第20話 新しい世界の月曜日
いつもの月曜の朝。多くの人々は、この世界が変わったような気がしていた。
前日の日曜日。都内の病院に現れた悪の組織を自称するタイダルテールによる破壊行動と、それを撃退した魔法少女スコラリス・クレキストの登場。
いつもであれば月曜日の憂鬱な登校だが、今日は大きく変わっていた。
そんな浮かれた生徒たちの中、小夏は気が気でなかった。ミンチルが隠れるバッグを抱えながら、小さな身体を小さくし、生徒の合間を抜けて登校する。
「見たか、クレスちゃん!」
「見た見た。結構、ぶつ切りで動画いろいろあるんだよな!」
「もうどれだけ動画があるかわかんないから、ちょっと共有させて」
「でもさー、アレ。映画の宣伝じゃないの?」
「違うって。病院にさ、壊れた発電機、見に行ったけど警察、すっごいいっぱい来てたんだから」
どこも突如現れた魔法少女の話題である。ネットにおける熱狂を画面越しだけでなく、直接友人と共有したいのだろう。
タイダルテールはあまり話題になっていない。被害が実質、修理困難だった風力発電機一基と放置自動車だけだからだろう。病院はしばらく駐車場の一部が利用できないなど、やや被害があるが話題になるほどえはない。
「朝のニュースさ、どこでも特集だったよ」
「早くもクレスちゃんを真似したようなVtuberが、チャンネル開いてるぜ」
「本人だって、言ってるのもあるけどな。BANされたけど」
「BANされたといえば、タイダルテールを名乗るチャンネルもBANされてたな……」
「そら消されるわ」
生徒たちの間では、スコラリス・クレキストの噂が交差しきりだった。その合間を小夏は縫うように進む。
「クレスちゃんのパンツ見えまくりだったよな」
「ああ、すごかったよな! スカート短いし最高だな!」
意識しすぎたせいで、少し離れた場所にいた男子生徒の声も聞こえてしまった。
パンツじゃないから! と小夏は叫びたかったが、二重の意味で叫ぶわけにはいかない。
「ひーん。ねえ、本当にバレないの?」
生徒たちの波が途切れた時、小夏はバッグを少し開けて、中にいるミンチルに尋ねた。
「ネットの反応を見てごらん。似顔絵を描こうとした途端、みんなが特徴が違って、それぞれ似ていて異なるものになる。これは絵柄の問題じゃないんだ。映像を出力するときに、正しく認識できない結果なんだよ」
ミンチルの言う通り、スコラリス・クレキストの外見を正確に捉えている者はいない。
スコラリス・クレキストの映像を全員がスコラリス・クレキストと認識できるが、その特徴を書き出したり、絵にすると途端に認識がズレ始め、それをスコラリス・クレキストという人はいなくなる。そんな不思議な現象が、ネットで指摘されていた。
「ど、どういうことなの? 大丈夫そうだけど……」
「極端に言えば、正体を知っている誰かが映像という証拠を出して小夏を指さし、スコラリス・クレキストは小夏だと言っても、世界中誰もが『違うよ』って反応をするんだ」
単なる認識阻害とも違うようだ。小夏はよくわからなかったが、ミンチルの言う通りなら多分大丈夫だろうと納得することにした。
ミンチルの入るバッグを閉じ、再び歩きだした小夏は、校門前で後ろから呼び止められた
「おはようございます。小夏さん」
ミンチルが隠れているバッグを抱きしめ、小夏はスカートが翻るのも気にせずスパッと振り返った。
そこには三人の女生徒を引き連れた黒髪の美少女がいた。
隣のクラスの
「あ、ああ……小桜さん。おはよう」
「姫子って、呼んでくれていいんですよ」
萎縮する小夏に、姫子は優しく微笑んでそういった。取り巻きの内、二人が厳しい顔を見せ、もう一人がうろたえた。
一言で言えば、清楚な美少女。
リリカが快活な美少女で親しみやすい人気者であるなら、彼女は手が届きにくい、声をかけることが憚れるような偶像的存在だ。
不思議なことに風が吹くと、長い黒髪が軽やかに左右に分かれる。動いてもそのように軽やかになびくため、黒髪が重い印象を与えない。
そして正統派の日本美人である。このスタイルが似合う女性はなかなかいない。似合った上で、美しい上に可愛いとなると希少である。
「おはよう……姫子さん」
取り巻きの反応に戸惑いつつも、小夏はなんとか言われた通り呼んだ。
すると嬉しそうに姫子は微笑んだ。綺麗な笑顔に、同性である小夏の胸も高鳴る。
「ところで小夏さん。そのバッグ……」
ミンチルが隠れているバックを視線を向けられ、小夏の胸はさらに高鳴った。もはや止まりそうである。
「なにか落ちそうになってますよ」
慌てて見るとスライドファスナーから、ミンチルに付けておいた可愛らしい首輪が飛び出していた。ミンチルは首輪になれていないため、勝手に外してしまう。バッグの中だからと、ミンチルが外したのだろう。
「あ、ありがとう。姫子さん」
少しだけスライドファスナーを開け、慌てて首輪を突っ込んだ。ついでにミンチルの頭を小突く。
この様子を見て、姫子はなぜか嬉しそうにしている。手で取り巻きの三人に動かぬように指示し、数歩進んで小夏の元に近づく。
(吐息が聞こえそう。わ、まつげが長い。瞳の中にあたしがいる……)
同性をも虜にする不思議な姫子の魅力。確かに同性で彼女を嫌う者もいる。だが、どういうわけかそういう女子生徒も、彼女に好意を持つようになる。
取り巻きの女子生徒の一人もそうだ。一年生の時は姫子を嫌悪し、それを公言していた。なのに、いつの間にか取り巻きになっている。
「……にゅ!」
自分も篭絡してしまう! そんな気持ちから変な声が漏れた。
すると、姫子がくすりと笑ってささやいた。
「その首輪。小夏さんにも似合いそうですね?」
「え?」
どきりとしたが、同時に意味がわからない。……少しだけわかって、また胸の鼓動が早くなる。
(あたしにも似合う? 誰かにもつけているって前提の言葉?)
ミンチルがつけているのを見られた?
もしかしてミンチルと話しているのを見られた?
たんに猫の首輪だから、猫につけている前提?
小夏は目を回す。視線を姫子に向けられない。
ささやき一つで、小夏は心を乱されてしまった。
まるで魔法でもかけられたようだ。
「機会があったら小夏さんに、つけてさしあげますね?」
二言目のささやきに、今度こそ小夏は身体が跳ねた。
「え、ええ……そ、そういう趣味はー……」
顔を真っ赤にして、小夏は姫子から距離を取ろうとしたが……足が震えて動かない。
見えない力で姫子に捕まってしまったようだ。
「……ちょっと」
「なにあの子」
「姫子様……」
二人が親密に顔寄せていて、取り巻きが苛立っていた。
取り巻きの様子を見て、姫子はつまらなそうに目を閉じた。ここでやっと小夏は動けるようになって飛びさがる。
「……ではまた」
姫子は満足したという笑みを残し、取り巻きをつれて姫子は校舎へと去っていく。
姿が見えなくなってから、小夏は大きく息を吐き出した。
安堵する小夏は、まだ生徒たちから注目されていた。なにしろ学校を代表するような姫子と親密な様子を見せたのだ。小夏と姫子の関係を探るようにヒソヒソ話が始まり、スコラリス・クレスキトの話題が止まっているほどである。
そんな状況にも、動揺している小夏は気が付かない。
「ああ、びっくりしたぁ……。まるで魔法でもかけられたようだったよ」
「うん……そうかもしれないね」
確証を得ていないミンチルは、バッグの中で一人そう言った。
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