、そう……」
ミンチルはそれ以上言及しなかった。強く可愛いのは事実だし、良いだろう。自己肯定も必要なことだ。
こうして作戦というほどではないが、二人?は計画を立てて放課後に備えた。
放課後──。
小夏はミンチルが入ったバッグを抱え、ダイアログボックスで指定されたネットカフェを訪れた。
部屋に荷物を置かない生活をしている小夏は、電子書籍派である。ネットカフェはあまり利用しない。
「一人とぬいぐるみ。2時間パックで」
長い髪をアップにした女性店員は、小夏の言葉に困惑した。
「ぬいぐるみ、ですか」
「はい。可愛いでしょ!」
小夏はバッグからミンチルを取り出して、だらんと持ち上げて見せた。ミンチルは不稼働モードに入ると、本当にぬいぐるみにしか見えない。事実、生物を模した作り物なので、これが真の姿とも言える。
「はい。では一人とぬいぐるみで2時間パックで」
ネットカフェの店員もさるもの、あら可愛らしいですね。と小夏の不思議ちゃんプレイに即応した。実際、ミンチルは可愛い。
「それでは会員証のご提示を。それとシートはどうしますか? 個室ですか?」
「はい、会員証。シートはぬいぐるみ部屋で!」
「……はい、たまわりました」
ネットカフェ店員の顔色が変わり、朗らかな笑顔から真顔になった。
メッセンジャーからの符丁。それは指定したネットカフェで、ワンタイム会員証を見せて、ぬいぐるみ席を借りるという物だった。
ちなみにミンチルをぬいぐるみとして見せたのはアドリブである。もちこんだミンチルと話しているところを見とがめられても、ぬいぐるみという第一印象を与えているので不思議ちゃんとして誤魔化せると狙ったからだ。
ネットカフェの部屋でありながら、ぬいぐるみ部屋は施錠されていた。
法的に、ネットカフェの個室に鍵は付けられないのだが、なんらかの方法で脱法しているようである。
女性店員が付き添いロックを開け、小夏に鍵を手渡し無言で去って行った。なんとも怪しい店である。
「気をつけて。もしかしたらタイダルテールと関係しているネットカフェかも」
ミンチルが警戒を促し、小夏も頷く。
だがタイダルテールは零細であり、まだ協力している組織は存在していない。
ドアを開け、ぬいぐるみ部屋を覗くがそこはガランとしていた。テーブルと椅子とパソコンだけという簡素な部屋だ。
部屋に入りドアを閉じ、ネットカフェにあるはずのない内鍵をロックする。小型のかんぬきもあったが、そこまでは使用しなかった。
荷物置きすらないので、バッグは床に置いた。ミンチルはぬいぐるみの振りをやめ、バッグから飛び出した。
椅子に座ると、小夏は大きく深呼吸。
パソコンを起動させると、まず暗証番号を求められた。ダイアログボックスにあったパスワードを入力する。
見慣れた起動画面からデスクトップ画面、そして見たこともない会議アプリが起動する。
そこには見知った顔が映し出された。
『呼びだしに応じてくれてありがとうございます』
画面内の太った少年が頭を下げた。
「清水くんだっけ?」
「清水康介です。呼び出してすみません、岸さん」
小夏は少しだけ、彼が呼び出したと思っていた。彼と香織と別れた直後、fineで送られて送られてきたからだ。証拠もなにもないが、直観である。
「そこは僕が定期的に利用して、セキュリティ的にクリーンな環境を維持してます。通常貸し出さない部屋として確保してあるんで、パソコンも回線も特別で安全です」
そう説明して、大きな体を竦め、申し訳なさそうな顔をしている。どうみても正体を知って、悪事を働こうという人物には見えない。
小夏は少し気を許す……いや、油断した。
「清水くん、ってなにものなの? カチャカチャターンでなんでもできる凄腕ハッカー?」
「はは……。そんないいもんじゃないです。どちらかというとソーシャルハックの方が得意なんで」
清水は市内数か所に、セキュリティを強化した端末を置く部屋を用意している
姫子は魔女という尋常ならざる存在だが、彼もかなり一般人を逸脱している人間であった。
「えっと、なにかな? 魔法少女の正体とか、なんかだあたしのことを呼び出したのは、なんかそう思えることがあったの?」
「いえ……。まったく今でも、その……僕はあなたをスコラリス・クレキストとは思っていないのですが……」
「はあ!? なにそれ?」
「ひい、ごめんなさい」
秘密を握られ、呼び出された小夏の方が強気になっているな。と、ミンチルは隠れ見ながらそう思った。
小夏も大声を出してしまったと反省した。
「僕はそう思ってないのですが、岸さんがスコラリス・クレキストだと言う人がいて」
「誰なの? それ」
「姫……小桜姫子さんです」
スコラリス・クレキストの正体を知る小桜姫子。それを清水に伝え、その彼はアングザイエティーズ・キスを助けてくれてとメッセージを送ってきた。
小夏の直観がまたも走る。
「ねえ……姫子さんって、もしかして……」
小夏は質問を最後まで言い切れなかった。
だが、画面の向こうの清水は察したようで、小夏の質問に答えてくれた。
「姫は……姫子さんはアングザイエティーズ・キスです」
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