第18話 敗北の凱旋
ウインドミルアッパー男の爆散は、実はディスキプリーナの魔法で引き起こされた爆発である。
本当に吹き飛んだわけではない。
魔法が使えない志太だが、ディスキプリーナがかけた魔法を発動させる方法があった。特定の単語を並べたり、現代技術と変わらないスイッチで発動させることができる。
「これで勝ったと思うなよーっ!」
負け惜しみの声を上げて、爆発のように見える煙幕に紛れ、ウインドミルアッパー男は常人ではありえない高さにジャンプした。まさに爆風に吹き飛んだように見える。
植え込みの中に落下し、そこに隠してあった衣服の回収。直ちに離脱した。その動きは人間とは思えない速さだ。スマートフォン程度の機器では、シャッタースピードかフレーム数が足りなくて、ただのノイズになるほどだ。
戦闘員たちがあらかじめ、ハッチバックを開けた旧型の軽ライトバンの荷台に飛び乗った。
ドアを閉めると、車はドコドコとエンジンをたてて走り出す。
怪人を倒したクレキストが注目されているので、走り去る旧型軽ライトバンは気にもされない。
観衆は危険が去ったと思っているのだろう。
クレキストがウインドミルアッパー男が飛んでいった先を、確認しようとしているのに、わあわあと彼女の周囲に集まっている。
志太たちの乗る軽ライトバンが駐車場を出たあと、入れ違うように警察のパトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。一緒に消防車の姿も見える。
「いやーすごい戦いっすね。SNSじゃ大騒ぎっすよ」
戦闘員の中でもっともデジタルライフを満喫しているペーが運転をガーと交代して、荷室で着替えている志太にSNSの熱狂ぶりを見せてた。
スマートフォンの画面では、目まぐるしくネットユーザーの声が現れて流れていく。
<合成だろ……といえないリアルさ
>今のデジタル技術ならできる!……でもリアルタイムで多画角とか未来すぎる!
<新AI技術の宣伝とか?
>リアルだ! そのほうがいい! だって魔法少女が実在することになるんだぜ
>待て! 現場の奴らが声をかけてる
<インタビューうまいな。スマホ動画だが素人じゃない
>名前、スコなんとかクレキストちゃんだってよ
<スコスコのクレキストちゃんだって?
>スコれる魔法少女か!
<それは捗るな!
>拡大する学生ってなんだ?
<クレスキトたんハァハァ
>↑このアカウントの人って女だったよな
<私はいいと思う
>クレスキトやない。クレキストや
<でも本人もたまに間違ってるよ
>じゃあクレスちゃんで
<クレスキ……クレキストちゃんもクレスって呼んでと認めたぞ
>クレスキスキちゃんかわいい
<スコってくれくれキスキスちゃん!ぎゃわいいいっ!
>誰だよ
<原型が見えねぇ……
>警察きた
<クレスちゃん逃げた!
>警察から逃げる魔法少女
<警察怖い魔法少女!
>警察「お話聞かせてください」クレスちゃん「いやです」
<やましいクレスちゃん
>つまりクレスちゃん、警察関係じゃない
<クレスちゃんみたいなお巡りさんいたら日本始まってしまう。
>始まってくれ
招待制やクローズドなSNSでも大騒ぎだ。インスタントメッセージやVoIPなどでやり取りするネットサービスでも、魔法少女や怪人に関する新しいチャンネルが次々とできてる。
いつの間にか後部座席に座っていたディスキプリーナが、ペーのスマートフォンを覗き込み腕を組んで唸った。
「むー……。できれば、こっちの方も制御したいところなんじゃが」
ディスキプリーナは熱狂するネットの状況を見て、どうにかならないかと思案している。
だが、ペーは目の前の問題を口にする。
「いつの間に……定員オーバーっすよ、総統」
運転席にガー。助手席にアー、さらに後部座席にペー。荷室に志太。
仮設のような後部座席で、貨物登録でない軽ライトバンの最大定員数は四人である。
「子供は二人で1.5人なのじゃ」
「子供ではないと思うのだがのぉ?」
「定員四人だから、端数でもオーバーっすよ」
「コイツ、都合のいいときだけ子供と言い張るか」
「警察も集まってますし、一先ず隠れてください」
部下たちから総ツッコミを受ける総統ディスキプリーナであった。
憮然と頭を下げるディスキプリーナ。入れ替わるように、荷室から志太が後部座席に移動する。
「ペー。お主、ネット工作とかできるか?」
「ええっ? ネットっすか。いやぁ、ちょっと俺じゃ荷が重いっすね」
デジタルライフを満喫しているペーだが、あくまで一人のユーザと消費しているだけである。
