第29話 恐怖! 面蹴り踏……面踏み蹴り男!


 世界が変わったと言われてから2週間。


 タイダルテール(本物)の格闘怪人が、とある海岸を恐怖のどん底に落とそうとしていた。

 海に突き出した灯台に続く防波堤の上。吹きすさぶ風。

 面当て胴当て防具をつける胴着姿の怪人が、海岸に集まっていたサーファーたちへ向かって叫ぶ。


「でーっはっはっはっ! 俺は面踏み蹴り男! この灯台はモニュメントの疑いがある! タイダルテールの手によって破壊……」

  

 面踏み蹴り男は、高波に浚われた!!!!


 海岸のサーファーたちが、一瞬、怪人が消えたと思って周囲を見回していた。


「上か!」


 一人のサーファーが見回していないなら、上に飛んだかと思って見たがだれもいない。

 

 面踏み蹴り男は海に流されていた。


 5月の嵐、メイストームと呼ばれる台風にも匹敵する暴風が吹き荒れていた。堤防には高波が打ち付け、怪人面踏み蹴り男の背後を襲ったのだ。


 高笑いする怪人の背に高波。一見するとかっこよかったが、波が消えると面踏み蹴り男も消え去っていたのだ。


 しばらくしてやっとサーファーたちは、引き潮に浚われて沖合で必死に泳いでいる面踏み蹴り男を見つけた。 


 見守るサーファーたち。

 助けにいくか? という意見が出るほどだった。


 全力で引き潮に逆らい、面踏み蹴り男は泳いで戻ってきた。

 脅威の体力である。

 水泳オリンピック選手でも無理であろうことを、面踏み蹴り男はやってのけた!


「おおーっ!」

「すげー! 怪人! すげー!」

「怪人! マジ怪人!」


 潮の流れに理解あるサーファーたちは、この偉業を目の当たりにして拍手で面踏み蹴り男を迎えた。


 面踏み蹴り男はそれどころではない。防具のあちこちから海水が流れ出て、面当ての中は苦悶も表情だった。


「ぜえ、はあ、ぜえ……はぁ……。おごぉ……吐く……へあ、はあ……齢70にして、これほどまで死ぬと思ったことはなかった……ぜえ、はあ」


「そんなにっすか?」


 砂浜にいた戦闘員たちがやってきた。戦闘員ペーは酸素スプレー缶を手渡し介抱しながらも、人ごとのようのようだった。


「ばっかおめー! 引き潮の速度相当あったぞ! コスチューム脱げねぇし!」


 酸素スプレー缶から酸素を補給するため、面当てをズラしていた面踏み蹴り男が叫ぶ。


 普段、軽装なタイダルテールの怪人だったが、今回は日本拳法を使う格闘家ということもあり、面当て胴当てに胴着とかなりの重装であった。

 それがあだになった形だ。


 サーファーたちを遠ざけていたアーが戻ってきた。


「五ノットくらいありましたかね? 潮汐推算タイドグラフを見るとちょうど満潮が終わるときで、潮流も変わるころ合いなので、さらに速度があったでしょうね。真っすぐ岸に向かって泳がないで、斜め……いえ、真横に泳いでまず潮流から逃げたほうがいいですよ」


 五ノットとは時速九キロメートルほどである。アーの推測通り潮流でさらに加速されていたならば、さらに速いだろう。


 人類の速度を、志太は越えている。オリンピック選手のクロールですら、五十メートルを二十秒ちょっとだ。水の抵抗と流れの負荷受けつつ、前に進むことすら不可能であるはずなのに、この面踏み蹴り男は泳ぎ切ったのだった!


 人知を超えた修行を重ねた逸脱者による行為なので、決して真似をしないでください。


「アーさんよ! そこまで冷静に分析できるんならさぁ、助けてくんねぇかな!」


「すみません。船、用意してなかったんで」


「借りろよ!」


「すみません。所有者がいませんでしたので」


「黙って借りろ!」


「すみません。それは泥棒になってしまいます」


「悪の組織がなにをいいやがる!」


 怪人と戦闘員がコントを始めたころ──


「あのー、ちょっといいですかー! タイダルテールのみなさーん!」


 街側の堤防から、必死に声を張り上げる少女がいた。


 スコラリス・クレキストだ。

 海ということもあり、かわいい水着姿だった。ビキニタイプで、上下ともにフリルが多い。

 五月末でその姿は寒そうに見える。だが、寒がる様子はない。きっと魔法で肌寒さから守られているのだろう。

 ウェットスーツ姿の魔法少女と水着ならば、後者が見たいのでいろいろ仕方ない。


「そろそろ名乗り上げてもいいかなーって?」


 引き潮を泳ぎ切った面踏み蹴り男が注目され、いつの間にか来ていたスコラリス・クレキストはまったく気が付かれていなかったのである。


「どうぞどうぞ」


 と戦闘員たちがハンドサインを送り、スコラリス・クレキストは口上前に軽く咳払いをした。


「んっんっ! んん♥ ……海の航行を見守る灯台を破壊するなんて、あたしが許さないから! 魔法少女スコラリス・クレキスト参上!」


 サーファーたちが、魔法少女の登場に歓声を上げた。しかし、その歓声は面踏み蹴り男が泳ぎ切った時より小さかった。


「もっとっ!」


 最近、変身が好きになってきているクレキストは、サーファーたちの反応に不満があった。

 スコラリス・クレキストは、さらなる拍手と歓声を求めた。


「うおおおおっ!」

「わーーーっ!」

「クレスちゃーーん!」

「応援してるぞーっ!」


 幸いサーファーたちはノリが良かったので、さきほどより大きな歓声と拍手を持ってスコラリス・クレキストを歓迎した。

 これに満足したスコラリス・クレキストは、少々鼻息が荒く、頬を好調させていた。

 そしてサービスするように、大げさなジャンプして堤防から砂浜に飛び降りた。


 ステッキで面踏み蹴り男を差す。


「怪人! えーっと、あんた、なに男?」

「面踏み蹴り男だ」

「め、面踏み男め!」

「面踏み蹴り男だ」

「面、え、っと、面蹴り男め!」

「面蹴り踏……面踏み蹴り男だ!」


 名を尋ねて何度も言い間違えるクレキストにつられ、面踏み蹴り男は自分の名前を間違えた。


「自分で名前まちがえてるーっ! うしし! かっこわるーい」


 慣れてきて余裕があるのかクレキストは小悪魔的な笑みを浮かべて、おしりぺんぺんをしながら面踏み蹴り男を挑発した。

 フリルで隠れていた際どい水着が見えてしまう。ほとんど露出したおしりを突き出す姿に、サーファーたちも大騒ぎだ。

 ここ最近、クレキストは自分の魅力を曝け出すようになっていた。子供染みているが、このようなセクシャルなポーズも辞さない。

 だが、戦闘前の挑発として、短気な志太にはとても有効だった。


「うるせぇ! お前が何度も間違えるからだろうが! おい、ガー! ゴォングッ!」


 戦闘員ガーが、どこからか出したゴングを打ち鳴らし、魔法少女と怪人の戦いがついに、ついに始まった。


 \カーン……/


 開けた海岸で鳴らされるゴングの音は、とても小さく聞こえた。

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