君の声を聴かせて
たい焼き。
第1話 僕の楽しみな声
「時刻は午後5時半をまわりました!本日のRCC、リラックスキャンパスチャンネル前半のお相手は
毎日暑い日が続いていますが、バテたりしてないですか?そんな時はこの曲を聞いて暑さをふっ飛ばしちゃいましょう!……
クーラーが効いたフロアには夏の定番曲のひとつとも言える楽曲が流れ出した。
なっちゃんこと、夏実さんがラジオDJを務める番組が始まった。
僕がいる観客席には50人分ほどのパイプ椅子が用意されていて、夏実さんの大学関係者と思われる人たちが7人ほど座っている。
7人は夏実さんの後輩なのだろうか、イベントブースでDJをしている夏実さんや音楽やマイクなどの音量バランスをとるミキサーの子、モニター切り替えをしているスイッチャーの子たちをスマホで撮影している。
夏実さんはそんな撮影に手を振って応えたかと思うと、ミキサーの動きに合わせるようにしてちらっと視線を下に落としたあと、観客席を見回しながらトークを始めた。
「この曲を毎年のように歌う西宮さんは、暑さを乗り切るためにあえて熱いものを食べるそうです。皆さんはどうですか?暑いとついつい冷たいものばかり食べたりしてしまいませんか?」
7人の後輩たちがうんうんと大きく頷いている。
そのうちの一人は何かをメモしながら夏実さんのトークを聞いているようだ。
関係者でもないのに、僕も夏実さんの問いかけについ小さく頷いてしまう。
夏実さんが僕の方をみて、小さくニコッと笑ってくれた……気がする。
「実は、私も暑いとつい冷たいものを食べちゃいます。アイスだったりかき氷だったり。そうそう、私の子供の頃と違って最近のかき氷はすごいんですよ〜!日光の天然氷を使ったり、フルーツを贅沢に乗せてSNS映えするようなものだったり。このリラックスビルの近くにも季節のフルーツをふんだんに使ったふわふわのかき氷専門店があるんですよ」
実際に食べたのか夏実さんはかき氷の食感や見た目の感想を細かく僕たちに伝えてくれた。
話していて思い出したのか夏実さんは「また近いうちに食べに行きたいんですよね〜」と頬を緩ませながら話している。
僕はこの飾らない夏実さんのラジオDJが好きで、彼女が出演するときはこの東池袋のリラックスビルに駆けつけている。
このリラックスキャンパスチャンネルは大学の放送系サークルが中心となって平日夕方5時半から6時半の1時間を2サークルずつ順番に放送している。
SNSなどで告知をしてくれるので、夏実さんの所属するサークルのSNSをチェックしていれば放送日に行くことは出来るのだけど、夏実さんが毎回DJをしてくれるわけではない。
せっかく来ても夏実さんがDJじゃない時は少しがっかりするが、観客席からサークルメンバーを応援している夏実さんを見られたりするので、番組は一通り見ていくことにしている。
「早いもので、最後の曲となります。暑い夏も秋が近づくにつれ涼しさと共に、夏が終わる切なさが押し寄せてきます。そんな少し寂しいような切ないような心に寄り添ってくれるこの曲でお別れしたいと思います。
ここまでのお相手はOBCこと
夏実さんの声がマイクオフされるとともに、BGMとして流れていた曲の音量がアップされタイミングよくAメロに入った。
それとともにDJブースにいた夏実さんが観客席側に向かってぺこりと頭を下げた。
そして、後半のサークルと交代するためにブース内の忘れ物を確認するようにキョロキョロと頭を動かして背後にあったドアから出ていった。
出ていったところで僕たち観客席側に現れるわけではないので、あのドアの向こうは別室に繋がっているのだろう。
お目当ての番組が終わったのでもう移動してもいいのだが、今席を立つと「いかにも女子大サークルが目当て」と思われてしまうのではないか、不審者扱いされて次回以降出禁にされたらどうしよう、などと心配になってしまい、お尻に根っこが生えたように席から動けないでいる。
僕が高身長で芸能人顔負けのようなスーパーイケメンだったなら、ここでスッと席を立っても誰も不審がらないだろう。
でも僕は身長165cmで78kgの肥満体型だし、髪の毛も黒いままで短く切っているだけの特にセットもしていない状態だし、顔も奥二重のタレ目で周りから「眠いの?」だの「会議中に寝てんじゃねえ!」だのいらぬ怒りを買う。
正直、池袋より秋葉原のほうが似合う見た目だと僕自身も思う。
こんな僕がいかに自然に席を立つか……そのタイミングはとても難しい。
そうやって席を立つタイミングを見計らっている間に、後半の番組も終わった。
そんなにタイミング合わないこと、ある……?
番組が終わるとこのビルの営業時間も残り30分となる。
今度はいつまでもこの席にいると不審に思われるので、さっさと席を立ちビルの出口に向かう。
今日も夏実さんのDJは耳に心地よく響いて素敵だった。
さっきの番組の余韻を噛み締めながらリラックスビルから池袋駅に向かって歩く。
駅までの数分間、街にあふれる雑音を頭から追い出して、何度も今日の内容や夏実さんの声を脳内再生する。
「……ぁの、すみません……」
僕の脳内再生の精度が日々上がっているのか、夏実さんの声で幻聴が聞こえるようになってきたみたいだ。
このまま幻聴の精度をあげれば、脳内で夏実さんに僕の名前を呼んでもらうことも出来るかも……!
「あの!すいませーん!」
さっきよりはっきりと夏実さんの声が聞こえる。
うんうん、妄想の割にはしっかりと夏実さんの声が再現できてるぞ。
「あのー!お兄さん!」
僕の妄想だったはずの夏実さんの声が後ろから聞こえてきたのと同じタイミングで、左肩を少し強めに叩かれた。
「……ふへぇっ?!」
「ふっ……ふへぇって……ぷふ」
声の大きさと肩を叩かれた驚きで変な声を出しながら振り向いた僕の前には、妄想ではなく本物の夏実さんが口に手をあてて、笑いを堪えるように立っていた。
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