第5話 野営と風呂
とりあえず一行はオルストの街を目指し、そこで馬と御者を揃えて馬車を使えるようにし、可能であればもう少し護衛を増やした後、辺境伯領に向う事となった。
オルストから王都の辺境伯に向けて早馬便でブランドル伯爵家の陰謀を暴いた書状を出す事にもなっている。
オルストはロッドが育ち、戻ろうと思っていた街でもありロッドにとっても都合が良かった。
冒険者ギルドに自分の生存を報告するつもりでいたからである。
オルストまでは街道沿いに15kmほどであり、急げば閉門までにたどり着けそうではあったが、諸々あって話し合っているうちにもう夕方近くとなっていた。
その為、今日は街道を少し外れた草原に移動してそこで野営し、早朝に街に向け出発する流れとなった。
死体は全て宣言通りロッドが指輪のストレージに格納したが、馬車は一旦ストレージに格納した後、野営場所である草原に配置し以降は侍女達が荷物を出せるようそのままにしている。
ディックは荷馬車に縛り付け、目隠しをして拘束してある。
侍女達はまずは食事の準備の為、荷馬車から持ち出した乾燥パン、チーズ、干し肉、干した果物、飲み水などを用意している。
騎士の人数が減ってかなり在庫に余裕がある状態であり、ロッド達にも提供すると言われたが、用意している内容をちらっと見てロッドは丁重に断った。
ジュリアン、ジョアンナ、リーンステア分の椅子とテーブルは荷馬車にあったようでロッドが手伝って出してあげ、侍女達がテーブルに食事を並べ、ジュリアン達3人は席に着きそれぞれ静かに食事を始めた。
ロッドは少し離れた位置にキャンプ用のイス付き折り畳みテーブルを展開し、アイリス達も席に着く。
今日は暖かい物が食べたくなったロッドは、クリームシチューを指輪で取り寄せる事にした。
・肉と野菜たっぷりのクリームシチュー12袋(3,500P)
・バターロール30個入り(1,500P)
・サラダ用カット野菜12袋(1,200P)
ロッドは超能力でシチューのレトルトパックを温めてスープカップによそう。
飲み物はオレンジジュースを入れ、パンとサラダは大きい紙皿に盛り、自分とアイリスの取り皿とスプーン、フォークを用意し、ハム美とピーちゃんには以前に買っておいた餌と水をそれぞれに提供した。
ハム美は夜行性なので餌を多めに盛る。
少し遅れてロッド達も食事を始めた。
ロッドはクリームシチューを少し付けながらパンをかじる。
とても美味い。
クリームシチューだけでも食べる。
とても美味い。
すぐにクリームシチューが無くなり、もう一袋クリームシチューを空けた。
ジュリアン達のテーブルにも美味しそうなクリームシチューの匂いが漂う。
自分達の固いパンと干し肉に比べ、なんと暖かそうで美味しそうな事か。
リーンステアはロッド達のクリームシチューを見てゴクリと喉を鳴らす。
「良かったら食べてみるか?」
元々そうなるかなと思って多めに取り寄せはしていたのでジュリアン達にそう尋ねる。ロッドも自分達だけ温かい食事で少し罪悪感を感じていたのだ。
「良いのですか?」
ジュリアンもあまりにも美味しそうで食べたかったらしく、ロッドに聞き返す。
ロッドはかまわないと言うと、ジュリアン達のテーブルにも同じようにぞれぞれにオレンジジュース、温めたクリームシチューと大皿でパンとサラダを渡す。
侍女達にはテーブルが無いので荷馬車の床に同じようにしてシチュー等を渡した。
ジュリアンがシチューを食べながら叫ぶ。
「美味しい!こんな美味しいシチュー始めて食べました!この野菜は何でしょうか?お肉も入っていますね!(もぐもぐ)」
ジョアンナがオレンジジュースを飲み、さらにマヨネーズをつけたサラダを食べて言う。
「この飲み物すっごく良い味がして美味しいです〜。サラダもとても新鮮でこの白いソースをつけて食べるともの凄く美味しいです!」
リーンステアもパンを両手に持ち興奮してもぐもぐしながら叫んだ。
「こんなに柔らかくて(もぐもぐ)フワフワでほんのり甘くて美味しいパンなんて食べた事が無い!これなら何個でも食べられる!(もぐもぐ)」
ジュリアン達はジュースやシチューやサラダやパンを絶賛し、結局全て無くなるまでお代わりし続けたのであった。
馬車に括り付けられていたディックは皆が食事を終えた後、目隠しされたままでリーンステアに固いパンを水で流し込まれていた。
〈それぞれが食べた物〉
ロッド シチュー2杯、パン5個、サラダ1杯、オレンジジュース2杯
アイリス シチュー1杯、パン2個、サラダ1杯、オレンジジュース1杯
ジュリアン シチュー2杯、パン4個、サラダ2杯、オレンジジュース2杯
ジョアンナ シチュー2杯、パン2個、サラダ3杯、オレンジジュース3杯
リーンステア シチュー3杯、パン11個、サラダ3杯、オレンジジュース4杯
侍女2名 シチュー2杯、パン6個、サラダ2杯、オレンジジュース4杯
ディック 固いパン1個と水1杯…
ーーーーー
食事を終え、一息ついた一行は野営の準備に入る。
と、ジョアンナが少しもじもじしだす。侍女の所に行き、なにやら相談している。ついで侍女とリーンステアも相談を始めた。
ロッドはそれに気付き問い質す。
「リーンステア。どうかしたのか?」
ジョアンナとリーンステアが顔を赤くし、リーンステアが小さい声で答える。
「そ、そのぅ。用を足すのに適した場所を思案していました…ここはひらけていますので…」
ロッドはそれを聞きデリカシーが無かったなとバツが悪そうな顔をした。
そして指輪のストレージから仮設水洗トイレを取り出し、突然現れた小さめの建物にビックリしている皆を集めて説明する。
「これは仮設水洗トイレという物だ。用を足すのに使う。
まずはこの扉を開けてくれ。中に入ると座るところがあるから、ここに座って用を足す。終わったら横にあるこの紙で拭くようになっている。こうクルクルと引っ張ってそれから押さえてこう切る!綺麗になるまで何度でも拭いてくれ。予備は横においてあるから無くなり次第セットしてほしい。
拭いた紙はそのまま座った穴に落として良い。最後に立ってここを踏むんだ。踏むと水が流れて綺麗にしてくれる。
それが終わったら今度はここを踏むと水が出るから手を洗える。手は必ず洗ってほしい!洗い終わったらこの横にあるタオルで手を拭く。
最後に、この扉は中から鍵を掛けられる。入ったら扉を締めてここを横に倒すと外からは開かなくなる。出るときは元に戻してドアを開ける。
実際に使ってみると分かると思う」
ロッドはジョアンナに使ってみろと促す。
ジョアンナは恐る恐る中に入り鍵を掛ける。
少しするとカラカラとトイレットペーパーを回す音が聞こえ、続いて水を流す音もする。
カチャリと扉を開けて出てきたジョアンナはスッキリした顔で言った。
「最高です!全然臭く無いし、紙は柔らかくていい匂いで。しかも鍵が掛けれて安全で!これお城にも一つ欲しいです」
食後なので次は私も僕もと少し取り合い気味になったが、トイレの使い方は理解してくれたようであった。
ロッドは皆がトイレを使用した後、汚物をストレージに回収・破棄し、トイレのタンクの水を補充、タオルを新しい物に交換した。
ーー
次にロッドは風呂の準備をする。
檜のバスタブ、湯桶、シャンプーなどをセットし、パーテーションで四隅を囲う。そして自分でも出来るようになったので湯も張る。
この人数だと2、3人纏めて入らないと遅くなってしまいそうなので、あと2つ湯桶セットを指輪で取り寄せて配置した。
・檜の湯桶、手桶、風呂椅子セット2個(10,000P)
ロッドはパーテーションを一面ずらし、皆を集める。
「まあ!お風呂が!」
ジョアンナがバスタブを見て、驚いて叫ぶ。
皆も相当ビックリしている。
「これも簡易的だが風呂だ。広さ的に一度に入れるのは最大3人ぐらいだと思うので順番を決めて入ろう。このパーテーションで全て囲うので外から見られないから安心してほしい。バスタオルは人数分用意しているから使ってくれ。交代時に俺かアイリスが湯の補充をするから」
その後ロッドは簡単に湯桶やシャンプーなどの使い方を説明し、それから皆でどういう組み合わせで入るかを決めた。
〈決めた順番〉
1.ロッドとジュリアン
2.アイリスとリーンステア
3.ジョアンナと侍女2人(侍女2人はジョアンナの世話後)
シャンプーで髪と身体を洗い、お湯に浸かるロッドとジュリアン。
「ふう〜。いい湯だ」
「はああ。気持ちいいですね〜」
「今日は大変だったな」
とロッド。
「はい。でも、ロッドさんのおかげですごく助かりました。目も治していただいたので結果として今日はこの上なく良い日になりました!」
「そりゃあ良かったよ。しかし、何とかって伯爵に命を狙われる心当たりがあるのか?」
ジュリアンは一転暗い顔をする。
「多分ですが、僕が死ねば辺境伯領が手に入ると考えているのかもしれません。妹のディアンナには以前よりブランドル伯爵家から婚約の申し入れがあるようなんです。僕を殺し、妹に婿入りして辺境伯家を乗っ取ろうとしているのかもしれません…」
「嫌な奴だなそいつは。だが安心していいぞ、辺境伯領までは俺が必ず無事に送ってやるから」
ジュリアンは笑顔になった。
「はい。頼りにさせていただきます」
そろそろかとロッドとジュリアンは風呂から上がって着替えを終え、二人で腰に手をあててゴクゴクとオレンジジュースを一気に飲み干した。
ーー
次にリーンステアとアイリスが風呂場に入る。
もじもじしながら裸になるリーンステアとは対象的に、何の感情も見せずさっさと脱いでしまうアイリス。
最初、頭にボディシャンプーを使おうとしたリーンステアは、アイリスに間違いを指摘された。
その後シャンプーなどの使い方を細く説明され、おどおどしながらも洗い終わり、ようやく湯船に浸かった。
「ふう〜風呂というものはこんなにも気持ちがいいのですね!布で身体を拭くだけとは大違いです!はあ〜」
「……」
「そのう。一つお聞きしたい事が…アイリス殿はロッド殿とはどのような関係なのでしょうか?」
「…私はロッド様の忠実な従者です」
「でもロッド殿は平民なのですよね?」
リーンステアは何で平民なのに従者がいるの?と思ったので聞いてみる。
「ロッド様は限りなく神に近い存在です。本来ならば人間など全てロッド様に平伏するべきです」
澄ました顔で言うアイリス。
リーンステアは何処まで本気の発言なのか?が測れず、何となく怖くなったのでこの話は終わりにしようと思った…
ーー
ジョアンナは侍女達に服を脱がせて貰い、髪も身体も洗ってもらう。
侍女達はお世話のプロなので事前にロッドに聞いた説明をちゃんと覚えており間違える事は無かった。
「ふー。何て気持ちがいいんでしょう。洗った髪もいい匂いがするし。まさか外でお風呂に入れるとは思わなかったわ」
ジョアンナは目を瞑ってゆったりと今日起こった事を振り返る。
野盗に襲われすごく恐ろしい思いをした。
お兄様も本当にあと少しで殺されそうだった…
そして絶体絶命のピンチに突然現れ、私達を救ってくれたロッド様…
(お兄様には申し訳無いけれど今日の事があって良かったわ。だって…)
ジョアンナはロッドの事を考え、お湯以上に顔が熱くなったような気がした。
「もう出るわ。少しのぼせたみたい」
湯から上がったジョアンナの顔は耳まで真っ赤になっており、侍女達に心配される事になった。
ーー
侍女も風呂から上がったので、ロッドは風呂関係の物を指輪のストレージに全て格納した。
その後リーンステアを呼び、野営の時はどうやって過ごしているかを聞いてみたが、焚き火を起こして周りで寝るだけだという事であったため、追加でテントと寝袋を購入し、使い方を説明した。
・大き目のファミリー用テント2個(60,000P)
・寝袋5個(50,000P)
テントは3つ展開しロッド一行用、ジュリアン達3名、侍女2名で別れた。
夜間の見張りをどうしましょうか?とリーンステアがロッドに相談する
「ハム美、今夜の見張りを頼む。『はいでチュ』
ああ、ハム美は夜行性なんだ。夜は普通寝ないんで見張りには丁度良いんだ」
ハム美に指示すると同時にリーンステアと皆に説明する。
※ハム美の声はロッドにしか聞こえない
「しかし、ネズミが見張りを出来るのでしょうか?」
「ハム美ちゃんが?」
リーンステアが不安げに尋ね、ジョアンナは首を傾げる。
ロッドは7日間の修行の最中にハム美とピーちゃんのユニークモンスターとしての姿と能力も把握していた。
「ハム美、見せてやれ」
ロッドに命じられたハム美が肩からするすると降りると広い所まで移動する。
両足で立ち小さい手を上げると、ハム美は淡く青い光に包まれて徐々に身体が大きくなる。
そして最終的には約4m以上の体躯で鋭い牙と尖った爪と硬い尻尾を持つモンスターとしての姿を表した。
「ヒッ!」
「これは…」
「…」「…」
侍女達は怯え、リーンステアは絶句する。
ジュリアン達は言葉が出てこない。
ロッドがハム美の見張りとしての性能を説明する。
「ハム美はユニークモンスターなんだ。本来の姿がこっちで、普段は縮小してハムスターという種類のネズミとして過ごしている。
鼻も利くし、モンスターとしては見た目以上に強いからハム美が見張りをしている間は外敵の心配はしなくて良いぞ」
リーンステアは《ユニークモンスターハム美》を見て、人間ではとても太刀打ち出来ないような途轍も無い強さを感じた…
あの牙や爪はいとも簡単に防具を引き裂くだろう。
少し伸びた硬そうな尻尾は剣で受けたら折れてしまうに違いない。
剣で斬り付けたとしても全身を覆っている毛で弾かれてしまうであろう。
辺境伯領騎士団が総出でも勝てる見込みが無いように思えた。
ロッドやハム美を敵に回す事を考えると空恐ろしくなる。
「伝説のドラゴンでさえ…という感じですね。ハム美殿が味方で良かったです」
「ハム美はおとなしいぞ。普通の人に危害は加えないから心配しないでくれ。ハム美おいで!」
ハム美は縮んだ後ロッドの肩に駆け上がり、ロッドはニッコリとその頭を優しくなでる。
嬉しそうにロッドの手に頭を擦り付けるハム美。
「見張りの件も解決したし、各自テントで休んでくれ。もう一度言っておくと寝袋は上からかけるのではなく中に入らないと駄目だからな。じゃあお休み」
ハム美に守られ、特に何事も無く眠りにつく一行であった。
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