パソコンのネットワーク接続設定を一からしたり、ちょっとしたトラブルの解決などできるが、複雑で数学の支配するネットワークの仕組みなどわからない。プログラム制作やネットの管理、構築もできない。
ましてディスキプリーナが要求しているような、ネットユーザの動向を調べたり、発言を誘導して大きな流れにするなど、そういったこともできない。
アーはペーの様子を見て、ディスキプリーナに尋ねる。
「総統のお力を使っても、できないのですか?」
「一斉、シャットダウンとかそういうのならできるのじゃが」
「それはそれで、なにかの時には使えますね」
悩ましい。と、首を捻って答えるディスキプリーナだが、アーは総統の力に、それなりの使い道があると捉えていた。
「とりあえず、俺じゃ裏垢調べるのだって、無理っすよ」
漠然とやり方は知っていても、実際にはうまくできない。ペーはあくまで楽しんで、ネットに参加しているだけだ。
「では、どなたか勧誘できませんか? 総統」
次善策として、アーが増員を求めた。
「候補はいる。だがほとんどが問題がある。いや、多少性格が歪んでいて、ネットで愉悦するのはかまわん。だが違うのじゃ」
「違う? どういうことでしょうか?」
「逆に聞くが……。お前ら、吾輩に協力をして素性がバレ、身の破滅をするなど考えたことがないか?」
アーは真っすぐ答える。
「そうですね。老い先短いですから、後はどうとでもなれですよ。この世界が無事なら、という前提があってこそですが」
一族の多い
なので
続いて、ガーが遠い目をして答える。
「ワシの子供たちは不義理で、孫やひ孫は小遣い目的で来てくれるが……ま、遺産が残ってればいいだろうという連中じゃ。そう悪くは思ってないが、ちょっと迷惑をかけて困らせるくらい……いいじゃろう?」
引退こそしているが、事業に成功した資産家であるガーは、親類に迷惑をかけるくらいがいいと考えていた。
アーと同じで高齢ということもあり、やはり自分の身の破滅を気にかけてはいない。
続けてペーが答える。
「俺は天涯孤独の身っすからね。天のお迎えが早まって、この活動を最後まで見れないじゃないかって方が心配っすよ」
結婚した過去すらないペーは、身軽で気楽でいつも通りだ。
まったくコイツは。と言う目をペーに向けた後、着替え終わった志太が答える。
「俺様はすでに死んだことになっているからな。クレキストが育たなかった方が怖い」
志太は協力するにあたって、山奥で孤独に死んだことになっている。葬儀も終わっているので、彼は書類上、死人である。
「お前らは、老成しているせいもあって受け入れておるな。で……だ。SNSで工作でき、一口にネットという浅い物ではなく、ネットワークに詳しい現代に対応した老い先の短いギークがおると思うか?」
ディスキプリーナの疑問を投げてきた。
「いるんでは?」
ペーが軽く答えた。意外にも「うむ」とディスキプリーナはうなずく。
「いる。実際のところは。だがお前らのように身の破滅を受け入れられるような酔狂者となるといないのじゃ。だいたい成功者の老人がなっておるからの、そういうのは」
「そして若い者では、ネット工作に長けた、それでいて口の堅そうな者はごろごろ居るのじゃが……。だが、そんな若者を先のない組織に誘えるか? はっきり言う。我々は最後には負けるのじゃ。しかも身バレの危険がある社会の敵じゃ」
改めてタイダルテールの先行きを聞かされた面々であったが、なるほどなるほどうなづくだけで悲壮感はない。やはり彼らのような人材は貴重じゃ、とディスキプリーナは再確認した。
ところが面倒なところで、アーは諦めていない。
「破滅しそうなヤツを助けて、仲間にするというのはどうでしょうか?」
「破滅するドジを踏んでるだけでもどうかと思うのじゃが、そやつを助ける労力までかけるのか?」
「苦労してんな」
志太が気持ちを理解したのか、荷室からディスキプリーナの肩を叩いた。
アーもこれを見て、思いつきのアイデアを出すことを止めた。
「わかったか? 労っていいんじゃぞ」
ディスキプリーナは、吾輩も大変なんじゃぞ、と胸を張ってみせる。
ペーは未だにぎやかなスマートフォン画面を消して、ディスキプリーナの頭を撫でた。
「はいはい、わかりましたよ、総統閣下。帰って作戦成功の宴会しましょうね」
「うむ! 苺のケーキを買って帰るのじゃ!」
すべてが順調! とディスキプリーナはご満悦であった。
しかし、ネット工作員をおろそかにしたことが、悪の組織タイダルテールを、そして魔法少女を追い詰めることになる──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます